バースデーキャンドルは灯らない

ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン

世の為に成ると書いてセナ ミノル

人は毎日、同じ場所を往復する

生きていく上でのサイクルというのは

多くの場合一定で変わり映えしない。


かくいう私、世為セナミノル

その1人だった


のだが。


仕事が終わりアパートへの帰り道

数時間後に誕生日を控えた私は、

通り道にある公園のど真ん中で

言い合いをしている男女を見た。


ここから話の中身は聞こえないが

思わず足が止まってしまうほどには

ヤバそうな雰囲気をしている。


私は私の中の`悪いクセ`が

またしても発動する予感がした。


この辺は団地になっていて

今の時間は車通りも多くはない

電灯の明かりも微々たるものだ。


もし何かがあれば

助けは入らないだろうーー


そう思った次の瞬間


言い合いでヒートアップしたのか

男が女に向かって手を振りあげ

ヤケに大振りな軌道で叩いたのが見えた。


それはいくらなんでも

やりすぎなんじゃない?


カップルの痴話喧嘩の末なのか

それとも暴漢に襲われているのか

はたまた仕掛けたのは女の方なのか


あらゆる可能性が考えられる、

簡単に他人が首を突っ込むことじゃ

無いのはもちろんよく分かっている。


……でも、だとしても


このセナ ミノルはそれを

見なかったことに出来ない!


私は右手にぶら下げている袋に

自分の誕生日を祝う為のケーキが

入っているということも気にせずに


まるで陸上の選手のように

華麗なスタートダッシュを切った。


本当のことはどうであっても

余計な介入なのだとしても

それでも私は見逃せなかった。


手に持っていたケーキ屋の袋は

邪魔だとその辺に放り投げた。


そして


「ねぇ、そこのDV男」

「……はぁ!?誰だおま」


ゴッッッッ


内側に響く様な不快な音と共に

私の拳がDV野郎の顔面にめり込んだ。


いくら相手が男で女を殴る輩だとしても

振り向きざまに叩き込まれた一撃に

ソイツは為す術もない



奴は体勢を保てず吹き飛ばされて、

そのまま地面の上を派手に転げた。


だいぶ派手にすっ飛んだので

公園の砂が巻き上げられ砂埃が舞っている。


ひとまず先制攻撃は上手くいった

奴はしばらく復帰して来れないはずだ。


まず私は先に、驚きのあまり

自分の立場も忘れ固まっている女に

私は声をかける。


「ホラ逃げなよ」

「……へ?あ、は、はい!」


それまでフリーズしていた女は

私の言葉でハッと意識を取り戻し

そこでひっくり返っている男に


一瞥もくれることなく、まるで

飛ぶように走り去っていった。


あの様子を見る限りじゃ

あの女、相当怯えてたみたいだ

殴られたんだし当たり前か。


男が女に手を挙げるだなんて

まったくもって気に入らない。


「ほらさっさと起き上がって

かかって来るなら来なよ」


ぶん殴った右の拳の痛みと

この男がした事に対してのとで、

少々八つ当たりに近い怒りを

全ての元凶に向かって言ったのだが


その途中で異変が起きていることに

いや、むしろ


`何も起きない`ことに

ようやく気が付いた。


「おーい……」


呼び掛けに反応は一切返ってこない

それどころか、無様にぶっ倒れたまま

ピクリとも動く気配のないDV野郎は

痛みに呻く声すらも聞こえてこない。



「もしかして死んじゃった?」


……縁起でもない冗談を、言った。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


`嫌なものは嫌だと言う女 セナミノル`


一言で自己紹介しろと言われれば

恐らくそんな内容になるだろう私は、

生まれた時から難儀な性格だった。


容姿はそんな内面を表すように

男子顔負けの鋭い目付きと高い背

オマケに顔まで怖いときていた。


個人的には`美人`だと思ってるけど

どうも周囲からの評価は`怖い`に

統一されてしまっていたのが印象深い。


好きじゃないものは好きと言えない

気に入らないモノは許すことが出来ない。


という非常に厄介なこの性格、

それはそれは沢山の揉め事を作るが

私はそれを正当化した事は1度も無い。


`だって私の言ってることが正しい`

と言って不貞腐れるような真似は決して。


自分の持って生まれた性は

変えられるものでは無いけれど

出来ることなら抑えるべきだ、

という事は分かっている。


そう、分かっているのだ

何もかも`承知した上で`なのだ。


全てのことを客観的に見て

あぁ、口を出さない方が良いなと

しっかり頭と心で分かっているのだが。


現在に至るまでの二十数年間

やたらと問題にばかり会うのは

……つまりそういうことだ。


小学校では卑怯ないじめっ子を

片っ端からぶちのめして回って、

時には言葉で攻めて泣かせて


中学に入れば薄汚い女共の

くだらない嫌がらせを見つけては

徹底的に追い詰めていって


高校に入れば男子共の

ろくでもない行動を無視できずに

ひとりで殴り込みに行って。


そんな生き方をしてたおかげで

社会に入ってからの数年はとにかく

苦労をする日々が続いたものだ。


それが最近になってようやく

ある程度自制が効くようになり、

問題が降り注ぐみたいな生活を

抜け出したところだった。


だから今日だって本当は

`手を出すべきではない`と思ったんだ

関わるべきではないと分かっていたんだ。


……が、


痛む手の甲が全てを物語っている通り

私には到底無視など出来やしないのだ。


例えソレが女を殴るような奴で

パンチ1発で伸びてしまう様な

モヤシDV野郎だったとしても


夜のクソ寒い公園の土の中に

倒れたままにして立ち去るなんて行い


とてもひどく葛藤したけれど

迷うまでもなく答えは既に出ていて、

私には見過ごすなんて無理なのだった。


まさか


1度鳴らず2度までも、しかも同日に

恐ろしく厄介なトラブルを起こすなんて。


「ほんっと面倒な性格!」


やや息の上がった声で悪態をつく私は

DV野郎のだらんと垂れ下がった片腕を

自分の首の後ろから回して掴んで、

力任せに引っ張っている最中だった。


ズリズリ……と爪先が地面を擦る

靴が汚れていくのを気になりはしたが

あのまま放置されるよりはマシだろう。


幸いにしてここは我が家と近い

あと数百メートルも進めば到着だ、

見知らぬ男を連れ込むのは抵抗があるが


女のグーで意識もってかれるぐらいだ、

何かあっても対処はできるたろう。


夜風が頬を掠めて背後に流れていく

まだヒリヒリと痛む右手が不快だ、

街の中心部から遠く離れたこの場所は

住宅街ということもあり、人通りは少ない。


別にやましい事情はありはしないが

見られないに越したことはない状況なので、

助かっているのだが、


……それにしても


「コイツやけに軽い」


完全に気を失った人間ってのが

どれほど重いかはよく知ってる

高校時代はよく喧嘩でのした相手を

保健室まで運んだものだった。


だから人を運ぶ苦労なら

嫌という程知っているのだが

この男、あまりに軽すぎる。


「背も小さい」


そういえば歳も知らないんだった

見た感じ顔には幼さが残っている、

単に童顔ってだけかもしれないけど

ただでさえこの身長、恐らく年下だ。


ということは、だ


つまり私は、年下をぶん殴って気絶させて

更には自分の家に連れ込もうとしてる……


のか?


いや待てよ、コイツそもそも

たぶん未成年……だよな?

これって犯罪なんじゃないか?


アタシ、もしかしてやばい?


嫌な汗が首筋をつたい落ちた

両の手にかけられる銀色の輪っかを

幻視してしまった。


「いくら不意打ちとはいえ1発

1発で気失うとか弱すぎだって」


自分のしたことで勝手に追い詰められて

やや理不尽な怒りがDV野郎の寝耳を襲った。


ついでにゆさゆさと揺さぶってもみた

それで起きられても困るが、これくらいは

きっと許容範囲に違いない。


と、そうしているうちに

慣れ親しんだ住処に着いた。


夜の闇を切り裂くような

優しさに欠けた人工的な光が

玄関から大量に漏れだしている。


貴重な都市電力を浪費して

無駄な明るさを確保しているのは

相変わらずの光景だった。


帰ってきた、疲れた、眠りたい

さっさとお風呂に入りたい。


頭の中を駆け巡るのはそんな

自堕落な欲望の数々だ、正直

今すぐ駆け出したい。


「この余計な荷物さえ無ければ


……あっ」


`荷物`という言葉が引き金となり

ある重大なことを思い出した、

と同時に足が止まり力が抜けた


そうなれば当然抱えていた`荷物`は

支えを失い、地球の重力に逆らえなくなり


ゴンッ


……勢いを付けて地面に追突した。


だがしかし今の私は

それどころではない何故なら


「……ケーキ、置いてきたままだ」


右手に持っていたはずの袋が

いつの間にか無くなってる事に

気がついたからだった。


なんて馬鹿なんだ私は

自分が情けなくて仕方ない。


しかし今から取りに行くのも無理だ

この大荷物を抱えて往復するのは、

あまりにも滑稽だしそんな元気も無い。


かと言って部屋にコイツを置いて

急いで取りに行く訳にもいかない、

いくらなんでもそんな勇気はない。


せっかく予約して買ったのに

数量限定の誕生日ケーキだったのに

諦めるのは非常に惜しいがそれでも、

良い方法が思い付かない


「……今日はおかしな日だ」


なんというか、今日の私は実に

ツキが無いなと思ったのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


置いてきてしまったケーキには

残念だが公園の土に還ってもらうことにして

エレベーターを登り部屋の前まで来て、


やや四苦八苦しながら鍵を

服のポケットから取り出して

やはり苦労しながらドアを開き


更に自分と、この男の靴を

脱ぐ脱がせるの過程でまた苦戦し、

額に汗を浮かべながらもやり遂げ

リビングのソファに放り投げたのだが


いっこうに意識が戻る気配が無い。


「まさかホントに死んだんじゃ……」


やっぱり先程、驚くあまりつい

落としてしまったのがいけなかったのか。


一応呼吸はしているから生きてはいる

脈だって……脈?脈ってどこで見るんだ?


ガッコウの勉強を真面目に

聞いてくればよかったと後悔する。


中学からロクに授業出てなかったのが

社会出てしばらくした今になっても

響いているという現実に落胆する。


「何触ってんだよ……」


という不快そうな声が聞こえ、

脈をみようと触れていた私の手が

パシッと乱雑に払われた。


顔を抑えながら野郎は起き上がり

まだ光に慣れない目を細めて辺りを見回す。


一人暮らしの女の部屋とはいえ

特に綺麗に整えてる訳でもないので

あまり見て欲しくは無いのだが……


ちゃんと生きてた、良かった

暗い牢屋の中で生きていく羽目に

ならずに済んで本当に良かった。


「くたばったかと思ったけど

ちゃんと生きてて良かった」


寝起きのようなぼやけた顔は

怒りの籠った顔つきに変わった。


安心したせいか余計なことを言った

逆上させてしまったかと一瞬身構えたが


「バカにしてんのか」


男は思いのほか冷静な様子だった

ひとまず暴れ出すことは無さそうだし

もしそうなってもどうにかなるだろう。


ここからどう話を進めようかと

考えようとしたのだが、きっかけは

向こう側から作ってくれた。


「それで?ここお前の家?」

「あのまま置いておけないし

家近いからとりあえず運んだ」


「フツー無視して帰るだろ」

「アタシにはそんな普通は無い」


そう答えた私にDV野郎はまるで

何か奇妙なものを見る目を向けてくる。


そういう顔をされるのは慣れてる

昔から理解されない生き方してたから

そういう表情は見飽きている。


……顔といえば


殴られた箇所は赤く腫れていて

間違いなく今だって痛いはずなのに、

顔にも態度にもそれを出そうとしない。


目が覚めたら真っ先にそのことを

責められてもおかしくはないのに、

罪悪感が故かそれとも単に強がりか。


ただの女を殴る屑男という第一印象が

やや変化しつつあるのを感じる。


しかし、こうなると多分コイツは

冷やすものを欲しがらないだろうし

聞いても要らないと言われそうだ。


「……何見てんだよ」


いちおう聞くだけ聞いてみるか


「冷やすものとかいる?」

「要らねえ」


やっぱり


「放っておくと酷いよソレ」

「うるせえ」


この調子で問答を繰り返したら

そのうち怒りが爆発するのは明白だ、

刺激しないためにも止めるべきである。


という答えが私の中で出される一方で

もうひとつの答えも同時に生まれていた。


ーーしばらく粘れば折れるんじゃない?

という理屈のない直感による結論が。


「後で痛いの自分だよ」

「欲しくねぇ要らねえ」


「今冷やしておかないと」

「……要らない必要ない」


あともうひと押し

そんな気がする。


「湿布と氷どっちがいい?」


そしてついに


「……湿布」

「わかった」


狙った通りの結果になり少し気分が良い

と同時に私の中の`DV野郎`の認識が徐々に

得体の知れないものではなくなっていく。


人間性が明確になっていくにつれ

案外話しやすいこともあってか私の

この男に対する嫌悪感は薄れている。


「押しの強い女だなお前」

「……セナ ミノル」


「は?」

「`お前`じゃなくてアタシの名前

世の為に成ると書いて世為セナミノルそっちは?なんて名前?」


「名前なんて俺には無い」


どうして名前がないのか?

なんて疑問は確かに生まれたが

同時に浮かんだアイディアによって

欠片も残さずに消えていった。


この男にどんな事情があって

どんな経緯であんな風になって

挙句に名前が無いなんて事になるのか?

そんなものは些細な問題に過ぎなかった。


そしてそのアイディアとはつまり


「そうじゃあミチルって呼ぶから

満たされる、満足するの`ミチル`」


名前が無いって言うなら

私が付ければいいんじゃないか


という、思いつきだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


今日という日は実ににめでたい

世為 成という人間がこの世に

生を受けた特別な日なのだから。


テーブルの上にはバースデーケーキが乗り

白いクリームに建てられた蝋燭には火が

もちろん灯されているはずなのだが。


今年に限ってはどうやら

そうもいかないらしい。


何故なら


この小さな部屋に灯されたのは

例年通りの暖かい色の炎ではなく、

人の作りだした明かりの元で揺れる

2つの燃え盛る火であるのだから。



「名前とか勝手に付けてんじゃねぇよ」

「それなら自分で好きに付けたら良いのに」


「そういう話をしてるんじゃねぇんだよ」

「だめ、アンタの名前はミチルで決まり」


「好きに名付けろって言ったの誰だ!」


お誕生日にと用意したロウソクは

今年に限り灯されることは無かった……。

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