ひらひらと鱗粉こぼす寒昴 🌌

上月くるを

ひらひらと鱗粉こぼす寒昴 🌌



 

 蝶の仲間でもとりわけ地味で小さくて、人の目に留まりにくいタイワンシジミは、自分の見かけをよく承知しているので、いつもひっそり舞うように心がけています。

 

 ――あの華やかなお花さんたちのところにも行ってみたいな~。🌺🌹🌼🌸

 

 そう思うことがあっても、ひときわ大きくて派手なアゲハチョウはもちろん、同じシジミチョウ仲間でも多数派のヤマトシジミならばまだしも、1円玉の1/4ほどの大きさしかないタイワンヒメシジミですから、どうしても気後れしてしまって……。

 

      ****

 

 孤独なタイワンヒメシジミが、とある小学校の保健室の横のミニ花壇で、いつものようにつつましやかに舞っていると、窓の内側から女の子の声が聞こえて来ました。

「先生、小さな蝶々が舞っているよ」

「よく見つけたね。えらい、えらい」

 タイワンヒメシジミは何だかうれしくなって、金色の羽を目いっぱい広げました。


      🍃


 同じころ、別のタイワンヒメシジミは、とあるまちの介護施設の花壇にいました。

 やさしい女性スタッフさんに付き添われたお年寄りが、車いすでやって来ました。

「あっ、かあちゃん。蝶々だよ」

「ミツコちゃん、よかったねえ」

 幼い子どもに返った老婆の前で、タイワンヒメシジミは何度も何度も舞いました。


      🍃


 同じころ、別のタイワンヒメシジミは、出入国在留管理局の庭の花壇にいました。

 自由に外へ出ることが許されない収容者たちが、小さな窓から中庭を見ています。

「バタフライが舞っているわよ」

「希望を持てと言ってるみたい」

 深刻な事情を抱えた多国籍の人たちが、タイワンヒメシジミに励まされています。

 

     🍃


 同じころ、別のタイワンヒメシジミは、三角屋根の子ども病院の前庭にいました。

 比較的体調のいい子どもたちが、主治医の許可を得て三三五五散歩をしています。

「おばあちゃん、ちっちゃい蝶々だね」

「ほんと。まるでケンイチみたいだね」

 孫息子を気づかう祖母の銀髪の上を、タイワンヒメシジミはやさしく舞いました。

 

     🍃


 同じころ、別のタイワンヒメシジミは、小さなレストランの前の花壇にいました。

 ランチと夕食のあいだのわずかなひととき、若い経営者夫婦が日を浴びています。

「あら、あなた、かわいい蝶々がほら」

「なんだか幸先よさそうな気がするな」

 コロナ禍で閉店を考えていた夫婦は、メニューを工夫して出直すことにしました。


      🍃


 同じころ、別のタイワンヒメシジミはあるフリースクールのベランダにいました。

 とつぜんの一斉休校で心に傷を負った子どもたちが10人ばかり集まっています。

「先生、金色のちっちゃな蝶がいるよ」

「みんなみたいに一所懸命で健気だな」

 蝶にも人にもいろいろな生き方があるよと、先生はそれとなく教えているのです。


      ****

 

 冬が間近に迫ったある夜、気温がぐっと下がって霜が降りました。🌙


 大きな葉っぱのかげに庇ってもらっていた6頭のタイワンヒメシジミたちは、ついに持ちこたえられず、つぎつぎに天に召されてすばるという名の六連星むつらぼしになったのです。



 ――ひらひらと鱗粉こぼす寒昴 🌌



 けれど、いつまでも気後れしているタイワンヒメシジミたちは、地球にいたとき、自分がどれだけの人たちに仕合わせを運んだのか、ちっとも気づいていないみたい。


 そんな鈍感なところがまた、最も小さな蝶たちの愛らしさでもあるのですね。(笑)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひらひらと鱗粉こぼす寒昴 🌌 上月くるを @kurutan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ