第10話 裏切り

瑠璃は、震える手を押さえながら道を歩いていた。

向かう場所は、ジョーンが夢の中で案内してくれたあの場所である。

やがて、夢の中で見たのと同じレンタル収納スペースが見えてくる。


倉庫の扉には暗証番号で開く鍵が付いている。

瑠璃は震える指で押そうとし、躊躇した。


「大丈夫」


自分に言い聞かすように、そして宮内を信じたいという気持ちで、自分を落ち着かせた。

8ケタの数字、『2・0・0・4・0・3・1・6』を順に押していく。

すると、鍵が開いた。


「……!」


扉を開くと、中から大量の美希の写真が流れ出てくる。

工藤一家の隠し撮りされた写真を手に取る。

和正の顔が塗り潰されていた。

写真の裏を見ると『僕がこんなにも愛しているというのに』とある。

瑠璃は言葉を失った。

幼い頃の瑠璃の写真。

美希の私物。

ピアノのコンサートの半券。

瑠璃は一つずつ手に取っていった。

そして、幼い瑠璃と宮内が一緒に写った写真があった。


わたしは、母と同じ人生を歩んでいた。

いや、歩まされていたのかもしれない。

親を失い、わたしは母と同じように施設に行った。

そこから彼のシナリオは始まっていたんだ……。

母に与えた物をわたしに与え、母と同じ人物をつくっていく……。

命の恩人を、愛さないはずがなかった……。

嫌いになれるはずがなかった……。


瑠璃の目から涙が溢れ出した。



3月15日の夜。

瑠璃は、リビングですでに記入された婚姻届を見つめていた。


「ねぇ、ジョーン。もうすぐ今日が終わっちゃう……」


ぬいぐるみのジョーンは何も答えなかった。



深夜一時を過ぎ、酔っ払った宮内が帰宅した。

瑠璃は、疲れそのまま眠ってしまっていた。


「こんなところで寝て、風邪ひくぞ」


瑠璃の寝顔を見ながら、宮内は煙草を吹かせた。

リビングのテーブルには、婚姻届と、それを見つめるようにぬいぐるみのジョーンが置かれていた。


「誕生日か……」


日付が変わった時計を見つめ、宮内は笑みを浮かべた。

灰皿に煙草を押し当て、瑠璃に布団をかけると宮内は一人寝室へと向かった。


  ×  ×  ×


瑠璃は、何もない真っ白な空間にいた。


「ジョーン! ジョーン!」


瑠璃が叫ぶが、誰も現れない。

辺りをきょろきょろし、瑠璃は走りながらジョーンの名を叫んだ。


「ジョーン! ジョーンってば!」


瑠璃が叫ぶが、誰も現れない。


「ねぇ、どうして……」


  ×  ×  ×


目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。

目の前はぬいぐるみのジョーンがいた。

夜はまだ、長いようだ。

わたしの腕には、“やけど”の跡が残っている。

今も、あの日の火事を忘れたくないというように。


寝室を覗くと、拓が眠りについていた。

もう日付は、3月16日になっている。

外に出ると、とぼとぼと人通りの少ない道を当てもなく歩いた。

一本違う道を歩いていたら、その事件には遭わなかった。

人生も、目の前にある道も、そういうものなのかもしれない。

街の掲示板の前を通り過ぎ、わたしは立ち止まった。

掲示板まで引き返す。そこにはサーカスのポスターが貼られていた。

『レムサーカス団』とある。

ポスターにはジョーンにそっくりのピエロが載っており、ダリアの花を手に持っている。

あの日、ジョーンは丁寧にお辞儀をすると、ステッキのようにダリアの花を取り出し、わたしにくれた。

ダリアには素敵な花言葉がある。

華麗、優雅、感謝……。

でも、悪い花言葉もある。

それは、裏切り……。


  ×  ×  ×


リビングのテーブルにある、ぬいぐるみのジョーンが、突然煙草の吸殻の入った灰皿へ傾いた。


  ×  ×  ×


瑠璃が、何かを手にコンビニから出て来た。

そして再び、宮内と暮らす家に向かい歩きだす。

消防車と救急車が、瑠璃の横を通過していく。

瑠璃は気にも留めていない様子だった。

事態に気付いたのは帰宅した時だった。


暗闇を明るく照らし、一軒家が激しく燃えている。

消防車のサイレンが、深夜の住宅街に鳴り響いた。

消火活動が行われている。


「拓!」


瑠璃は、燃える家に飛び込んで行こうとした。


「危険です! 下がってください!」


「拓が! 拓が中にいるんです!」


「えっ……」


「離して、離して! 拓が! 拓が!」


消防士が、泣き叫ぶ瑠璃を無理やり止めていた。

瑠璃の手から、サーカスのチケットが二枚ひらひらと落ちて行く。

勢いを増し、燃え盛る炎。


幸せだったことも事実だった。

分かってる。あなたは裏切り者。

なのに……なのに……。

偽りのあなたを愛してた。嘘でもあなたを愛してる。


END

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やけど 佐藤そら @sato_sora

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