第49話 ゾンビの源泉を封鎖せよ!
──現在、15時。
もう、薄暗い時刻だ。これから段々と昼が短くなるのだから、当たり前だ。
今日の夕日はサーモンピンクに雲を染めている。
薄く割けた雲の切れ間から注がれる陽の色に、華はほっとひと息つく。
『……
自衛隊からの音声だ。
聞こえるように慧弥が調整してくれたらしい。
『華、コンルさん、準備はいいです?』
「もち」
「大丈夫です」
『じゃ、極秘任務、開始ってことで……』────
堀内が話だしたことは、とても興味深いものだった。
あのコンルと出会った噴水公園が、ゾンビの
「俺、あの辺りを巡回担当してて、あそこからボッコボッコ出てきてました。あそこ、ちょうど児童館の方に垣根が伸びているので、それに沿って流れていった感じです」
「あそこから流れてきたんだって、ゾンビ。……すげぇ……」
湧き出るゾンビを想像して楽しそうに笑う華に、慧弥は肘をついていさめるが、あまり効果がないようだ。
パソコン画面をテレビに映しながら、地図に手書きで→を書き足すと、堀内を見る。
「……えっと、こっちに流れていったって感じ……ですよね。よく、逃げられましたね」
「俺、運がよかったんです。仲間は、ダメ、でした……」
俯いた堀内にかける言葉が出てこない。
だが、それでも質問は続けなければならない。
慧弥は一つ一つ、確認を重ねていく。
「あの、その前線がやられた時間って、いつ頃だったんです? 19時ごろまでは、問題なかったと思ったんですけど」
この質問には、滝本が口を開いた。一度、腕時計を見る。
あの時間に何があったのか。それをイメージするためのもののようにも見える。
「昨日、ファンタジアたちが児童館のゾンビを掃討してくれて、私たちの気が抜けていたんだと思います。……その1時間後ぐらいに、子ゾンってネットでは書かれてる、頭から手足が生えたようなゾンビ、いますよね? あれが、集団でおそ」
不意に震える音がする。スマホの音だ。
それぞれにポケットを探るが、震えていたのは滝本のスマホだった。
彼は通話を押すことなく、電源を消してしまう。
「え……、あの、それ、連絡手段じゃないんですか、スマホ」
滝本は小さく頭を下げる。
「ここに来たのは、私の独断で……。もう、私たちには、武器も、隊員も、何もない、ので……」
言葉に詰まる滝本にかまうことなく、華はパソコンをいじろうと手を伸ばしてくる。
パチンと弾き、慧弥は睨んだ。
「触んなって! お前、空気読めよ!」
「今さー、公園の監視カメラ見れる?」
「はぁ? 見れるけど」
映し出された噴水公園には、ゾンビ化した人間が複数いる。
自衛隊員はもちろん、警察官や村人もいるではないか。
「これって近づくと暴れるわけ?」
「暴れるんだな、これが」
ドローンを使い、徘徊するゾンビに近づいた。
すぐに音に気付いてか、腕を前に突きだし、空気を引っかきながら近づいてくる。
まだ走って追いかけはしないので、ワールド・ウォーZのように、壁によじ登ったりなどはなさそうだ。
「つか、むしろさ、風邪とか引いてたら襲ってこないとかなんか、ないの?」
「華、試してこいよ」
「バカだから風邪ひいてないし。慧なら、風邪引くんじゃね? 外で寝れよ」
「本当、お前、バカだな」
くだらないやりとりのなか、萌は熱いお茶を入れなおした。
「バカな姉ですみません。慧くんと姉は幼馴染もあって、こんな感じで……」
滝本はお茶を受け取りつつ、小さく笑った。
「いえ。仲がいいのは、いいですよね」
「「仲は良くない!」」
2人の声がそろうなか、コンルは堀内にゾンビの様子を確認していく。
「ホリウチさん、大きなゾンビとか見ませんでしたか?」
「いえ。大きなゾンビはいませんでした。……いなかったと思います」
自信がなくなった言葉に、コンルは覗き込む。
「何か、見たんですか……?」
「着物を着た女性が、いた、気がしたんです。けど、画面にそんなゾンビもいらっしゃらないですし、勘違いかなって」
唐突に、叫び声が上がる。
華だ。
「ちょ、見て!」
差し出したスマホの画面は残像のように流れているが、華の足元に伸びる手がある。
その袖は、着物だ。
「なに、この写真……?」
ふと、ゾンビを撮っていないかと興味本位で見返した華だが、想像していない写真に驚いている。
慧弥が写真の日付を見て言った。
「これ、コンルさんに会った日じゃん。なんか撮ったんじゃねーの?」
「あの日? あの日は、トイレだよ、逃げた公衆トイレ」
「じゃ、キクコさんかな?」
萌の声に、華は頷きかけるが、服が着物だ。
「……かなぁ。そうなのかなぁ。消えるとき、セーラー服だったけどな。そうか」
キモいから消すわ。言いつつ、速攻でデータを削除した華は画面に出た地図に指をなぞる。
「この噴水公園を、ぐるっと先に氷で囲んだら、ゾンビ、詰みになんねーかなぁ。固まってれば、あたしもドッカーンってやりやすいし」
「それであれば、こう、四角く、マス状に氷で囲ってみては?」
「なんで? 大きい方が楽じゃん」
画面をぐるりと指で描いた華に、コンルが噴水公園を中心に、碁盤の目のように線を書いてみせる。
「こう、わきだす範囲が広い場合、囲わなかったところからゾンビがもれます。大きなところから攻めていくにしても、もれたゾンビは広がっていきますから、少しでもその場に留まるように、区画をいくつか作っておくんです」
その作戦に堀内が食いついた。
慧弥のパソコンを借り、指で線を描いていく。
「ここをこう、分けたとき、ここと、ここが多かったので……こう、壁を作っていくと、まとまって倒しやすいかも……」
放射線状に壁があり、中央にゾンビが集まる図になっている。
さらに漏れがないように、道路にも壁を置く図だ。
「これなら、燃やすの楽ちんじゃん! さすが!!!」
──実行の時間は15時と決め、滝本と堀内は指揮所へと戻ることになった。
だが、まだ顔の曇りは晴れていない。彼らにはやるべきことが残っているようだ。
2人の美しい敬礼を見て、華はこぼす。
「……あんなに真剣に守ってくれてるんだな……。あたしもがんばんなきゃな……」
「ハナならできます」
「がんばろ、コンル」
「はい!」
極秘できた2人を見送り、家へと戻った華とコンルは、改めて慧弥から説明を受けつつ、地図の確認を進める。
昼ごはんはカップ麺ですませ、15時に活動開始とするが、少し時間が余ってしまった。
「コンルさん、ゲームしません?」
「ゲーム? どんなものですか?」
「この画面見ながら、操作するゲーム」
「やりますっ」
サーブシスターズというボールをぶつけ合うゲームを始めた2人だが、コンルのコントローラー捌きはなかなかに筋がいい。体も動いているが。
その横で、華はぼーーーーっとランドンを撫でて過ごしていた。
妙に昨日の疲れがでてきたようだ。もう、目が点になっている。
萌はスマホをいじっていたのだが、急に顔を上げた。
「お母さんがね、みんな元気? って」
「元気元気って返しておいて……」
「だめだって。ほら、元気だよって写真送ろう?」
萌の声かけで、ゲームは中断。華は目を無理やり開き、ぎゅっと集まる。
ランドンが暴れたり、チャトランが乱入したり、キヌ子が飛んできたりと、13枚は撮ったと思うが、まともに撮れたのは1枚だ。
「なんでねーちゃん、こんなにブレるの?」
「しらん」
萌は器用にそれを加工し、母に送ったようだ。すぐに華のスマホも震える。
華がその写真を見て笑っていると、萌がこぼす。
「母さんも、心配なのかな……」
「だいじょーぶ。ねーちゃんが萌のこと、絶対守るから」
「……うん」
14時50分。
華とコンルは再び2階から変身し、庭へと着地を決めた。
すぐに家の周りにバリケードを作ったとき、「おーい」と声が聞こえる。
「はなー、おーい! いれてくれー」
「……爺ちゃん?」
コンルが飛び上がり、氷の壁の向こうでウロウロしていた祖父を回収。抱えて連れてきてくれたが、相変わらずの泥まみれだ。
「華、聞け! 次の壁画が見つかったんじゃ! で」
話を始めようとする祖父に、華はぴしゃりと言い切った。
「ごめん、爺ちゃん、聞く時間ない」
「なぜじゃ! 大発見じゃぞ!?」
「マジ、時間ない。これからゾンビがめっちゃ出てくるから、それ、退治してくる。これ失敗したら、村、消滅すっからさ。いくぞ、コンル」
「はい。行ってきます」
すぐにコンルが華を抱き上げ、飛び上がった。
目指す場所は、噴水公園だ。
「じゃ、萌、俺、部屋に戻ってサポート入るわ。なんかあったらスマホに連絡くれな」
「わかったよ。ほら、爺ちゃんも家に入って、ゾンビ出るまでに、お風呂とか入っちゃって」
世紀の発見を発表できないもどかしさもあってか、もごもごとするものの、萌の声に従って、家のなかへと入っていく。
──現在、15時だ。
『……
『華、コンルさん、準備はいいです?』
「もち」
「大丈夫です」
『じゃ、極秘任務、開始ってことで……』────
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