第8話 第1章 ピアノ姫は森で惑う⑥

「どんな格好で行けばいいのかよくわからくて結局制服になってしまったわ。」

「まあ学生もちらほらいるみたいだし、制服が正解だと思うよ。」

「眼鏡かけて二つ結びにしてみたけど、変装できているかしら?」

「ああ、まあセーラだってわかるけどいいんじゃないか?そういえばあれから音楽室に行っていたのかい?」

「ええ。なんやかんやヒナコとものすごい仲良くなったわ。そういえば全然部活に出てないらしいじゃない。」

「ん~やっぱりコンクールまでそわそわしちゃってさ。自主練はしてたんだけどその合間に三門先生のところにいったりしてたよ。」

「屋上にもあまり来てくれなくてさみしかったわ。」

「噓つけ!まあでも共有するような情報もなかったし。」

「さていよいよ待ちに待ったコンクールの日だわ。なにがあるのか楽しみだね。」

「ああ!不謹慎かもだけど少しわくわくしてる。」


「あ、2人とも~こっちよ。」

「香織ちゃん今日はありがとうございます。」

「いいのよお。今日はあなたたち親族枠で来ているから遠慮はいらないわ。」

 今日は香織さんの親戚ということで裏でヒナコのコンクールを見ることになっている。もちろんヒナコと三門先生には内緒で。

「私は表で普通に聞いてるから、その許可証は肌身離さず持っておいてね。一通り終わったら私のところに来てね。一緒に聞きましょう。」

「わかりました、ありがとうございます。」

 香織さん意外と頼りなるびっくりした。

「じゃあ行こうかセーラ。」

「ええ。エスコートよろしくね、キョースケ。」

 我々はコンクール会場に入る。さてなにが待ち受けているのか。






 結論から言えば、行かない方が良かったのかもしれない。

 余計なお世話になってしまった。人に知られては嫌なことだった。





「思ったよりはピリついてないわね。なんかおしゃべりしている人もいるし。」

「そうだね・・・あっいた、ヒナコと三門先生だ。」

 どうやら最終調整というところだろう。2人ともものすごい気合が入っているのがわかる。2人を邪魔するわけにはいかないし、なおかつ来るなと言われているのに見つかるのは非常にまずい。俺とセーラは隠れて2人を観察することにした。


「いい、ヒナコさん。技術面でみれば十分トップを狙えるところまで仕上がっています。あとはどれだけ感情を籠められるかです。」

「わかりました先生。今度こそ・・・勝ってみせます。」


「気合入ってるね。特に問題はなさそう・・・」

 そのとき、2人の側で聞こえるようにある演奏者とその先生が言った。なんだかものすごく感じが悪い。

「あ!元神童さん、懲りずにまた来てるよ~、ねえ先生?」

「そうね、あいさつでもしておきましょうか。」

 その2人は意地悪な笑みを浮かべながらヒナコと三門先生に話しかけていた。

「こんにちは、三門さん。また懲りずに佐咲さんとコンクールに出てくるんですね。」

「・・・ええ。」

 三門先生はなにやら気まずそうだ。というか言動がいちいち感じ悪い。

「なにあいつら?演奏者の黒髪ショートのやつもぱっと見から感じ悪いけど、その先生も輪をかけてひどいわね。絵に描いたような悪人って感じ。」

 セーラも怒っていた。

「それになんか周囲の視線がほんとやな感じね。見えているのになにもしないどころか、嘲笑している感じしない?」

 俺はセーラに言われ、辺りを見渡す。たしかになんか場の雰囲気が悪い。


「佐咲さん、あなたも愚かよね。こんな先生のところにいないで私のところにきていれば、その才能を花開かせられたのに。」

「・・・そんなことありませんわ。あなたのところにいたら窮屈でピアノを続けてすらいませんでしたから。それに・・・コンクールで勝てないのは先生のせいではありませんし。」

 なんて酷いことを言うんだあの人は。ヒナコの手が震えている。

「でも実際に生徒の数も減ってきているんでしょう?そりゃああれだけ才能があった神童さんを潰してしまったのだものねえ。噂も広がるはずよねえ・・・『神童潰し』の三門先生?」

「・・・・・・・・・・あなたが広めたくせに。」

 ヒナコが小声で反論する。そうかあれがヒナコが断った音楽教室の先生か。にしてもなんて酷いことを・・・許せない。

 俺はヒナコのところに行こうとした・・・がセーラに止められる。

「だめよ。今出て言ってもあんたじゃなにもできないわ。それにヒナコだってこんなところ見られたくないでしょ?」

「でも、ヒナコと三門先生が・・・見てられないよ。」

「そうね、まあ反撃はあとでしましょう。これでヒナコと三門先生がコンクールにこだわる理由がわかったわね。」

「ヒナコ・・・」


 意地の悪い2人が去ったあと、ヒナコと三門先生はうつむいていた。

「ごめんなさいね・・・ヒナコさん。」

「先生は悪くない!!!私がもっと勝ってれば、こんなことにならなかったのに。」

 生徒が来なければもちろん経営が成り立たない。『神童潰し』なんて悪評が広まれば親は預けづらいのが正直なところだろう。そしてヒナコもそのことがわかっているからコンクールで活躍する以外にこの汚名を返上する術がないと思っているのである。

「そうか・・・ヒナコ。ごめん全然気づかなかったよ。」

 悔しさがこみ上げてくる。ヒナコの状況に何年も気づかなかった自分、そして今なお無力な自分に。

「・・・キョースケ戻るわよ。」

「ああ。」


「あらおかえり。もう用事はすんだの?」

「香織さんは知っていたのですか?」

 香織さんは黙って正面を向いていた。

「・・・・・・・知っていたわ。どの世界にも性根が腐っている人っていうのはいるものよ。」

「だったらどうしてヒナコのコンクール参加を止めなかったんですか!?」

「キョウスケくん。私がそんなことをしたら三門先生はどうなると思う?いよいよ本当に生徒がいなくなってしまうわ。」

 たしかにそうだ。三門先生のところのエースでもあるヒナコの親から辞めさせられたらもう取り返しがつかない。

「あっ・・・すみません、俺・・・考えが足りませんでした。」

「いいのよ。でもなにかコンクール以外でヒナコを輝かせることができれば、あのピアノ教室も安泰だと思うんだけれどね。教育の質としてはあの嫌味なところよりだいぶましでしょ?」

「そうですね。ただやっぱりどうしても力の強いところ、声が大きいところには個人で立ち向かうのは厳しいものですよね。」

「ヒナコがどうしても辞めたいというまで私はなにも口を出さないでいたの。それは三門先生とも共有しているわ。ただ、うちの大切な娘がひどいこと言われているのを見るのは気分が良くないわ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・俺もあの人らに一言言いたくなりました。セーラに止められたんですけど。」

「キョースケは本当に行動がはやいんだから。少しは考えなさいよ。」

「さあそろそろ始まるわよ。」


 次々と演奏が終わっていく。残るはヒナコとあの嫌味なやつだけだ。先にヒナコが演奏を開始する。

 やっぱりヒナコの演奏は素晴らしいと思う。隣のセーラも楽しそうに聞いている。

 そして、ヒナコの演奏が終わった。最後は奴の番だ。周りの反応やトリであることを考えると優勝候補なのだろうか。


 そして奴の演奏が始まる。

 

 ・・・・・・・・・悔しいが明らかにヒナコよりもうまかった。本当に同じピアノなのかどうかすら疑わしいぐらいの差があった。


 演奏が終わると会場から割れんばかりの拍手が奴に与えられた。


 そして結果発表。奴は1位だった。ヒナコは・・・4位という結果に終わった。十分すごいのに、まったく喜べない。

 

 ヒナコに見つかる前に会場を後にする。

「すごかったね、あの子。人に嫌味言うだけあるわ。」

 セーラが奴を褒める。なんかむかむかする。

「・・・・ヒナコだってすごかったじゃないか。」

「それはそうよ。けどやっぱり一位の子は圧倒的だったわ。なかなかあれに勝つのってしんどいんじゃないかしら。」

「君はどっちの味方なんだ・・・」

「もちろんヒナコの味方よ。何言ってるんだか。私たちの役目はここからでしょ?多分ヒナコ今回はいつも以上に凹んでいるわよ。音楽室で話しているときもちょっと尋常じゃないくらい気合入ってたもん。」

「・・・そうなのか。なにか俺にできることはないのかな。」

「あるわよ。」

 セーラが言った。

「次、ヒナコが音楽室に来たら会いに行きなさいな。そこでキョースケ自身の考えと思いをただ素直にぶつけなさい。あとこれまで内密にやってきたこともバラしてもいいわよ。隠し事なしで本音でぶつかったらきっとヒナコにも響くわよ。」

 セーラからのアドバイスが心に染みた。隠し事は本当に性に合わなかったんだ。

「・・・・・・わかった。おれ、ヒナコに本音をぶつけるよ。よくよく考えたらあんまりこそこそなにかするの向いてないんだ俺。」

「その意気よ、キョースケ。あんたの真剣な思いならきっとヒナコに届くわ。」


 セーラと解散し、帰路についた。

「ヒナコに俺の思っていることを言おう。そして、ヒナコの話をもっと聞かなきゃ。」

 そう決意を新たにした。



 ところが、ヒナコは何日も音楽室に表れなかった。教室にはいるから会いに行けばいいのだが、それはセーラに止められていた。

「あんた人前で本音が話せるわけないでしょ?そして自分が目立つ存在だってことをもう少し自覚しなさい。あと音楽室に呼び出すのもやめておいた方がいいわよ。勘違いしちゃうから。」

 そういうわけでヒナコが来るのを待った。


 そしてとうとう彼女は姿を現した。少しやつれているような気がした。


「!!!・・・キョースケくん。どうしたのこんなところで?」

 やっぱりヒナコの元気がない。こんな状態で俺の本音をぶつけていいものだろうか。だいたい本音をぶつけるって俺はなんの権限があって言っているのだろうか。


 でも・・・言わなければならない気がする。ヒナコを傷つけてしまうことになったとしても。


「ヒナコ・・・俺どうしてもヒナコに言いたいことがあって待ってたんだ。」

 ヒナコが驚いた表情を見せる。なんか心なしか顔色が良くなったような気がする。

「・・・話?なにかな、キョースケくん。」

「・・・・・・正直今から言うことはヒナコを傷つけてしまうかもしれない。けど、言わなければいけないと思って、待ってたんだ。」

「俺さ・・・ここ最近よくセーラと一緒にヒナコのところに来ていたのは実は協力してもらっていたからなんだ。」

 なんかヒナコが拍子抜けたような顔をしていた。

「協力?なんのこと?」

「俺さ・・・小さい頃からヒナコのピアノ聞くのずっと好きでさ、ヒナコが楽しくピアノ弾いているのもすごい好きだった。でもさ、最近のヒナコが辛そうにピアノを弾いているの見ててさ、なんか俺にできることないかなって思ってたんだ。」

「それで・・・セーラに協力をお願いしたんだね?」

「そう。それでヒナコがなんで辛そうにピアノを弾いているのか原因がわかればなんとかできるかもしれないって思ってさ。三門先生のところにも香織さんのところにも行っていろいろ聞いたんだ。」

「え!?お母さんにも会ったの?」

「内緒にしてて、本当にごめん。いやもっと謝らなきゃいけないことがあるんだ。」

 ヒナコが困惑した表情でこちらを見つめる。覚悟を決めなければならない。

「この間のコンクールさ・・・見に行ったんだ。それも、裏側の控室の方も。まさかヒナコと先生があんないじめみたいなの受けてるの知らなくて。」

 ヒナコはショックを受けているようだ。そりゃそうだよな。あんなところ普通は見られたくないよな。

「・・・・・・・・・・・・・キョースケくんだけには知られたくなかった。」

「ごめんなヒナコ。勝手に知っちゃってさ。それにヒナコがあんなひどいことされて苦しんでいることを知らずに、楽しくピアノ弾いてほしいなんて気軽に言ってさ。バカのか俺は。」

「ううん。これは私が悪いの。私がちゃんとコンクールで結果を出せて入ればこんなことにはなっていなかっただけだから。キョースケくんには応援してもらえて嬉しかったから。」

 そうかここだな。このタイミングでヒナコに伝えなければならない。


 ヒナコの才能伝えるんだ。今なら信じてくれるかもしれないし、響くはずだ。

 そしてヒナコの才能はこの状況を逆転できるものだ。



 そしてこの決断は非常に愚かで、自分の無力さを知るきっかけとなるのであった。


 

「なあヒナコ・・・。なにもそんな苦しんでまでコンクールで頑張る必要はないんじゃないか?ヒナコにはもっと特別な才能があるんだ・・・」


 俺がこの言葉を放った瞬間、ヒナコの表情が変わった。

 それは在りえないものを見たような、絶望したような、とにかくものすごいショックを受けたような顔をしていた。

 そして大きな瞳から大粒の涙が溢れていた。


「ヒ、ヒナコ?どうした?」

 俺は慌てた。なんだ?なにが起きている。どうしてヒナコは泣き出した?


「キョースケくんだけは、私のこと信じてくれていると思ったのに。」

 

 ヒナコが走り出し、音楽室を飛び出して行ってしまった。


 なにが起きた?ヒナコはなんで泣きだした?なんで飛び出していった?ヤバい・・・なにも理解ができない。

   落ち着け。落ち着け。落ち着け。とにかくなにを優先するかを決めるんだ。


 とにかくヒナコを探さなきゃマズイんじゃないか、追いかけなきゃ。

 俺は走り出そうとした。しかし、本能が告げていた。体が思うように動かない。


「・・・助けてくれ、セーラ。ヒナコが急にどこかに行ってしまってそれで」

 無意識だった。無意識にセーラに助けを求めていた。電話で連絡を取っていた。

 

 電話を受けたセーラは一切の動揺を見せず、まるでこのことをわかっていたかのような感じだった。そして一言俺に残す。



   『そう・・・・・・あとは任せて』



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