第50話 続・ゾンビの源泉を封鎖せよ!

 計画通りに氷の壁を作った頃には、とっぷりと辺りは暗くなっていた。

 夕日が完全に沈んだ途端、地面が波を打つ。

 アスファルトの地面すらものともせず、ゾンビがのっそりと起き上がる。


「おー……想定内にゾンビが集まってるー」


 華たちは少し離れた公園のガゼボの屋根で観戦だ。

 小高い丘の上にあるため、噴水のあるあたりは見下ろせるのだ。

 ただ街灯の明かりを頼りにしているため、正確さには欠けると思う。


 それでも放射線状に描いた壁を伝い、ゾンビが移動していくのは見える。

 その壁の中央は昨日ゾンビが大量に溢れた場所だ。

 レンガ畳になっていた床だが、昨日のゾンビのせいで、土しか見えないが、今はゾンビしか見えない。


「結構、わきましたね。どうします?」

「1回燃やす? もうちょっと待つ? あー、慧、状況」

『はいはい。……空間が7割埋まったね。1回、消したら?』


 空の飛べない華は、コンルに真上まで連れてきてもらうと、


「よし、落として」

「いってらっしゃい、ハナ」


 落下の途中で炎を出し、足場を燃やし、さらに炎を大きく広げることで、細くみっちり詰まったゾンビも燃やすという、ゴリ押し作戦だ。


「……よし! コンル、迎え頼むー」


 再び、ガゼボへと戻り、集まったら燃やすこと、3回。

 花びらの枚数を見て、あと2回が限界だが、もう手でも切れるほどの数となっていた。


『一旦、様子見にするか。俺、堀内さんに連絡いれるわ。席外すからなー』


 華とコンルはすっかり晴れた夜空の下、ゾンビの鳴き声を聞きつつ、小休憩だ。


「お茶でも持ってくればよかったな」

「ちょっと肌寒いですしね」

「コンル、寒くね?」

「ハナの方こそ」


 お互いの格好に改めて笑いながら、ふと、華は言う。


「ありがとね、コンル。村のために」

「いえ、そんなことは」


 冷えた空気に、しんと静まる音がする。


「ハナ、聞いてもいいです?」

「いいけど?」


 月明かりが今日は明るい。

 コンルの肌がより白く見える。


「僕が腐ったら、どうしますか?」

「腐る? なにそれ」

「僕が、ゾンビになったら、どうしますか」


 コンルは言いながら、ブーツをめくる。

 引き締まったふくらはぎだが、手のひらほどがブス色に染まっている。

 そして、赤黒く滲んだ線がある。


「……引っかき、傷……」


 コンルは恥ずかしそうに笑った。


「ヘマ、しました」

「それ、向こう帰れば治るんだろ? もう、帰った方がいいって!」


 立ち上がった華の手を握る。

 座って欲しいと、優しく引いた。


「でも、今僕がここからいなくなれば、みんな……ハナが、死にます」

「そんなのより、あんたを大事にしなよっ」


 思わず怒鳴った華の声が、3体のゾンビを呼んでしまう。

 コンルが氷の粒で脳天を撃ち抜いた。


「僕たち勇者や属性持ちは、魂が腐りやすいんです」

「なに、急に」

「僕たちの世界には『死』の概念はありません。すぐ、生まれ変わるからです。ちなみに、僕は7回目です」


 コンルはそういうと、右の肩を見せてきた。

 BCGのあとのように、半透明の小さな石が7つ、はめ込まれている。


「僕は今回、氷の属性を持って生まれました。父も同じ氷の属性持ちで勇者でした。もちろん父は腐りました」

「腐ったって……」

「キーパーに、なるんです」

「キーパー……?」

「僕たち勇者は、過去の勇者の成れの果てを片付け、そして自身もキーパーになって……を繰り返しているんです。理由はわかりませんけど」


 コンルは小さく息を吐く。

 深呼吸にも満たない呼吸だが、気持ちを整えるには十分だったようだ。


「昨日からずっと考えてて。腐るのは変わらないなって……。なら、ハナに切られた方が辛いのか、腐ったままハナのそばにいる方が辛いのか……。そう想像したとき、切られた方が、すごく辛かった。ゾンビになって悪夢を見ようと、肉体が悲鳴をあげようと、そこに意識がなくても、ハナと離れる方が、辛かった……」


 はぁ。コンルの息がほんの少し、白く濁る。

 もう、秋も終わりかけている。


「だから、僕が腐ったら、ハナの彼氏に、してください」


 コンルは華の手を握り、言った。

 アイスブルーの瞳は月光に揺れ、銀色に光る。

 揺れたツインテールは可愛いのに、胸元のリボンも可愛らしいのに、コンルの表情は真剣で、そして、愛しむ視線が華を包む。


 華は、コンルのブローチに額を当てた。


「あたしは、あんたがゾンビになることを許さない。絶対に。最後まで諦めない」

「……でも、腐ったら……お願いします……」

「……なら、あたしが16歳になってもゾンビの彼氏できてなかったら、彼氏にしてやるよ……」


 慧弥はボイスがオフなのを確認して、ため息と一緒に吐き出した。


「25歳までお互い結婚してなかったら、みたいなノリ、やめろよな、マジ……」


 突然のスマホの着信に、慧弥はイスから転がりそうになる。

 デスクにしがみつきながら、スマホを見ると、堀内じゃない。滝本の文字だ。


「はい、もしも………え、はい!?」


 慧弥は何度かボイスのオンオフを繰り返したと思う。

 ようやくオンにし、叫んだ。


『米軍が、千歳からこっちに向かってる! 1時間もかからないって!』


 慧弥の叫びに、華は立ち上がる。


「どういうことだよ!」

『混乱に乗じてってやつだろ、きっと……ちょ、待って……ヤバ!』

「なんなんだよ、もう!」

『橋に、めっちゃゾンビいる!』


 華はガゼボの上に立つと、深呼吸を3回繰り返す。


「……婆ちゃん、力、貸してね……」


 華は太ももを強く叩き、コンルを見る。


「僕はいつでも大丈夫です」

「じゃ、移動開始!」


 抱きつくようにコンルの首に腕をかければ、コンルは即座に横抱きにし、舞い上がる。


「わたしが橋の相手をする。コンルは、自宅に戻って、壁画の洞窟、あそこへみんなで逃げろ」

「でも、それではハナが」

「橋から洞窟、めっちゃ近いからな。それに、コンル、氷、使いすぎてるだろ」

「いえ、まだ大丈夫です」

「いや、いざとなったら、洞窟の穴を閉じるのに使って。あたしは、燃やすしかできないから」

「わかりました……」


 自宅の真上を通り過ぎたところで、もうゾンビが蠢いている。

 それを通り過ぎ、数少ない自衛隊員の前へと華は飛び降りた。


「コンル、頼んだぞー」


 手を上げ、飛び立ったコンルから視線を落とせば、わぁぁわぁぁと迫るゾンビたち。

 正面から、腕をぶんぶん振り回してゆっくりと迫る様は、少し滑稽にも見える。


「ここのゾンビを燃やしたら、村に残っている人たちを避難させてください」


 華は言うや否や、足を踏み込んだ。

 炎と共に振り抜いた刀は、押し寄せた半数のゾンビを燃やしてしまう。


「もいっちょ!」


 景気良く、燃やして斬り進める華だったが、事は大きく動いていた。

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