Insert ChapterⅢ:巨山の砂塵龍


 ――悪党とのじゃれ合いで、家の中が煤だらけになったので、オブじいじは窓を拭きながら溜め息を吐きました。マグは泣き腫らした目で床を掃いていましたが、身長に合わないほうきを一生懸命に抱えていた為に、足取りはおぼつかない様子。

 「ったく、ただでさえおんぼろなのに、誰なんじゃ?土足で家に踏み込んできたかと思えば、何も取らずに出ていく始末。尻に火がついて逃げてったようじゃし……」

 「ま、またくるかなぁ?」

 「さぁな。出来れば来ないで欲しいわい。ワシも平穏な一日を汚して欲しくないんじゃ。……ま、ここには金目のものなんて、なーんにもないんじゃが!」

  オブじいじは、かかっと声を出しながら高笑い。そしてマグが開けたらしき壁の穴に「塗り壁ツムリ」と言う特殊な生物を這わせました。数時間もするとこのカタツムリが出した成分によって壁が綺麗に修復されるという、建築士もよく使う生物なのです。

 マグはそのカタツムリを見つめながら、オブじいじにしぶしぶ言葉を絞り出しました。


 「あのさ、オブじいじ……」

 「なんじゃ?マグ?」

 「これ、わんわんのてなんだけど、なおるかな?いたそう」

 オブじいじは、すっかり視力が衰えた眼で食い入るようにマグから手渡されたメカニックパーツを見ていました。肉球のしっかり付いた金属製の手。肘まであるグレーに黒光りを放つ機械製のパーツ。それは見るからにロボットアームの一部分。「コボルト」と呼ばれる一部の獣人種を模したような、精巧な作りで出来ていました。

「これは、ロボットじゃないか」

 「ろぼっと?」

 「あの小悪党どもが恐らく、悪知恵を働かせて作ったもんじゃな。安心せい。ワンコロはどこかで修理されて元気に暮らしとるわい。……お前さんが心配しなくとも、また連中が来そうな予感がひしひしと感じるんじゃがの」

 「そ、そうなんだ。またあのひとたち、きてくれるんだよね!」

「本音を言うなら来て欲しくないのだがなぁ。まぁ、喜んでいるならよしとするかの」

 表情が明るくなるマグ。オブじいじはマグの表情を見ながら諭すように言いました。

 「マグよ、おまいさんには分からないかも知れないが、この世界には解き明かされない秘密がたくさんあってな。おまいさんが大きくなって、この先どんな生き方をしていくのかワシには分からないが、自分の生まれたルーツを知って欲しいと秘かに思っているんじゃよ……」

 「よくわかんない」

 「まぁ、ワシがおまいさんに対して犯した罪の大きさを知れば、もう顔も見られないくらいに悲しくなると思って……恐ろしくて言えんがな……」

 

**

 その晩、オブじいじは羊皮紙にインクで手記を付けていました。薬師の仕事をしている傍ら、マグのことをずっと書き綴ってきたらしく、その分量は相当なものとなっていたことが伺えます。


 **

 ――私と「マグ」が出会って、早五年が経過した。当時は物珍しい小さな半獣の少女だったのだが、成長は早いものだと気づく。興味深いことは日々絶えないのだが、「マグ」は一般的に「動物」と称される生き物のようにあまり食事を取らず、好んで食べるのは無機質を多く含む土や鉱石である。


 しかし、前述した「ロボット」などの機械と違って、マグの喜怒哀楽の感情表現はとても豊かだ。年相応の無邪気さを振る舞って日々、私を和ませてくれる。孤独な私の生活の唯一の楽しみでもある。


 私の親友である「オレイカノコス」が私の前から塵になって消えた。その後、数年後にこの廃鉱山に誰かに捨てられていたのが「マグ」だったようだ。

 「マグマ」の愛称として、少女をマグと名づけたのだが、驚くことに、少女には龍の姿ではなく、亜人に近い姿で、角と小さな尻尾が生えていて、人型に近い見た目をしていた。成長を我が娘のように見守っていたのだが、年齢を重ねるごとに、硬化して少しずつ砂塵龍の頭角を表し始めているようだ。


 性別はメスで間違いない。そろそろ恥じらいを教えてあげたい所であるが。

 今日も彼女の珍しい生体が狙われることがよくあり、悪党から命を狙われることは慣れっこだった。しかし、新しい顔ぶれの悪党らしき人物が家に侵入してきたようだが、マグがじゃれ合って追い返してしまったようだ。そろそろ住処(すみか)を変えるべきなのだろうか。

 だが、私も嫌われ者であるし、その上にマグを目立つようなところに置きたくない。せめて、一人で生きられるくらいの力は身に付けてやりたい。それが「育ての親」としての勤めではないかと思うのだ。


どこから情報が漏れたのかは分からないのだが、マグの生体の器官の一つに「摂取したものからレアメタルを生成する器官」が備わっているらしく、「身体からの排泄物及び、体液に希少性のあるレアメタルが含まれていることが原因ではないか」と私は推測していた。オレイカノコスが、それだけ影響のある龍だったからだろうと思うが。

 

 老い先が短い私にとって、マグとの別れは辛いが、死ぬまでには何とか育て上げたい。この誘拐との隣り合わせの毎日で、この広い世界にマグを解き放つのは、いささか心配が尽きない。良い手はないものか……。


 **

 小悪党「スパイシーズ」の襲来は続きましたが、何事もない平穏な毎日が続いていました。マグにとっては仲の良い大人のお姉ちゃん達としか思っていなかった様子です。水面下で神獣のキーアンとアイリーンが罠を仕掛けていることも知らずに。

 

 ある日のことでした。オブじいじは、吐血と共に呼吸が苦しくなっていくことに気づきました。自分の生活環境が人里離れた場所にあることに加え、この地域は鉱毒が強い環境にあったからであったからでした。肺に募る異物感と心臓の鼓動が近く聞こえて、寝起きの身体がとても重く感じました。

 「……胸が苦しい。流行りの病ではないと思うが、恐らく鉱毒の類なのか?少し血液を採取して調べてみるか」

 オブじいじが自分の血液を顕微鏡で覗き込んでみると、血液の中に針状の金属が少しずつ混じっているように見えました。自分が生きられるのは、あと何年だろうか。少し青い顔をしていると、眠い目を擦りながら、マグが寝床から起きてきました。

 「オブじいじ、あさはやくからどうしたの?」

 「あっ、いやあ、何でもない何でもないぞ!」

 後ろ手に顕微鏡を隠しながら、オブじいじはマグを抱き寄せました。マグは笑顔を振り撒きながら、オブじいじに近づきます。

 「オブじいじ……なんか、きょうはげんきがないけど、だいじょうぶ?」

 「マグ、ワシがおまいさんを山から拾ってきて、本当に幸せな日が続いたもんじゃ」

 「オブじいじ……いきなりどうしたの?」

 明らかな様子の変化に取り乱すマグ。しかし、オブじいじは続けました。

 「ワシが元気なうちに何でも教えてやるから、そのお利口な頭にいっぱい知識を詰め込んでおくれ」

 にこりとオブじいじは笑いました。しかし、目元には隈が深く刻まれていました。しかし、オブじいじは話をしているうちに、息が苦しくなり、床に膝をつきながら崩れ落ちました。

 「オブじいじ!!」


 「ヒャッハー!今日も来てやったぜ!」

 「すぱいしーずのおねえちゃん!!」

 扉が激しく倒れる音とともに、太っちょとがりひょろと長身の女の三人組が入ってきました。しかし、そんなおちゃらけた雰囲気で流せるほど、状況は明るくはありませんでした。マグは縋るような思いで、オニキスと名乗る女にしがみ付いて泣きじゃくりました。

 「ねぇね!オブじいじがおかしいの!どうしたらいいかな?」

 「おっ、お前ら!!このジジイを早く病院に連れていくよ!」

 「へっ、へぇ、アネキ!!」

 三人組は大きな犬のロボット兵器にオブじいじを乗せると、マグを抱えながら麓にあるムスペレミ谷温泉街まで降りて行きました。


 **

 麓の街で素性を隠しながら病院を探して回るスパイシーズでしたが、病院探しが難航していき、頭を抱える一方でした。たらい回しにされ、やっと治療が受けられそうな場所に着いたのは、かなり後のことでした。

 噂によるとオブじいじが、住民達から鼻つまみ者であったことを耳にし、オニキスはマグの耳を塞ぎました。カルサイトとアンチモンはどうして嫌われているのか、疑問で首をかしげていました。

 「なぁ、カルサイトぉ、これはどういう事だと思う?」

 「分からんよ、アネキ。ただ一つ言えるのは、この爺さんが昔……犯罪者だったのか、それとも、表に出せない大きな事件を犯したのか。英雄だったのか。何かがあったと言うことだろうな」

 「マグって言ったな、これ食えよ。おれっちの最後の食料だよ」

 「えっ、いいの?」

 アンチモンはポケットにしまい込んでいたお菓子の類をマグに手渡しました。明らかに元気がなさそうなマグの表情は、少しだけ明るくなるのでした。

 「ま、困ったときはお互いさまってこった。この治療費も御恩も、爺さんが元気になったら高い金を吹っ掛けてやろうぜ?」

 「ああ、そうだな」

 

 酸素マスクを付けながら治療を受けるオブじいじ。その姿を見ながら、オニキスは頷きました。治療を担当しているのは、「ベレンセ=ハウジンハ」と名乗るエルフの医者と「セシリア=ハウジンハ」と名乗るオッドアイの看護師でした。

 彼らは「ダアッセアの火山島」が「流刑地リベリア島」と呼ばれていた時期から医療活動をしていたらしく、荒波を渡りながらこの地域に来たよそ者でした。

 

 セシリアは治療の傍ら妙なことを口にしました。

 「私、この地域の歴史をずっと調べてるんですよ。このおじいちゃん、昔は『クォーツ』って名前だったじゃないかなって思ってるんですよ。顔の火傷と傷があまりにも特徴的だったんで」

 「あんまり、患者のプライバシーを詮索するもんじゃないぞ、セシリー」

 ベレンセが釘を刺しました。しかし「スパイシーズ」の三人組はもはやここまで来たら他人ではない為、ベレンセが彼らに話すことを許してくれたのでした。

 「セシリー、娘とマグちゃんを遊ばせてやりなさい」

 「分かりました」

 ベレンセはマグをこの場から外すように促し、その後セシリアが書いたらしき書物の一部を彼らに手渡しました。


 **

 ――「ダアッセアの火山島」には、昔「クォーツ」と言う名の神獣と心を交わすことの出来る人間(トールマン)が住んでいました。

 彼は、Ⅻ(ザイシェ)の国の龍族とも友好を持っていましたが、特に「オレイカノコス」と言う砂塵で出来た龍ととても仲が良く、酒飲み仲間でした。


 この地域の厄災の一端をオレイカノコスは治めていました。オレイカノコスは背中に大きな剣山のような鱗を持ち、山のように大きく、砂粒と岩石で身体が構成されていて、レアメタルの結晶のような輝きを持っていました。


 オレイカノコスが人の姿になりすまし、たまに人里に姿を現し、クォーツと浴びる程の酒を呑みながら長く生きてきた武勇伝を語るのが、この龍にとっての楽しみでした。

 しかし、事情は分かりませんが二人の仲を引き裂く事件がこの地に起こり、人も住めないような天変地異が島の半分を襲って、大きな鉱毒と火山が島を包み込んでいきました。

 

 その怒りを買ったのが、クォーツだったのではないかと疑われ、彼は一気に住民から敵意を向けられて、人里に住むことが出来なくなりました。

 しかし、罪悪感を感じたクォーツは、顔の半分を火で焼き、体中を傷つけて、自分の名前を偽証し、「オブシディアン」と名乗る薬師になりました。

 そして、鉱毒や火傷に利く薬を残りの命を削りながら、山奥に身を隠しながら作り続けているとのことでした。


 彼はオレイカノコスと和解することは出来ませんでしたが、「オレイカノコスが地上に残していった娘」がどこかで生きていると言う噂が出回るようになりました。もしも見つけられたら、一攫千金の価値があると言う噂なのです。しかし、ある噂、無い噂が出回るうちに、真相は闇に呑まれていきました。


 火山の度重なる噴火と激しい海流により、この地域は「リベリア島」と名付けられ、残された原住民を最後に、流刑地となり、「ティアナ=ボプツィーン」を最後の受刑者に島は閉鎖されていました。五十年の歳月を経て、少しずつその悪習が見直されているとのことです。


 **

 「うぅ、マグ……マグ……」

 オブじいじはうわごとの様にマグへの気持ちをぼやいていました。それを見ているスパイシーズの三人組は、胸が締め付けられました。

 「こりゃ、爺さんが目を覚ますのは当分先のようだな」

 「オレイカノコスの娘を見つけると金儲けが出来るって言いだしたのは、オニキス姐さんだっけ?」

 「いーや!私はそこまで悪党になり下がったつもりはない!うちらは義賊だ。なぁ、アンチモン!」

 「アネキがそ、そう言うなら……」

 「それはそうと、セシリアさんよ。どうしてそんな書物を見つけたんだ?」

 「わ、私は、夫のベレンセさんと医療活動をする傍ら、王都ケハー・大図書館の司書をやっているんですよ。彼の妹のアメリアさんがそこの館長をやってまして、この地域に鉱毒が蔓延していると聞いたものですから、この地域で医療活動をしているんです。もともと五十年前に……最後の流刑人である『ティアナ』に刑が執行されて、島流しに遭ったのもこの目で目撃してしまったんです。……半分は罪滅ぼしの為なんですよね」

 「そんなことしても、儲けが出ないでしょうに」

 「いいんです。私たちが『エルノ』と冒険してきて、ずっと考えてきたことなんですから」

 「エルノ……か。懐かしい響きだね。彼が天国で安らかに眠っていることを願うよ」

  ベレンセはセシリアの言葉を聞き、静かに物思いに耽(ふけ)りました。オニキスは話を戻しました。

 

 「ご立派なもんだね。で、爺さんの容体は良くなりそうなのかい?」

 「こればかりは何とも言えません。……エルノが居れば、良くなるんですけど」

 「さっきから言ってるエルノって、なんなんだい?」

 「すまん、喋りすぎた!」

 「ここまで喋ったんだから聞かせておくれ。誰にも言わないからさ!……気になるじゃないか」

 「僕達がまだ結婚していなかった頃に、エルノという名前の不思議な少年と冒険していたことがあったんだよ。彼は、精神的に生き物の生命力を強くする力を持っていてね。人の夢の中に入り込んで、邪悪な魔物を討ち滅ぼす力を持っていたんだ」

 「凄い話じゃないか。でも、さっき死んだって言ったよな?」

 「そう。信じられないだろうが、成長を重ねた暁に、最後は悪魔(アスモデウス)と相打ちになって、恋人と一緒に砕け散って消滅したんだ。会えることならまた会いたいくらいだよ」

 ベレンセとセシリアは俯いて黙っていました。この世界にはまだ知らないことが多すぎるとスパイシーズの三人は思いました。

 ベレンセは余談は許されない状況で、力の限りを尽くすと言いました。悪党なのにどこか悪くなれないスパイシーズは居たたまれない気持ちになりながら、マグをベレンセ達に預けて病院を後にしました。


 「姐さん、どうする?マグをかっさらうチャンスじゃないか」

 「大バカ者!アンタはそんな奴になり下がったのかい?さっさと新しいメカでも開発して、医療費でも何でも稼ぐしかないだろうに!」

 「ここで水を差すのがカルサイトなんだよなぁ」

 「さ、最悪の場合、俺らがマグを、引き取るしかないんですかねぇ」

 「そう言う野暮なことを考えるから、アンタは二流なんだよ!さっさと行動に移す!行くよ、アンチモン!」

 三人はメカの材料と稼げる情報を求めて、再び山の中に消えていきました。

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