俺をそんな風に呼ぶんじゃねぇ。
人が人に対して持つ印象なんて
やっぱりアテにならないもんだな……と
この
湯船に浸かりながらしみじみと
実感していた。
話せば話すほど印象が変わっていく
あの男について、やはり私の見る目は
無いんじゃないかと思えてくる。
「なんていうか、ままならない」
お風呂場の狭い空間に跳ね返り
独り言がいやに大きく聞こえるし、
止めて久しいシャワーのヘッドからは
未だに水が滴り、床へと落っこちている。
環境音は水の音のみ
この空間に居るのは私だけ。
思えば今日は休める時間が無かった
仕事終わりに拾った厄介事のおかげで
いまようやく体と心を休められる。
「休めるのは今だけかもしれないし」
あの男はまだリビングに居る。
さっきの名前についての口論は
結局私の案`ミチル`を押し通した。
その後
`とりあえずアタシ風呂に入ってくるね`
と言って居間に置き去りにしてきた。
私もずっと人と居て疲れたし
アイツにも一人の時間くらい
あった方が良いだろうという
私なりの配慮でもある。
「それで財布とかお金とか持って
逃げられてたら笑っちゃうけど」
まぁ、多分その点については大丈夫だ
アイツはそう言うことをする奴じゃない
……と、思い込んでおくのが1番気が楽だ。
「あまり長湯はしないでおこうかな」
特に口に出して言わなくても良いことを
言ってしまう癖が遺憾無く発揮されている。
昔から独り言の多い子供だった
親にはよく注意されてたっけ、
でもこれすると落ち着くんだ。
そういう癖は無理に直そうとしなくても
問題ではないことをこのセナ ミノルは
とてもよく知っているのだった。
なぜ問題ではないか?それは
「……さて、あがろう」
結局直せないからである。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
「そういえばミチルちゃん居たね」
「なんだミチルちゃんってふざけんな
お湯浴びて帰ってきて呼び方変えんな」
お風呂を上がるまでは覚えてたが
髪を鼻歌交じりに乾かしてる内に
ついうっかり忘れてしまってた。
いま私の部屋には男がいる
その名もミチルちゃんである
ちなみに今思いついたばかりだ
そういえばこんな奴家にいたなと
顔を見た時に確か`ミチル`って
名前付けたんだっけと思い出して
なんだか女の子みたいだなと
思った結果後ろに`ちゃん`がついた
というわけだったが、もちろん予想通り
呼ばれた本人はえらくご不満な様子だった。
……その反応がみたくてやった
という側面もあるのだが。
「なんで?かわいいでしょ?ミチルちゃん」
「……いいよ別にじゃあそれでもう」
「なんだ、張り合ってこないのか」
「どうせ押し切られる、そうなったら
なんかすげぇムカつくし落ち込むから」
「だから受け入れるってこと?」
「悪ぃかよ文句あんのか言えよ」
やっぱりコイツ変なとこで器が広い
仮にも自分をぶん殴った女にイジられて
気分がいいはずが無いのにも関わらず。
さっきだってそうだ、湿布の件
いまミチルちゃんの頬には湿布が
デカデカと貼られているのだが。
普通、こういう感じの男ならば
意地になって絶対に要らないと
突っぱね続けるもののはずだ。
それをこのDV野郎改めて
満足する、満たされるの満ちるで
ミチル……更に改めミチルちゃんは
意外なところで物わかりの良さを
発揮してくるのだ、偶然かとさっきは
思ったけどこれで確定した。
こいつはこういうやつなんだ
やっぱり全然悪いヤツじゃないじゃん
アタシの見る目ってホントにないんだな。
「アンタがどうしても嫌なら
その、我慢とかしてるならやめる」
自分からしかけておいてなんて
横暴な態度だとは思うけれど
私にはこの言い方が限界だ。
ひょっとしたら余計怒らせて
しまうかもしれないなと思い
若干身構えたのだが。
「……いいよ別に、それで、そのままで良い」
「`ミチルちゃん`のままでいいって?」
「そーだよ」
どんな気持ちでそんなことを
言い出したのかまるで不明だが
良いと言うなら良いんだろう。
男というものは総じてプライドが高く
特にこの手のタイプはその傾向が強い
という私のデータが音を立てて崩れるが
とりあえず意見がまかり通ったので
そこは喜ぶべき点なのかもしれない。
……とはいえ
「じゃあアンタ、風呂入る?」
「そこはミチルちゃんって呼べよ」
おふざけで言ったことをこうも
すんなり受け入れられては気に入らない
少なくとも今は`アンタ`でいかせてもらう。
「いーから、お風呂は?使う?」
「良いのかよ嘘だろ替えの服ねぇよ」
「アタシ男物の服とか結構あるし
それ着たら良いんじゃない」
「待てよ普通嫌がるだろ、なんだそれ
お前ひょっとしてどっかおかしいのか?」
あぁ、なるほどようやく理解した
動揺すると早口になるのかコイツ
よく噛まずにペラペラ喋れるものだ。
「別にミチルちゃ……アンタのこともう
そんなに嫌いじゃないし気にしない」
「……意地っ張りめ、で?嫌いじゃない?
ぶん殴ってすっきりしたからか?なんだよ」
「そのまんまの意味だよ」
「その意味が分からねぇって言ってんだ」
「分からないなら良いよそれで」
「はぁ?なんだよそれ」
「別に」
「なんだよ」
「なんでもないって」
「そうかよ」
「そうよ」
「はっ」
向こうの速いペースに乗せられて
私もうっかりペラペラと話しすぎた
結果、私が鼻で笑われて終わった。
釈然としない気持ちのままだが
一応は平和的解決をむかえたので
ここは、大人の女として譲ってやろう。
……なんて、子供っぽいこと
考えてるんだろアタシこれじゃ
この男と同レベルじゃないか。
「お前なんかさっきと印象違うな
もっとこう、澄ましてたろ」
「アンタの影響だと思う」
「……あっそ」
そういうひと言が子供っぽいんだ
中学生が背伸びしてたまに出るボロ
だとでも言えばわかりやすいだろうか。
そういえば
「アンタ歳いくつ?アタシは22」
「……17、女お前22なのか」
「み、未成年……」
「うるせぇあと数日で18だ」
失念していたというか頭から
抜け落ちてたけどこれってやはり
犯罪行為に等しいんじゃないのか?
未成年を成人女性が殴って気絶させ
自分のアパートに連れ込んだとなれば
確実に牢屋にぶち込まれてしまう。
頭痛がしてきた、目眩もだ酷い
「……アンタ親は?」
「いねぇよ小さい時にどっちも死んだ」
ごめん と謝る前に私の口は
次なる質問をぶつけていた。
「家は?」
「ねぇよ、んだよ職質かよ」
「……は?」
「その顔アホみたいで笑えるな、じゃあ
俺は遠慮なく風呂借りてくるから」
そう言うと男はさっさとこの場を立ち去り
驚き固まる私を放置して行ってしまった。
そしてその後しばらくして
何とか発した言葉は
「……なんかとんでもない事にクビ
突っ込んだみたいだよセナ ミノル」
という、今はもう届きやしない
過去の自分に向けての後悔の言葉だった。
「おい、俺の着れる服どこだよ」
「……待ってて」
「早くしろよセナ」
「今行くって」
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
このとき私は気が付かなかった
この男が初めて私のを`お前`や`女`でなく、ちゃんと名前で`セナ`と呼んでいたことに。
お互いの関係性が徐々に
変わり始めているのだった……。
バースデーキャンドルは灯らない ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン @tamrni
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