第9話 カオルとヒビキとミクとミクネリ

「カオル様は、私にひどいことばかり言うんですけど……けど、私のことを愛しているんです。それで……」


少し暗くなった住宅地を、俺と日野の2人で歩いている。彼女に押し切られる形で、一緒に下校することになったのだ。"カオル様"について嬉々として語る彼女の姿は、クラスメイトに見せる普段の姿とも違う。そして、第三音楽室で話す前に俺に見せていた姿とも違う。彼女は、一体何面相なのだろうか。


「あの……聞いてます? ヒビキ様?」


「え、ああ……聞いてるよ。聞いてるんだけど……その"様"っていうのと、後敬語は辞めてもらえないかな。何か変な目で見られるしさ……」


「ええ? だって……」


「分かってると思うけど、俺はそのカオル様って人じゃないんだよ。ただの一介の高校生だし……」


一緒に歩いていて気づき始めたが、日野は声が大きい。特に、今みたいにテンションが高いときはなおさらだ。閑静な住宅街の真ん中で"様""様"連呼されたら、それこそ道行く奥様が黙っていない。


「人の目を気にしたって、大抵その人はあなたのこと何の気にも留めてないよっていう、私のお姉ちゃんの名言があって……」


「嫌なものは嫌なんだよ、お願いだから……」


「冗談、分かってますよ!人がいる前では控えますので……末永くよろしくお願いします、ヒビキ様」


「はあ……」




#####




時計の針が指すのは11時。ベッドに寝転びながら、今日のことを整理していた。俺の空想の世界の人物ミクネリ……それと姿が全て一致している日野ミク。そして、日野ミクの空想の世界の人物カオル様……それと姿が全て一致している俺。どうも奇妙な関係だ、俺と日野は。こんな偶然、本当にあるのか? 実際起こっているのだから信じるしかないのだろうが……どうも受け入れるのには少し時間がかかりそうだ。


「ミクネリ……うぉっ!?」


顔。ドアップ。大宇宙で、ミクネリは俺とわずか数センチの距離にいた。見るからに不機嫌である。


「何があったの? ピンクの鼓動……前よりも濃くなってる。リズムも速くなってた。前までこんなことなかったのに……」


「いや、それは……」


「またあの女? 私にそっくりだっていう……」


ミクネリは、とてつもない馬鹿力で俺の腕を握っている。この世界でも、痛覚は感じるのだ。そして、おそらくこれまでで一番冷たく睨まれている……どうも窮屈で居心地が悪い。


「ひどいね、窮屈で居心地が悪いって。今まではそんなこと思ってなかったのに」


ああそうだ、彼女には全てお見通しだったんだ。


「……分かった、今日あったことを話すよ」

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妄想狂と少女(仮想) 一凪 @Vostok0809

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