ペルリネージュ (第三章 終)


「よし、さっさとやっちまおうぜ」


 ケンが気軽に一歩踏み出そうとするのを、ジュリオが止める。


「止せ、全員そこから動くな! こういうのは、処理しようと人が近寄ると爆発するようにできている」


「そういうことは、もっと早く言えよ」


「じゃ、コリン。早く、爆弾だけどこかへ転移させてよ」


「転移ゲート装置と違って、僕とニアの魔法だと、自分も一緒に転移しないと……」

 今度ばかりは、コリンも歯切れが悪い。


「そもそも、ここにあること自体が謎の物体だからな。妙な刺激を与えれば、今すぐ起爆しても不思議はない。ここへ吹っ飛ばされて来た時点で、すぐに爆発していてもおかしくない代物だ……」


「オレたち、これ以上動けないってこと?」


「そうなるな」


「じゃ僕が爆弾ごと砂漠に転移して、すぐに戻って来るよ」

「ダメ、コリン。行くならわたしも一緒」


「私もなのだ!」

「違うだろ。行くときは、全員一緒だ」

「「「「当然!」」」」


「コリン急げ、時間がないかも」


「ああ……変なランプが点灯した!」


「こりゃ確実に、起爆装置が生きてるわね」


「カウントダウンが始まったの?」


「じゃ、全員で遠くの砂漠に転移して、そこから短距離転移で爆弾から逃げよう」


「行くよっ、転移!」



 コリンは全員を連れて、爆弾と共に砂漠へ転移した。容赦ない日差しが照り付け、焼けるような乾いた空気に包まれる。


 そこは、よりによって隠れる場所もない砂の平原で、既に爆発が起きたかのような、苛烈な熱気の中だった。


「ゲッ、平らで隠れる場所もないっ」


「すぐ転移を……」


「…あ、ランプの色が変わっ…」


「短距離転移じゃ逃げ切れないよう……」


「やばっ……」

「……終わっ……」

「…………爆発す……」

「詰んだ……」



 眩い光が、視界を覆い尽くした。


 そして光が消え失せ、景色が暗転する。



「どこだ、ここは?」

「みんな、いる?」

「いるのだ」


「1.2.3………….6と。……全員いるわね」


「目がチカチカして…、よく見えんが……生き残ったのか……」


「ほら、オレたちは運がいいんだよ」


「だから、運のいい奴の目の前で、爆弾は破裂しねぇ!」


「薄暗いこの雰囲気……なんだか見たような場所ね」


「ここは、ヴォルトだよ」


「ヴォルト?」


「ヴォルトへ転移したのか」


「僕の転移魔法は、爆発に間に合わなかった……」


「じゃ、どうやって?」

「たぶん、自動収納が働いたんだろう」


「コリンの収納魔法か?」

「そうか、コリン。できたんだな!」


「できたというか、多分、これがガーディアンの言っていた報酬じゃないかなぁ」


「報酬?」

「そう。ケンと僕の悩みを解決してくれるって言ってたよね」


「うそっ、これが報酬なの?」

「じゃぁ……私の恋はどうなるの?」

「わたしたちの、だよっ!」


「なんだって?」


「ケンとコリンの悩みは、これで解決しちゃったの?」


「うん、たぶん。僕の収納とヴォルトを連結すること……」


「そうやって、ヴォルトの持つ物資の補充と簡易な製造能力を、コリンの収納魔法へ取り込むのが狙いさ!」


「ケンができるって言うんだけど、僕は冗談だと思って本気にしていなかった」


「やっぱり、できたんだ……」

「これは、できたって言うのかな?」


「てことは、なに? このデカいカボチャの隣に新たに収納されたジュリオも、食い終わればすぐに補充されるってことでいいわよね」


「「「「当然!」」」」


「……でもホントかどうか、試しに一度食ってみないと……」


「そりゃそうね。不味そうだけど……」


「半分残したらどうなる?」


「残さず食べるのが、密林ジャングルの掟なのだ」


「コラ、ヤメロ!」


「あのさ、それなら爆発する前にコリンが爆弾を収納すればよかったんじゃ……」


「あ」



「で、結局エレーナの言ってたのは何だったんだ?」


「ペルリネージュなのだ」

「だから、それは何だ?」


「教会の最高機密、ペルリネージュの予言なのだ」


 教会は宗教的な色合いを消すために、神秘主義的な思想や行動が、意図的に排除されている。


 MT喪失後の人類が、根拠の怪しいデマや陰謀論、突飛な新宗教やニセ科学等から身を守り、理性的かつ合理的な暮らしを送るために、教会が必要とした新しい価値観であり、方針なのだろう。


 魔法にも直接人を害する毒や呪い、人心を操る術、未来予知や予言のような能力は、禁忌として扱われてきた。


 精霊魔術の精霊は、人格を持たない生命の源たる力であり、マナを現す言葉だ。


 しかし、一つだけその由来も意味も不明な、ペルリネージュと呼ばれる古い予言があることだけは知られている。だが、その内容について語る者は誰もいない。


「だから、その内容を教えてくれ」


「ジュリオ、頭は大丈夫なのか。教会の最高機密なのだ。私が知っているわけがないのだ。そんなの子供でもわかるのだ。BKでもわかるのだ……」


「おい、BKって……いや、言わなくても意味はだいたい通じるけどよ」


「でも、天才少女には、何かわかったんだろ?」


「そ、そうなのだ。この事件との関わりが、私のような天才には少し想像できるのだ」

「で、どんな関係なんだ?」


「ペルリネージュ(PerrLineage)。これはきっと、ペリーの血統(Perry's lineage)のことなのだ。将来コリンが船団を再稼働して、ガーディアンとして銀河を守る。そのために、教会はペリー家の血統を密かに守護して来たのだ」


「本当か?」


「もしかしたら、これからも守ってくれるかもしれないのだ」


「つまり今後もコリンの血筋が船団を率いて、ガーディアンとして銀河を守ると……」


「それはちょっと、出来過ぎじゃないかなぁ」


「エレーナの妄想臭が、プンプンするな……」


「でも、そのために、この船団だけが例外的に残されたのだ」


「わたしに、そんな大きな期待をされてもねぇ……」

「ペリー家の血筋なのだ。ニアは少しも期待されていないのだ」


「わたしは、ペリー姓を名乗らなかったの。だってそれじゃ、コリンと姉弟になってしまうからね……でも、すぐにコリンと結婚して、ペリーを名乗るの!」


「それは単なる、ペットと飼い主なのだ!」


「いやぁ、そろそろペリー姓にしてもいいかな。だってわたしは、コリンの妻ですから!」


「それは全然違うのだ!」


「おまえら、うるさいから、どこか他所よそでやれ!」



「いいから、早く帰ろうぜ」


「そうだ。このヴォルトを出れば、オンタリオ船内だろ」


「あのね、エギムにクロウラーを置きっ放しなのよ!」


「じゃ、わたしが転移して、回収して来るよ」


「ニアひとりで大丈夫か?」

「平気、平気」


「おう。じゃ、頼むぜ」

「じゃ、僕はご飯を作って待ってるよ」


「ねえ、コリン。わたし、リズが作った牛肉の赤ワイン煮込みが食べたいな」


「じゃ、今日は〈エルダーフラワー〉の味を色々と再現してみるね」


「うん、楽しみ。行って来まーす」

 ニアは、ヴォルトの扉を開けっ放しで飛び出て行った。


「行っちまった。何だかあいつ、少し大人になったよな」


「そうねぇ」

「でも、頼りになるのか、ならないのか……」


「おい、コリン。俺は一途過ぎるあいつに涙が出ちゃうよ…………いいからとにかく、婚約くらいしてやれ。おじさん不憫で、とても見ていられないよ!」


 ジュリオは言いながら、涙をぬぐう。


「ジュリオに言われなくても、僕だってわかってるよ……」


「こら、おじさんは、余計なことを言ってはダメなのだ!」


「あああ、いいなー、ニアは……」

 シルビアは、ケンの顔を横から盗み見る。


「……」


 そこへ、もうニアが現れる。

「ただいまー……って、まだこんなところにいるの?」


「早いな、おいっ!」


「駐機所に入れておいたから、ジュリオはメンテをお願いね」

「おお、任せとけ」


「あとさ」

「なんだ?」


「そういう話は、無線を切ってからにした方がいいよ!」

「あ」


 まだ全員が、サンドスーツを着用したままだった。


「私たちの旅は、これからなのだ!」

「おい、のだっ子を黙らせろ!」



「あ、そうだ。リズに返信しなきゃ」

「別れの挨拶か?」


「それだけじゃないわ。地下の幽霊話への返事もあるけど、リズはあの船を自分の物にしていいのか、不安なの」


「ああ。そりゃシルには理解できねぇ、一般人の感覚だろうな」


「ジュリオは私に喧嘩売ってるのね。いいわよ、買ってあげる」


「いや、わかったから。リズには安心するように言ってくれ」


「言われなくても、そうするわよ。あと、あのトレジャーハンターには、あちこちでやらかした余罪が大量にあったの。フランクも、きっとすぐに逮捕されるわ」


「さすが。シルを敵にはしたくないねぇ」


「町のほうも、一、二年のうちに拡張工事を急いで進めて、『砂丘の底』が早く開店できるように手を打っておいたわ……」


「……どうやって!?」


「ヒ・ミ・ツ」


「アイオス。シルがメッセージを送信したら、これ以上悪さをしないうちに、三百年後の僕らの世界へ早く戻ろう!」


「承知しました、コリン様」


「あれ、コリン。ご飯の支度は?」






おまけ


「帰るに当たり、ひとつ提案があるんだけど」


「どうしたんだ、シル?」


「このデタラメな時間移動の中で、私たちは四十二日間を過ごしているの」


「ええっ、そんなに?」


「そうか。色々あったもんね」

「でも一度、戻ったよね?」

「一日だけね」


「あ、つまり体感時間に合わせて、ヴィクトリアを脱出した日から四十二日後へ戻るべきだと言いたいのかな?」


「そう。二月二十三日よ」


「いいんじゃね?」

「で、どこへ行く?」


「せっかくだから、ドネル師のところへみんな揃って行ってみたいのだ」


「慌てて出て行ったから、師匠にちゃんと挨拶したいよね」


「俺たちも行けるのか?」


「コリンとニアの転移で直接地上に降りて、オレの改造したブレスレットで結界を維持すれば、きっと大丈夫だろう」


「じゃ、みんなで湖畔の家の前に転移すればいいんだね」


「このまま、船を湖に降ろせばいいのだ」


「こら。おまえはBKか。大騒ぎになるぞ」


「エレーナは、ニアに似て来たねぇ」


「違うのだ。わたしが、エレーナに似てしまったのだ!」


「ニアのは口調だけね」


「じゃ、みんなで緑の魔境へ行こう!」



第三章 ペルリネージュ 終




・・・・・・・・・・・・・・・・

 今回で、ひとまず三章構成の物語は、完結となります。

 4か月の長い連載を、病気も隔離もなく続けられたのは幸運でした。

 心が折れなかったのは、ひとえに、皆様のおかげです。

 またどこかでお会いしましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る