Insert ChapterⅡ:幻獣幼女・まぐまぐ


 時刻はすっかりと真夜中。日付が変わる頃に、オブじいじがふらつく足取りでやっと帰ってきました。この足元の悪い山道を帰れるように太客が騎乗馬を貸してくれることがしばしばありました。オブじいじはお酒をたくさん飲んでいたらしく、口から悪臭が物凄く匂っていました。

 「まぁぐぅ!かえったぞぉー」

 「おかえり、オブじいじ……ふわぁああ」

 眠い目を擦り擦りマグは玄関にくると、オブじいじをベッドまで引きずっていき、そのまま布団を被せる。まだ子どもなので、力はあるのですが、幾ばくか身長が足りないのでベッドに乗せることが出来ません。それがもどかしくて悔しくて、早く大人になりたいと思うマグです。


 オブじいじがベッドで大いびきを掻いて眠っているそばで、マグもベッドまで行く気力を失い、布団を分け合って眠ることにしました。子どもなので多少のことは気にならないようです。

 

 そんな中、昼間作戦を失敗した「スパイシーズ」の三人が、マグの様子を見に来ました。窓からマグの寝顔を覗き込みながらボヤいています。

 「相変わらず、きったない部屋だねぇ。カビでも生えてるんじゃないかい?」

 「オブシディアンの爺さんも稼いでるなら、家政婦でも雇えばいいのにな。俺がお掃除ロボット作ってやりたいくらいだよ」

 「カルサイト、アンタは敵に塩を送るつもりかい?アンチモンもなんかいびき掻いて寝てるし。おい、起きろ!」

 「んあ?オニキス姐さん?」

 「寝ぼけてる場合じゃないよ!オレイカノコスの娘が寝てる。天井から侵入してさっさと誘拐するよ!」

 「ら、らじゃー」

 

 「お、れらは愉快なスパイシーズ!盗みや誘拐、なんでもござれ。お、れらは愉快なスパイシーズ。狂乱のオニキス!反骨のカルサイト!悪食のアンチモン!……」×3

 「って、こんなとこでポーズ決めてる場合じゃないわよ!さっさと天井に行く!ダッシュダッシュ!」

 オニキス姐さんの突っ込みが軽快に入り、スパイシーズの三バカは屋根に穴をあけてするすると紐を垂らすと、マグの足首に縄をかけて引き上げ始めました。マグの睡眠が既に深くなり始めていたのか、全く起きなかったのですが……。

 「おいおいおい、この小娘なんて重さだよ」

 カルサイトが思うのも無理はありません。マグは子どもなのですが、既に体重は百キロを優に超えていました。必死に引っ張り上げる三人でしたが、後ろからクスクス言うハルピュイアの笑い声がすると、ロープから油が滲んで、マグが手から滑り落ち、そのまますとんと地面に落下。マグの堅い翼がもともと仕掛けてあった糸を切断し、屋根が回転扉のような形で大口を開いて、ばくんと三人を家の中に飲み込みました。

 「うわぁああああ!!」


 三人が突き落とされた所は真っ暗な古書の中でした。そこは埃だらけで真っ暗で、光るコケやらキノコが生えていたので、少し怖い雰囲気だったのと、少しじめっとしていてカビ臭かったです。舞い立つ埃に三人はむせながら文句を言いました。

 「くっさいし、埃っぽいし、なんなのよ!」

 「これは、もしやオブシディアンの集めてる書庫じゃないっすか」

 「あー、腹が減った!このキノコ……食えるのか?」

 「アンチモン、お腹壊すよ!やめときなさい!」

 文句を言う三人でしたが、文献に興味がなかったわけではありませんでした。「Ⅻ(ダース)の世界の歴史」を知る為にはこの書庫はうってつけで、しばらく本を読みふけっていると、自分らの目的に気が付きました。

 「あー!バカバカバカッ!こんなとこで本を読んでいる場合じゃないのに!」

 「おい、カルサイトぉ。この本だけ色が違うぞ。……光ってるし」

 「引っ張ってみるか」

 「アンタ達、なにやってるの!この屋敷にはどんなしかけがあるか……あばばばば」

 本棚から本を引っ張り出した三人は、案の定高圧電流に感電し、黒焦げになって部屋から放り出されました。

 「だから……言ったじゃないの!このポンコツ!」

 「だって、アンチモンが」


 黒い煙を口から吐きながら喧嘩をする三人の前に、興味津々に見下ろす、可愛らしい幼女の姿がありました。

 「おじちゃんたち、なにしてるの?」

 「あわわわわ、おい、アンチモン、オレイカノコスの娘だぞ!」

 「おれいかのこすのむすめ?」

それは無邪気に笑うマグの姿でした。どうやら、この騒動で目を覚ましたらしく、物音のする方向に来てみると、スパイシーズの三人が黒焦げになっていたので面白かったのです。

 「ば、ばか!早く縄で捕まえなさい!」

 「おい、早く縄を出せ、アンチモン!」

 「ポンコツカルサイト!アンタが出しなさい!」

 縄を出したはいいものの、三バカは慌てて動くものですから、すっかりと縛りあって動けなくなってしまいました。縄が絡みつきもつれているスパイシーズの姿を見て、マグはけたけたと笑いながら言いました。

 「おじちゃんたち、おにごっこがしたいんだね。いいよ。キーラたちとよくやってるし」

 「……そ、そうよ。お姉さんたちと遊びましょうよ」

 オニキス姐さんが口裏を合わせたようにマグの機嫌を取り、そして口を滑らせそうになるカルサイトに拳骨を落としながら言いました。

 「あねきぃ、そりゃないよ」

 「だまらっしゃい!いい?あんたの大好きなオブシディアンのおじいちゃんを起こしたらこのお遊びはおしまい。こっそりと三十数えるうちにアンタ、あー、名前なんだっけ?」

 「まぐだよ」

 「あ、マグちゃんね。マグちゃんが逃げてね。そしたら、このこわーいおじちゃんたちが網を持ってアンタを追いかけるから。捕まったら文字通り……ジ・エンド」

 「わぁ、おもしろそう!やるやるぅ!」

 「そう言ってるのも今のうちだけだよ。小娘が」

 目を輝かせているマグにそっぽを向いて毒舌を吐きながら、オニキスは不敵な笑みを浮かべました。外ではキーラとアイリーンがゲラゲラ笑っていました。


 「おい、あいつら見ろよ!超絶おバカさんだぜ?」

 「自分で用意した縄で自分が縛られるとか、今のご時世、どの間抜けでも見ないわね。しっかし、マグは何を考えてるのかしら。あの馬鹿どもと遊ぶつもり?」

 「まぁ、あのマグが捕まると思うか?体重は百キロのゴツゴツトゲトゲドラゴンだぞ?口から火を吐くしな」

 「見た目は亜人なのに、身体がドラゴンなんて変わった身体してるよねぇ。ホントにマグは」

 「あいつらが言ってる『オレイカノコス』って何のことだ?まさか、あれじゃねぇよな?」

 「まさかぁ。私は『Ⅻ(ザイシェ)の国』の出身だけれど、マグが伝説のドラゴンの娘だったなんて、聞いたことがないわ……」

 悪党達の残した意味深な言葉を嚙み締めつつ、二匹の幻獣はまた、スパイシーズの動向を見ることにしました。


 「きゃっきゃ!」

 「ちぃっ!なんてすばしっこいガキなんだよ」

 マグは久々の遊び相手が出来たようで、表情を輝かせて喜んでいました。この書庫から一階のリビングへ。手すりを滑り降りてするすると器用に逃げていきます。息を切らすカルサイトを見たオニキスは、悔しそうに唇を噛みました。

 「ほら、もたもたしてないで追うよ!」

 「あいあいさぁ!」

 三人が右足を階段に乗せた瞬間、掃除の行き届いていない油と埃にまみれた床で足を滑らせたアンチモンが、カルサイトとオニキスを押しました。そして足がもつれあって団子状に絡み合い、階段の下まで転がり落ちていきました。そこへ非情ともいえる仕打ち。覆いかぶさりあって呆けている三人の上のカルサイトに、勢いよくマグが飛び乗ってきました。どうやらもたもたしている三人を尻目に、また二階に上ってきて手すりで遊びたかったようです。

 「ん?何の音だ?」

 「おじちゃぁあああん!!」

 無邪気な声を上げて、手すりを滑り降りてくるマグ。普通の子どもなら可愛らしい挙動なのですが、一つ違うのは、マグの身体が岩肌で出来ていること。重いことでした。

 アンチモンの上にオニキス。その上にカルサイトが目を回して覆い重なって倒れていると、百キロのマグが物凄いスピードでカルサイトの腰に飛び乗りました。

 「ぎゃあああああ!!」

 この時のカルサイトは走馬灯が見えたといいます。もともと、腰に爆弾を抱えているのも、痩身で筋肉があまりない彼にはマグのダイレクトなヒップドロップが応えたようで、絶命しかけたそうです。


 「おい、カルサイト!起きろ!!」

 「アンチモンか?あっしはもうだめだぁ」

 弱音を吐いているおじさん二人の前で、マグはお尻を叩いて挑発しました。

 「おじちゃんたち、だらしがないなぁ」

 そのままけたけたと笑いながら、両手を広げて走り去っていきました。まだ体力が残っていたアンチモンとオニキス姐さんは、肩を預け合いながら歩いて、マグの後を追いかけました。マグが入っていったらしき、部屋の扉を押し開けた瞬間でした。一歩踏み出すと、床板が踏み抜かれて二人は下まで落ちていきました。マグのすばしっこい身体で走り抜けた床でも、大人では耐久力が持たなかったようです。

 「おじちゃんたちだいじょうぶかな?」

 「大丈夫な訳がねーだろ!この野郎!」

 アンチモンが激昂するなかで、口に手を当ててハッとするマグ。思いの外、オブじいじの家は老朽化が酷い様で、所々生活するにもコツがいるようでした。

 「で、ここはどこだい?」

 「薬品庫っぽいっすねー。ああ、だめだ。空腹が限界だぁ」

 弱音を吐くアンチモン。マグが気絶したカルサイトを引きずって地下に行くと、劇薬を混ぜたような鼻を衝く臭いが充満しているではありませんか。

 「なんなんだよ、この屋敷は!」

 「アンチモン、美味しそうに見えたからって、光るフラスコの中身を口に入れようとしたアンタが悪い!」

 色んな仕打ちで衣装がボロボロになり、肌がはだけかけたオニキスは、アンチモンを半泣きでぽかぽかと叩きました。大人の女性としてのプライドは、すっかりと崩れてしまったようです。しかし、そんな惨状にさらに追い打ちをかけるように、悲劇が二人に襲い掛かりました。

 「むむ、むし?!むしきらい!!」

 アンチモンの背中に、壁を這うような巨大なムカデが発生していたのです。マグは半泣きになって腰を抜かしましたが、ムカデはマグのほうを見ると、威嚇するような格好で詰め寄りました。

 「おい、なんとかしろよ!」

 「オニキス姐さんこそ」

 こぜりあう二人。マグは大きく息を吸い込んで、そして口から悲鳴とともに数千度はあるかと思われる青い熱線を吐き出しました。マグの咆哮が家の壁を振動させ、壁に穴をあけて、そして、アンチモンの頭上を熱線が通過して、チリチリと焼き焦がしていました。

 「う、うわあああああ!!逃げろぉ!!」

 「覚えてらっしゃい!」

 「カルサイト、寝てないで行くわよ!!」

 スパイシーズは震える膝を打ち叩き、壁に開いた穴から撤退していきました。マグが訳も分からずに泣きじゃくっていると、目を覚ましたらしきオブじいじが地下に降りてきました。

 「ど、どうした?!マグ!!」

 「じいじぃ、ごめんなさぁい。あなあけちゃった。うわああん……」

 すっかりと外は朝になっており、夜が明けかかっていました。マグは遊び疲れたのか、オブじいじの腕の中で、力尽きて寝息を立てて寝ていました。

 「壁は直せばいいよ。ワシはお前さんが無事でいてくれてよかった」


 「キーラ、なんか凄いものを見たわね」

 「ああ、オレイカノコスの娘ってあいつら言ってたけど、嘘だと思えなくなってきたな」

 「私達がマグを守ってあげないと、また悪い奴らがさらいに来るかもしれないわね」

 「オブシディアンの爺さんも、いつくたばるかわからんしなぁ……しゃーない。割に合わないけど、これから一肌脱いでやろうぜ」

 そして、スパイシーズとマグの一連の騒動を、窓や壁の穴から見守っていたキーラとアイリーンは頷きあい、山の中に消えていきましたとさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る