第52話 手紙

『ねーちゃんへ

 萌が小5のとき、お姉ちゃんになってくれて、ありがと

 ずっと、お姉ちゃんがほしかったから、すごくうれしかった!

 ねーちゃんの妹になれて、ホントによかった

 一生分の幸せ、もらったよ


 先に異世界に行くの、ごめんね

 コンルさんが連れてってくれるっていうし、大丈夫


 行ってきます☆


 P.S.ようやく萌が、ねーちゃんを守れて嬉しいです♡』



「ふざけんな………ふざけんなー!!!!」


 華は今、走っている。

 吐きそうになるのも堪え、走り続けていた──




 ゾンビを倒しつくし、急いで家に向かった華だったが、辺りは静かに変わりがない。

 飛び込んだ玄関に、祖父が俯いて立っている。


「華、これを……」


 コピー用紙には、少しでも丁寧に、それでも走り書きの萌の文字だ。

 すぐに目を通した華だが、


「萌に、なに見せた。なにを、見せたっ!」


 掴みかかる華に祖父は俯いたまま、タブレットを見せる。

 それは壁画の写真だった。


 業火のような赤黒い炎の中に、5匹の猫と一緒に立つ白い人がいる。その人は耳に手をあて、猫の声を聞く動作をしているようだ。

 次をめくると、たくさんの豪華な供物と共に、白い人が渦へと入っていく様子が描かれていた。

 最後の写真では、業火は消え、太陽に溢れる大地が大きく大きく広がっている────


 華はタブレットを玄関に叩きつけた。

 画面が割れるが、関係ない。


「……よく、こんなの……生贄の絵じゃねーか!」


 華は玄関を飛び出した。

 全速力で走っても、10分はかかるかもしれない。

 いや、変身している今なら、まだ!!!


 足がもつれて転んでも、華は走り続けた。

 必死に走った。

 途中でゾンビがいても、蹴り倒して進んだ。


 畑が広がる場所だ。

 すぐに渦が見える。

 コンルと萌、そして、慧弥の姿もある。


 叫ぶ声すら出ない。

 酸素が足りない。

 それでも、走る。走る。走る!!!!


 ふわりと萌の体が浮いた。

 コンルに抱えられ、少し楽しそうにも見えてくる。


「……萌!!」


 なんとか華は叫んだ。

 叫べた。

 2人の動きがぴたりと止まった。


 萌が、笑っている。


 もつれる足で進もうとする華の肩を、慧弥が支えた。

 いや、進まないように止めている。

 慧弥の腕すら振り払えない華は、渦に呑まれる2人を見るしかできない。


「……ねーちゃん、行ってきます!」


 手を上げて、灰色のシャボン玉に包まれていく。

 コンルは華に振り返りもしなかった。

 何も言わなかった。



 握りしめた萌の手紙の下に、拙い文字が揺れる。


『ハナ アイシテマス アリガトウ  コンル』

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雨のち、ときどき、ゾゾ・ゾンビ yolu(ヨル) @yolu

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