第8話 ビギン

「妄想の世界で会ったことがある……というか今朝も会ってて……ですね。私、恥ずかしいけど妄想癖みたいのがあって、時間さえあればすぐに妄想してたら……何か自分の頭の中だけの世界みたいのができちゃって。そこで、あなたと同じ見た目の人……容姿も声も全く同じ人と私、毎日会ってるんです……気持ち悪いですよね?」




日野ミクは、そう話した。相槌を打たずにじっと話を聞く俺を見てか、だんだんと声のボリュームは小さくなっていったのを感じた。だが、俺が相槌を打たなかった理由は彼女が予想している理由とは違う。気持ちが悪いんじゃない。むしろ、その逆である。




「俺も同じだよ」




「え……?」




「俺も、全く同じ……妄想の世界で何度も君と同じ見た目の人と会ってるよ。性格はちょっと違うけどさ」




「嘘……本当に?」




「うん」




遂に言った。日野ミクは少し嬉しそう……いや、どうだろうか。手を頬に当てながら、地面を見つめている。最初から少し赤みがかっていた頬は真っ赤と呼べるほどになっていた。白と赤のコントラストに、思わず見惚れてしまう。そうだ、彼女は俺の理想だ。俺が作り出した虚像と、外側が全て一致しているのだ。




「すごい……こんなことあるんだ」




少ししゃがみこみ、日野ミクは上目遣いで俺の方をじっと見つめている。いや、やっぱり彼女は嬉しそうだ。滲み出る笑みを押し殺そうと頬をつねりながら、「ええ……嘘、本当、いや……」とポツポツ独り言を溢している。そして、目が座っている。何だか恐ろしさのようなものを感じる。当然驚かれることは言った自覚はあるが、想定とだいぶ違うリアクションである。




「カオル様……やっぱり私たちは運命だったんですね……」




「……カオル?」




聞き覚えの無い名前を呟きながら、俺の方ににじり寄ってくる。どことなく恐怖を感じ、後ずさるのを辞められない。




「虚構が現実に……これは運命が導いた軌跡……」




「ちょっ……」




「中身は違えど見た目は同じ……ドッペルゲンガーとは違う。まさに愛が生み出した奇跡……」




後ずさりの限界に到達し、俺の背中は扉にべったりと密着した。俺の理想の少女から、強い力で手を握られている。これは喜ぶべきことだというのに、俺の本能が彼女を恐れている。




「あの、正直何を言ってるか……」




「カオル様……いや、ヒビキ様。私と一つになってください」




両手を手錠のように握られ、言われた一言。白と赤のコントラストに、数分前に抱いていた感想は浮かんでこなかった。




「ちょっ……ええ!?」




困惑と恐怖とともに、俺の物語は始まりを告げた。

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