最後の関門


「そろそろ、日付が変わる時間よね」

 シルビアが、何気なく呟いた。


 砂嵐というまでの激しさではないが、相変わらず吹き荒れる強風に、砂塵が舞っている。


「ああ、もうそんな時間か。早く帰って寝よう」

 ケンは、すっかり終わった気で緩んでいる。


「ねえ、このままクロウラーを東門に着けて」


「ああ、いいけど……どうした?」

 ハンドル操作をしていたケンは、シルビアに言われるまま進路を左に変える。


「全員、もう一度バイザーを下ろしてくれない?」


 シルビアの注文に、皆が黙って従う。何故かそうせざるを得ない、威圧感がある。


 クロウラーが門のすぐ前に止まると、町の中から一人の女性が走り出て来た。


 シルビアはバイザーを上げて、クロウラーの気密扉を開く。


「シルビア!」

「こっちよ、リズ!」

 砂塵と共に乗り込んできたのは、エリザベスだった。


「悪いわね、こんな夜中に呼び出して」

「いいけど、何があるの?」


「お願い、私と一緒に来て!」

 シルビアは自分の隣の席にリズを座らせると、運転手のケンに見えるように、行先を指で示した。


 シルビア以外の乗員はバイザーで顔を隠し、無言のまま動かない。

 リズは緊張し、少し怯えているのか、両手を固く握っていた。


 向かったのは、目の前に壁のように立ちふさがる、砂丘の頂上だ。

 そこは、ペリー家の酒場『砂丘の底』の入口となる場所だ。上なのか下なのか、ややこしい。


 砂丘の頂上は、更なる強風が吹き荒れていた。


 それに乗じて、コリンが車内から魔法で一帯の砂を大きく吹き飛ばし、船橋の三階建ての建物が、全て露出している。


 その船橋一階にある扉の前で、クロウラーは停止する。


 先に、コリンとニアが外に出て、閉じている店の扉の両脇へと分かれて、護衛の兵士のように直立する。


 次に、シルビアがリズの手を引いて外に出た。


 シルビアは、風に負けないような大声で、エリザベスに伝える。

「リズ。ここが、あなたの新しい店になるわ。さあ、ここに手を触れてみて」


 リズは言われるまま、扉の横に埋め込まれたプレートに手を当てた。


 その瞬間、周囲の時空が低く振動した。


 リズが手を当てたプレートは、見慣れた青い光を放つ。

 扉が、静かに横へと開いた。


「さあ、入って」

 シルビアに背中を押されて、リズが中へ足を踏み入れる。


 暗闇に、幾つかの光が灯っている。


 ここへ案内をした彼らは、その場所に船の制御パネルがあることを知っている。そしてこの瞬間、再び船団に命の光が灯ったことを。


「エリザベス・ペリー。あなたは普通の精霊魔術師じゃないわね」

 シルビアの声に、リズが息を呑む。

「どうして、それを……」


「リズの手から発するマナにより、あなたはこの店の正式な所有者として認証されました。あなた以外には誰も、この扉を自由に開くことはできない。さあ、ここを好きに使って。ここは、もうあなたの城よ」


 シルビアは目を丸くするリズに向けて両手を開いて、くるくると客席の間を回ってみせた。


 立ち尽くすリズと躍るシルビアの中間に滲み出るように、一体のメタルゴーレムが出現する。これは、コリンの作る幻覚ではなかった。


 ゴーレムは状況を確認するように、その場でモアイに似た顔をぐるりと見回すと、満足したのか、何も言わずにすぐ消えた。


「シルビア。今の、なに?」

 不安そうに、リズが歩み寄りシルビアの腕を掴む。


「大丈夫。この遺跡の守護者が、あなたを主と認めた証拠よ」


「その……守護者は、また来るの?」


「いいえ。もう会うことはないでしょう。あなたは遠慮なく、この店を使って下さい」


 リズは「HELLO」と表示された青いパネルを見て、少しだけ笑った。



 その後シルビアが惑星のシステムに侵入し、『スペリオル』の遺跡認定を抹消した上に、存在そのものを根も葉もない噂話の一つとして、曖昧なものに上書きした。


 これで、『スペリオル』に関する情報は、歴史の闇に葬られるだろう。

 あとは、三百年の間に人々の記憶から消え去るのを待つのみだ。


 シルビアは、リズにフランクという名のトレジャーハンターの男がこの町に来ていることを告げる。


 だが、もうエリザベスの心の中からは、フランクへの憧憬が薄れていた。

「それは、もういいわ。今更、彼に会いたいとは思わない。私は自分の道を行くわ」


「それなら、よかった」


 その後リズは船内に居を構え、食堂の仕事を続けながら、開店準備を始めるだろう。

 そしてその店には、近いうちに幼馴染のバートがやって来る。


 しかし、それは彼らの任務外のこと。今回の任務は、これで無事完了であった。


「それにしても、ガーディアンはちらっと現れたけど、ご褒美も貰えないんだな」


「きっと、おうちに帰るまでが任務なんでしょ」


「じゃ、わたしがご褒美をあげよう」

 ニアがコリンの頬にキスをしてご褒美とするが、仲間からはいつもと何も変わらないと、相手にもされない。


 だが、シルビアはその隙を突いて、ケンの頬にそっと口をつける。これはケンの動揺を誘い、みんなの冷やかしと喝采を浴びた。


「エレーナは、余計なことを考えるなよ!」

 ジュリオから先に釘を刺されて、エレーナは不満顔だった。



 これでやっと終わりだと誰もが思っていた、翌朝遅くのこと。


「リズからメッセージが来てるわ」

 シルビアが、全員にそれを転送する。


【シルビア、昨夜は驚いた。私はこれから、どうすればいいの?

 それに、どうして私が教会へ行かなくなった理由を知っていたの?


 十歳の時に、気付いたの。私は時々、マナのない場所でも魔法が使えた。それで怖くなって、教会から、そして魔法から逃げた。それが、今になってあんなことになるなんて、怖いわ。


 それともう一つ、気付いたことがあるの。

 一昨日から、町の地下で幽霊を見たという噂が広がっているわ。

 そこは地下深くで避難シェルターを拡張中の場所。幽霊の出るのは、先に完成している部分らしい。


 今は、気味悪がって誰も近寄らないけど、話で聞いたその幽霊の姿が、昨夜見た銀色の守護者にとてもよく似ているの。それで、気になって……】



「これ、行くしかないよな」

「行ったら絶対にダメなヤツ!」

「でも、行かないとダメなヤツだよな」


「はあ。何もありませんように……」

「いや、絶対何かあるだろ!」

「こういうのはもう、いらないのだ!」


 一行は嫌々ながらも、慎重に魔法の結界に隠れてその場所へ向かった。



「なんだ、これは」


「ピッカピカの時限爆弾に見えるな」


「どうしてこんなものが?」


「これは治安部隊御用達、ドロブニー印の無駄に高性能な絶対時限爆弾よ」

 シルビアが、自信満々で解説した。


「なんでシルが、そんなことを知ってるんだ?」


「そりゃエギム崩壊の元凶となった爆弾くらい、綿密に調査済みよ」


「こんなもの、見たくないよぅ……」

 ニアが、両手で顔を覆う。


「ゴーレムは、これを伝えたかったのね」


「たぶん、コリンがここのシェルターを無理やりに転移させた魔法と、その直後に起きた連鎖的な大爆発……その余波で時空が歪み、次元の裂け目からこぼれた起爆前の爆弾がひとつ、ここまで飛ばされて来た……」


 ジュリオは顔を歪める。今から三百年後に爆発する予定の時限爆弾が何気なくこんな場所にある理由など、考えたくもないのだが。


「爆発しないの?」


「この時限爆弾は基幹システムの時計に従い、設定された絶対時刻に起爆するの」


「基幹システムって、町の保安システムだよね。じゃ、爆発するのは三百年後?」


「そうなるのかもしれないが、こんな物騒なものを三百年もここへ置いておくわけにはいかないだろ?」


「そうよ。こんなもの、いつ誤爆するかわからないわ」


「それって、今スグかもしれないぞぉ……」

 ケンの余計な一言は、シルビアが尻を蹴って黙らせた。


「とにかく、一連の因果律の乱れの元凶は、これかもな」


「いや逆に、色々とオレたちの無茶が招いた結果なのかもよ?」


「どちらにしても、因果率の乱れは常にコリンの一族を危険に陥れていたってことになるなぁ……」


「ああっ、思い出したのだ!」


「どうした?」

「そうなのだ。これがペルリネージュなのだ」


「なんじゃ、それは?」

「教会の、最大機密なのだ」


「おい、今はそんなことを言っている場合じゃないだろが」

「でも、これは一大事なのだ!」


「いやだからこそ、とにかく急いで処理しよう」

「は、早くそうするのだ!」


「エレーナ、急にどうしたんだ?」



  


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る