クレール姉妹の再会(第三章番外・後日譚)


 クレール家の姉メアリーは二十六歳、妹のエレーナは、十五歳になった。


 緑の魔境、惑星ヴィクトリアからエレーナが姿を消したのは、一月十二日だった。それから四十二日後の二月二十三日に、船は再びヴィクトリアの宙域へと戻った。


 今回はガーディアンの警報が発報することはないはずだが、念のために船はステルス状態を維持している。


 現在、ドネル師の湖畔の家に暮らすのは、三組のカップルだった。

 マークとジョディ、ヒョンスとシム、そして筆頭の弟子だったアランが出た後に居ついたメアリーと、家主のドネルである。


 だがその事実を、レストラン船『オンタリオ』の乗員六名は、まだ知らない。



「おい、本当に、大丈夫だろうな。まさか湖に宇宙船が落ちて来たりしないよな!」


 一階の客室に集合した六人は、遠くに緑の魔境、惑星ヴィクトリアを望んで感慨深げだ。

 だが転移直前になって、ジュリオがぐずり始めた。


「もう、ジュリオは心配性だな。オレたちガーディアンになったから、ゴーレムに襲われることもないし、大丈夫だろ?」


「うん。たぶん……」


「なんだよコリン。その自信のない返事は?」

「だって、ジュリオが変なフラグを立てるから……」


「なんかあったら、俺のせいだと言いたいのか?」

「それはあり得るわね。黙っていればよかったのに!」


「シル、お前まで言うのか?」

「大丈夫だよー。あそこには師匠もいるし、何とかなるよ~」


「こら、ニア。お前が何かしでかすんじゃないかと、それが一番心配だぞ」

「あ、ジュリオがまた人のせいにしようとしてる~」


「……もう嫌だ! 行きたくねえぞ、俺は」

「まあまあ、僕らで何とかするから、安心してよ」


「くそ。コリンまで、事件が起こる前提かよ……」

「じゃ、ジュリオは一人で留守番するか?」


「……行く」



 全員の準備ができると、コリンの転移魔法で六人は湖畔の家の前に姿を現した。


 近くにいたドネル師とメアリーが、驚きの声を上げる。

「うわっ。ど、どうしたっ!」


「エレーナ!」

 突然現れた人の中に妹の姿を見つけて、メアリーが立ち上がる。


「どうして姉さんが、ここにいるのだ?」


「何を言ってるの。あなたが行方不明だと聞いて、慌ててやって来たのに……」


「ああ、そうだ。いきなり、エレーナはどうしたの、と怒鳴られて大変だった」

 動揺するメアリーの肩を、ドネル師が横から支えた。


「むむっ、なんとなく、師匠と姉さんの距離が近いのだ」

「こんな時だけ、お前は鋭いな!」


「まさか、二人はできているのか?」


「エレーナ、その言い方はやめて!」


「ああっ、やっぱり姉さんは師匠の毒牙に落ちたのか……」


 エレーナとジュリオは少なからず衝撃を受けていたが、コリンとニアは生暖かい笑顔で頷いている。


 ドネルは話題を変えようと、必死で口を開いた。

「エレーナ、いい加減にしろ……。ところでお前ら、ステーションでアランと会わなかったのか?」


 アランどころか、この場には弟子が誰もいない。


「いや、ステーションは通らないで、僕の転移魔法で船から直接ここへ降りて来たから……」


「て、転移魔法だと?」


「ああっ、コリンが言っちゃった……」

 ニアが大袈裟に両手で顔を覆う。


「それって不法入国じゃないの?」

 さすが、メアリーの視点はどこかズレている。


「コリンは相変わらず無茶苦茶だな……」

 ドネルも慣れたのか、立ち直りが早かった。


「すぐに帰るから、きっと大丈夫よ。メアリー先生は腹黒のくせに、生真面目だねぇ」


「よ、余計なお世話よ! だいたい、あんたたちの行動が常軌を逸しているの!」


「アランは、ここにいないのか?」

 アランによく懐いていたエレーナは、心配そうに話を戻した。


「ああ。今はデイジーと一緒に、南米ステーションで働いている」


「なにっ、あの二人もくっついたのか! まったく、どいつもこいつもイチャイチャして……」

 心配して損したとばかりに、エレーナが吐き出すように言い地面を蹴った。


「へへっ、実は私も今じゃコリンの妻ですから!」

 ニアがコリンに引っ付く。


 シルビアも便乗して、ケンの腕を掴んだ。


「ニアは違うのだ!」

 コリンの腕にぶら下がったニアを、エレーナが無理やり引き離した。



「あの……俺たちもいるんだが……」

 ジュリオが遠慮がちに、コリンの袖を引っ張る。


「あ、ごめん。紹介するね。この三人は僕らの船の乗組員クルーだよ。エンジニアのジュリオとシルビアとケン。メアリー先生とは、テカポで会ってるよね」


「ほら、シルとメアリーは、腹黒同士の再会でしょ。ちょっとキャラが被ってるけど、仲良くしてね」


 ニアの言葉に、シルビアとメアリーが目を合わせて激高するが、それよりも重要なことがあった。


「あ、あんたたち三人とも、魔術師でもないのにどうやってここへ……」

 メアリーが、目を剥いて驚いている。


「ああ。それは僕とニアの結界魔法で保護しているから……」


「そんなことができるのか?」

 ドネルはまたも驚き、ポカンとした顔で口を大きく開く。


 さすがにコリンも、ブレスレットによる結界の効果だとは、言えない。


「まあ、僕とニアの近くにいれば大丈夫。それに、念のために医療用のナノマシンも使っているし」


「それなら、一刻も早く安全な家の中に入ろう」

「もうすぐ、マークたち四人も戻って来るわ」



 マークたちが戻り、全員揃って室内でランチの後、三人のクルーに初めてのヴィクトリアを案内しようと、湖畔の散策に出た。


 コリンとニアが一緒なら大丈夫ということで、のんびりと歩く。


 日差しや暑さには慣れている砂漠育ちの三人だが、湿度の高い南米大陸の気候は結界の保護がなければ厳しい。


 のんびりと散策しているうちに、夕食は『カラバ侯爵の城』へドネル師たちを招待しようということになった。


 何しろコリンの転移魔法で船まで行くというので、行く前から既に興奮して大騒ぎだった。


「行くのはいいが、本当に帰れるのか?」

「いや、こうしてコリンとニアたちが来ているんだから、大丈夫だろ」

「そりゃそうか……」

「しかしこの人数だぞ?」

「そうだな、本当に大丈夫なのか、コリン?」


 実は先日、一万人を転移させました、とは言えない。



 夕方になり、全員でレストラン船オンタリオへ転移した。


 転移先の場所は、店の一階だ。

 窓からは、遠く惑星ヴィクトリアを望む。


「本当に宇宙だよ~」

 初めて店にやって来た六人は、またまた大騒ぎだ。


 店の中はニアの魔改造で、壁と天井を中心に大量の緑に覆われている。


 その濃厚なマナに精霊魔術師たちが気付くと、再び感嘆の声を上げた。


 エギム救出作戦の前に行った偽装工作が、ここでも役に立っている。というか、既に偽装を超えた、超実用レベルのマナが生み出されていた。


 コリンとジュリオはすぐに厨房へ入り、パーティの支度を始める。



 さすがに店以外の場所へ気軽に案内はできないが、エレーナは自分の船室に、姉を連れて行った。


「何もない部屋ねぇ」

 メアリーは狭い部屋に入るなり、呟く。


「師匠の家に置いてあった私物は、今日やっと船に持って来られたのだ」


 この船に乗り、部屋でのんびりできた時間は少ない。生活感が感じられないのも、仕方のないことだ。


「あなた、これからどうする気なの?」

 二人で並んでベッドに腰を下ろすと、すぐにメアリーが切り出した。


「これからも、この船で旅を続けたいのだ。姉さんはヴィクトリアで暮らすのか?」


 メアリーは少し首を傾けてから、答えた。

「ええ。あなたやコリンたちを見ていて思ったの。私もまだまだ力不足だって。だから、ドネルと一緒にもっと勉強しなければね」


「姉さんは偉いのだ」


「そんなことない。でも、あなたは本当に、それでいいの?」


「コリンとニアは、師匠以上の大魔術師なのだ。私はずっとずっと、一緒にいたいのだ」


「確かにあの子たちの力は、私なんかには量れない」


「そうなのだ。とんでもないのだ」


 メアリーは少しためらった後、口に出す。

「二人には教会からの依頼で、テカポの危機を救ってもらった恩があるの」

「そんなことがあったのか……」


「ええ。でも教会も、一枚岩じゃないわ。これから先、何が起こるかわからない」


「ペリルネージュの予言は、コリンたちを守ることじゃないのか?」


「何のこと? 予言の真実は、一部の人しか知らないわ」


「だから姉さんも、教会から離れるのか?」

「いいえ。教会は、辞めないわ」


「私は、もう嫌なのだ」


「でも、ニアとコリンが心配なのよ。あなたもこのまま教会に残り、何かの時にはその立場を利用して、二人を守ってほしいな……」


「そうか……わかったのだ。でも、二人に守ってもらうのは、私たちの方なのだ」


「そうね。いつかきっと、また二人の力を借りる時が来るかもしれない。その時まで、あなたが二人の近くにいてくれれば、私も安心だわ」


「うん。この船はきっと、よく行方不明になると思うけど、心配無用なのだ。ヴィクトリアへも、時々寄るようにするのだ」


 メアリーは、小さなエレーナを抱きしめる。

「エレーナ。無理しないのよ」


「大丈夫。この船の仲間は、すごく頼りになるのだ」


「あのジュリオも?」

「意外にもジュリオは立派な大人で、いい奴だったのだ。師匠と別れたら、ジュリオのところへ来るといいのだ」


「それはムリ……」


「……うん」



 ジュリオの心配は杞憂に終わり、店での宴の後、コリンが六人を地上へ送って無事に戻って来た。


「ただいまー」


「ほら、何事もなく終わったわね」

 コリンの姿を見て、シルビアがジュリオの肩をポンと叩く。


「ああ、ほっとしたな」

 ジュリオは食器の後片付けの手を休めて、腰を伸ばす。


「みんな、あとは僕がやっておくから休んでいいよ。お疲れ様」


「ありがとう。私はシャワーを浴びてくるわねー」

 店の掃除を先に終えたシルビアが、出ていく。


「私は手伝うのだ」

「いいよ。エレーナも自分の荷物整理があるでしょ」


「そういえば、ニアはどこへ行ったのだ?」


 エレーナの言葉に、四人が顔を見合わせる。


 確かに、しばらくその姿を見た記憶がない。


「あれ、こっちにはいなかったぞ。コリンと一緒にヴィクトリアへ見送りに行ったんじゃなかったか?」


 ケンの言葉に、コリンが青ざめる。


「ヴィクトリアに置いて来ちゃったかな?」


「早く通信で聞いてみろ!」

「私がやるのだ……」



「…………いたのだ!」

「えっ?」


「師匠の家の食堂で、みんなと酒盛りをしていたのだ」


「あいつは、一人で戻れるのか?」

「無理らしいのだ」


「僕が迎えに行ってくるよ」


「ああ。片付けはオレたちに任せておけ」


「やっぱり、何かあったじゃないか!」

「本当に、ニアは何を考えているのだ!」

「たぶん、何も考えていないと思う」

「「「うん」」」



 コリンが再びヴィクトリアへ戻ると、すぐに顔を赤く染めたメアリーに掴まった。


「コリン。エレーナは魔法の天才だったから、ずっと年上の子や大人に交じって暮らしていたの。だから、あんたたちみたいな同年代の友達を作れなかったのよ。だからきっと、今はそれが嬉しくて仕方がないのよ……」


 そういう真面目な話は、もっと早くにしてほしかったと思うのだが、酔っ払い相手なので仕方がない。

「きっと、みんなに可愛がられたんだろうね」


「そうなの。教会では、小さいころに親元を離れて同世代の子供と一緒に暮らすわ。エレーナの場合は、先にいた私が親代わりに面倒を見たの。でも、それがほかの子と仲良くなる機会を奪い、余計に寂しい思いをさせてしまったのかもしれない」


 そういえば、他の家族はどうしているのだろう、とコリンは思う。


「だからコリン、あなたたちにエレーナをお願いするわ」


「うちの船には、あんまり教育上よろしくないメンツが揃ってるけど、いいの?」


「あの子ももう十五になったから、それは諦めるわ。あなたとニアの仲は知っているけど、エレーナもあなたが好きみたいよ。手を出すなら覚悟しておいてね!」


「覚悟って……」


「すぐに責任取れとは言わないけど、あの子を泣かしたらただじゃ置かないからね!」


「……メアリーさんはヴィクトリアで暮らすんですか?」


「さあ、それはわからないわね。でも、これからもドネルと一緒にいることは確かよ」


「よかったですね」

「そうね。これもあなたたちのおかげかしら」


「そうですよ。もっと僕らに感謝してください」


 そう言って、コリンは食卓に並んだニアの飲み物を、自分の収納庫から出した光る酒とすり替えた。


 ニアもそれに気付いて喜んでいる。

 光る酒に気付く者は、二人の他にはいない。

 こうして二人は、いつも密かに特別な光る酒を飲み続けてきたのだ。


「あれ、そうだっけ?」


「うん。僕らが酒ばかり飲んでる場面を、よい子が真似するとイケナイので……」

「でも、そんなのもう今更じゃない?」


「何を言ってるんだ、ニア。今までだって、ずっとそうだったじゃないか!」

「そうだっけ?」


「大丈夫、後で気付かれないように手直ししておくから」

「ケンとシルは?」


「二人は基本ノンアルコール、時々ちょぴりお酒だよ」

「そうだったのかぁ」


「うまくやるから、見逃して」

「大丈夫かな?」


「問題ないよ。はい、ほら、更新完了」

「あ、これは明らかに過去の改変なのだ!」


「ゴーレムは……現れないネ」


 それから三十分ほどして、やっとコリンがニアを連れて戻って来た。


 心配したシルビアも集まり、四人が待ち受ける店の一階に転移したニアは、ご機嫌だった。


「皆さん、お迎えありがとう。ただいま帰還いたしました!」

 片手を上げて登場したニアには、当然のことながら容赦のない罵声が浴びせられた。


「このバカ猫っ。何してんのよ!」


 とりわけ辛辣なシルビアの声に、ニアが反応する。

「わたしはBKだけど、ネコじゃありませーン……あれっ、違うか。わたしはネコだけど,BKじゃありませーン。あれれ、デモわたしはもうネコじゃないし、どっちだ? わーん、コリーン。どれが正解?」


「だからバカ猫なのよ!」


「わーん。もうどっちでもいいよ~」

 ニアはそう言ってコリンに抱きつき、すべてをうやむやにするのだった。




  

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旅する酒場の魔法使い 第一部 アカホシマルオ @yurinchi

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