Insert ChapterⅣ:獅子落としの塔

 

 オブじいじの容体があまり良くならないので、マグは心配そうに見守っていました。意識が戻ったのは、五日経ってからのことでした。

 「ワシは……そうか、ずっと眠っていたのか」

 自分の置かれた状態と、ベッドから天井を仰いだ時に気が付きました。セシリアは慌てて意識を取り戻したことを、ベレンセに伝えに行きました。


 「目が覚めたようだね。僕は臨床心理学の研究をしている傍らで医療活動をしているベレンセと言う者だ。お連れの方があなたをここまで運んできたようだよ」

 少し思いを巡らすオブじいじ。そして、あの小悪党三人組が付かず離れずに介抱してくれたことに、少し驚きました。

 「かぁー、してやられたか!」

 「オブじいじ、だいじょうぶなの?」

 「それを今から話すよ。マグちゃん、クリスティナと遊んできなさい」

 それを聞いて顔が曇るマグ。自分が重い話の場面になると席を外すように促されることを感じ取っていたようだ。

 「むぅ!もっとおとなあつかいしてよね!オブじいじとずっといっしょにいたんだから!」

 オブじいじは目頭が熱くなったのか、目元を押さえました。そして言いました。

 「……分かっているよ。話してくれ。覚悟は出来てるから」

 スパイシーズの三人組が今、居ない中でベレンセは生唾を飲み込みながら言いました。

 「オブシディアンさん、あなたもご存じだと思いますが、あなたは『石化の呪い』に罹っています。このまま行けば、あと三ヶ月ほどで全身が真っ白の石に変わってしまうでしょう。皮膚から少しずつ白色の石片が落ちているのが分かりませんか?」

 「あぁ。血液を採取したら、そんなことだろうと思ったよ。ドラゴンの呪怨は強いからな」

 物憂げな表情で窓を見るオブじいじ。ある程度のことは覚悟できていたようです。

 「ワシは……昔に親友であるドラゴンを、この手で屠(ほふ)っているんだよ。彼が荒れ狂うのを見ていられなくてな。それがこの娘の父親なんじゃないかと信じている」

 「私も、カジメグお姉ちゃんから聞きましたけど……ドラゴンって死に方が悪いと悪霊に取りつかれて、ドラゴンゾンビになるって聞きました。しかし、そのことと何の関係が?」

 「『オレイカノコス』と言う全身が砂と岩石で出来た龍が、大昔にこの地に住んでいてな。ワシが若い頃に悪魔に魅入られて暴れまくっていたんじゃよ。ずっと酒飲み仲間だったんだが、もう理性も失ってしまってな。それで彼が最期の意思で急所をワシに差し出したから、一思いに殺してやったんじゃ……ああ、辛い。こんな話、マグに聞かせたくなかったんじゃが」

 マグはまだ幼かったのか、何のことかわからずにとぼけていました。セシリアとベレンセは唇を噛みながら俯いていました。「悪魔」の恐ろしさを彼らは良く知っていたからでもありました。

 「マグには悪いが、あと三ヶ月で亡くなったとしても……ワシは悔いがないよ」

 「オブじいじ!しんじゃいや!!」

 抱き合って泣きじゃくるマグとオブじいじ。ベレンセは深く考えながら、冷静にこの人を救えないかと思いを巡らせていました。すると席を外していたセシリアが慌てて、部屋に飛び込んできました。


 「方法が無いわけじゃないんです!諦めないで下さい!」

 「おいおい、本気で言っているのか?」

「ほんっとうに昔のことなんですが、私が小さい頃に『解呪の壮石(レギュ・セーム)』って石を作ったのを思い出したんです。材料は、古めの月桂樹と水晶(クリスタル)と聖水を錬成するんです。私の血筋にノームが混じっているから、あの時は出来たんですが……」

 ベレンセはそれを聞きながら付け足していった。

 「呪いの原因はいくつかあるが、解呪するだけではまた呪いの災禍が本人に戻ってしまう。オブシディアンさん、『解呪の壮石』を作るのはいいが、オレイカノコスの亡骸は、……今どこにいるんだ?」

 「ワシに、二度……アイツの命を奪えと言うのか?勘弁してくれ!」

 「泣き言を言うな!!生きろ!!アンタにはまだマグちゃんを、……マグを育てると言う使命があるじゃないか!!嫌われ者だろうが、たらい回しにされてこの医療機関にこれたのも、何かの導きだと私は思っているよ!今更何を言っても吐いて貰うぞ!アンタには生きて貰わないといけないんだから!」

 かつて弱虫で臆病者だったベレンセ。かつての姿からは想像も出来ない威圧感でオブじいじの襟を掴み、揺さぶりました。オブじいじが咳き込み始めたので、慌ててセシリアが引き離してオブじいじに水を飲ませました。

 「悪い。我を忘れて怒ってしまった」

 「いいんです。オブシディアンさん、あなたに生きて欲しいのは、私も同じだから」

 「オレイカノコスは……この温泉街から西の山脈を隔てた先に、『獅子落としの塔』と呼ばれるレンガと石英で出来た塔があるんじゃが、そこにワシが埋葬してあるよ。墓泥棒でも入れない堅固な塔でな」


 「……話は聞かせてもらったよ!」

 いつから聞き耳を立てていたのか分からないのですが、スパイシーズのリーダーであるオニキス姐さんがそこに立っていました。

 「どうせあれだろ?罠なんかちょちょいのちょいだぜ。百年だか、大昔の技術なんか俺らの機械でなんとかなるさ」

 カルサイトは工具を両手に持って言いました。

 「体力と、力だけのおれっちだけど……頑張る!」

 自信無さげにアンチモンが言ったので、二人が背中を叩きながら叱りました。

 「そこは任せとけって言えよ!」

 「アンタの為じゃないだからね!言っとくけど、一攫千金狙って……アタシ達が動きたいだけなんだから」

 「すまないのう」

 「それはそうと、マグ。アンタはどうするの?」

 「……」

 もじもじするマグに対して、オニキス姐さんは諭すように目を見て言いました。

 「怖いのも、痛いのも心配しないで。アタシが守ってやっから。それよりも『オレイカノコス』って龍が、アンタのお父さんか自分で見てきなさい。それと、オブじいじだっけ?じいちゃんが死んでしまう前に、アンタが何とかしてやんの。身体がガキンチョでもアタシは大人扱いするからね。アンタが『私を大人扱いしろ!』ってベレンセ言ってたの、そこで聞こえてたんだから」

 マグはグッと泣きたくなる気持ちを堪えて、じっとオニキス姐さんの目を見て言いました。

 「マグ、頑張る!」

 「よく言った!明後日には準備整えて山越えるからね。準備しなさいよ!……それと、ベレンセ。アンタはじいちゃんを殺さないように見守ってなさい!死なせたらただじゃ置かないわよ!」

 「姐さんこえー」

 「あ゛?!なんか言った?」

 「いやぁ、何でもないっす」

 冷や汗を掻くカルサイトを尻目に、忙しそうにベレンセとセシリアは本来の自分の業務に戻っていきました。そして、オブじいじはボソッと小声で囁くように言いました。


 「……無事に帰っておいで。マグ」

 ――そして二日後の山越えと塔の攻略に向けて着々と準備が進んでいくのでした。

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