Blue Breath -青龍の息吹-

雪原のキリン

Insert ChapterⅠ:幻獣幼女・まぐまぐ


 少し蒸し暑い火山地帯の山奥。苔むした岩場に火山灰が滞積してうっすらと硫黄の匂いの香る溶岩地帯。そこには幼い女の子と、年を召したおじいちゃんが住んでいました。花崗岩を加工して出来た少し変わった家。粗削りで無骨な蒸し暑い家には、たくさんの本と思い出が詰まっています。

 

 「オブじいじ!もうでかけちゃうの?」

 目を潤ませながら、上目遣いで話す幼女。彼女は少し変わった容姿をしています。潤んだ両目の灼眼。ちょっと硬質な鋼の糸を引き延ばしたような髪の毛。曲がった角と背中を覆うように岩石状の甲羅を持ち、堅い翼が生えていました。

 「マグ、すまないのう、また麓(ふもと)の温泉街の方で流行りの病があったらしく、ワシの力を借りたいらしい。やれやれ。困ったもんだ」

 老賢者のおじいちゃんはオブシディアン。かなり老齢で、博識で薬学に長けている為か、この地帯の知恵者としていろんな場所に駆り出されることがよくありました。少し瘦せこけた土地では、豊かな作物が実らない為か、人々は病気に喘いでいました。それだけでなく、商業地帯で流行る性病の類。土地を開墾して出来た為、まだまだ毒性を持つ作物が採れ、安心して生活ができる環境ではなかったのです。

 おじいちゃんの顔には顔を横切るような大きな傷と火傷があり、自分の人相を変えるような傷でした。理由は分かりませんが、それだけの過去を物語っています。しかし、小さな女の子からは「オブじいじ」と慕われて懐かれていました。


 オブじいじは革の鞄に薬を山ほど詰めて、はち切れそうになる鞄を重そうに抱えながら玄関を押し開けました。

 「留守番、よろしくな。マグ」

 「いかないで!オブじいじ!マグさびしい……」

 泣きそうになりながら、足にしがみつく小さなマグを必死に宥めるオブじいじ。少し困った顔をしながら言いました。

 「じいじがお土産買ってきてあげるから、いい子で待ってなさい。マグはみんなから注目される可愛い女の子だからね」

 「ホント?マグまってる!オブじいじ、はやくかえってきてね!」

「ああ。じいじとの約束だ」

 マグは頭を撫でられると、嬉しそうに言いました。

 「うん!おいしいくだものとか、きれいないしとか、それからそれから……かわいいおともだちがほしい!てのひらにのるくらいの!」

 「あはは、それはじいじがもう少し頑張って働かないとダメだなぁ。でもなマグ。お前には、このじいじがついてるじゃないか!」

 オブじいじはマグの硬い髪の毛をクシャリと撫でると、そのまま山を下りていきました。

 「じいじ!いってらっしゃーい!!」

 

**

 マグは頬を膨らませると、リビングに戻りました。そして散らかった部屋で唯一、一角が確保されたテレビの前に座ると、テレビを見始めました。この世界でも幼児番組とか放送されてるんですよ。一応ね。

 かつて「戦乙女カジワラが聖戦をした世界」から三十年が経過し、更に「少年エルノが『テラピノツルギ』でメタヘルを駆逐した世界」から五十年が過ぎ、この世界は既に文明がかなり発達したと言えましょうか。一部の種族を除き、使うことのできない魔法の類は荒廃した文明と言われ、主に種族の壁を隔てることなく使うことのできる一般的な代価エネルギーが主流となって世界を変えていきました。

 マグが今見ているテレビも、それを動かしている動力も、「皆さんが住んでいる世界と似通っているもの」だと認識して貰えれば嬉しいです。


 「両手を上に、手はぐぅぐぅ、そのまま下に下ろしてちょき!みんなは元気だ、ぱぁぱぁぱぁ」

 テレビから流れる体操のお兄さん。エルフのイケメンのお兄さんは、子どもたちだけでなく、若いお母さま方にもとても大人気です。「グーチョキ体操」がマグはとっても大好きで、この時間になるとマグは釘付けになってテレビを見ていました。

 「ろっくちょうのぽーず!りょうてはくちに、こかとりすのぽーず!」

 マグはご機嫌になって両手を振り振りして、飛び跳ねて踊ります。足元に散らばったオブじいじの本がマグの下に散乱していて、飛び跳ねるものですから、マグは本を踏んづけて派手に転んでしまいました。

 「ふぇええ……」

 泣きそうになるマグ。でも、マグは強い子だから、じいじとの約束を守って、涙をぐっと堪えました。偉いぞ、マグ。


 **

 そんなテレビに夢中になるマグをよそに、異色の悪党三人組がこの蒸し暑い火山地帯に息を切らしながら、歩いてきましたよ。一人は胸元を開いた服装を着たダークエルフの妖艶な女性。一人は出っ歯で、痩せているノームの男、一人は肥満体系で食いしん坊のリザードマンの男でした。彼らは麓(ふもと)で少し名が売れた「スパイシーズ」と言う厄介な小物盗賊団でした。

 妙な噂を嗅ぎつけたのか、物好き以外は誰も近づくことのない火山地帯にのこのこと足を運ぶと、コボルトのような姿をしたロボットを操縦して、オブじいじの家を覗き込んでいました。

 

 「オニキス姐さん、こんな所に『オレイカノコスの娘』がいるって本当ですか?」

 「なに?アンタ、アタシを疑うっていうのかい?金儲けの話なんぞ、右から左に聞き分けてきた百戦錬磨のアタシが言うんだよ。間違いないって」

 「でも、姐さん。俺らの成功率はあんまり良くないんですがねぇ。このコボルトみたいな犬のマシンも、最後のなけなしのお金を出して作ったんじゃないっすか。ワタシが何とか部品代とか、ケチったから上手く出来たんすよ!褒めもしないくせに……」

 「一攫千金の掘削マシンでしょ?カルサイト、アンタの腕がいいから頼んだんでしょうが!それとアンチモン!いつまで食べてるのさ!そのポケットに入ってるウインナーソーセージが悪臭を放ってるよ!」

 「あねきぃ……」

 「いくらアンタが悪食だって、アタシ達にはきっついんだよ!この大バカ者が!」

 小競り合いが続く中、コボルトのロボットは白く粗削りな花崗岩の家を発見し、瞳に搭載されたレンズの倍率を上げて、中の様子を観察し始めました。

 この地域の廃坑は、亜人や人が住むには環境が適しておらず、身を隠すようにオブじいじが住んでいた為、すぐに分かったようです。

 「このオブシディアンとか言うじいさんよぉ、金持ちでもないのに、どうしてこんなに危険を冒してまで住んでいるのか、俺にはさっぱりわかんねぇ。人見知りってわけじゃないのによぉ」

 「カルサイト!アンタは馬鹿だよ!『オレイカノコスの伝説』って言ったら、お前も知っているだろう?『山のように大きな砂の巨竜が、嫌われ者の賢者クォーツの手によって討伐された。その娘は食べたものを宝石に変える力を持つ為、山奥に封印された』とか!それをオブシディアンのじじいは隠してんのさ。あの娘っ子がきっとそうに違いないよ」

 「稼げれば、うまいもんも食い放題だなぁ……」

 モニターを覗く三人の目先には、マグの姿が映っていました。すっかり頭の中では「捕らぬ狸の皮算用状態」で、攫った後に身売りすれば、お釣りがくるとか、そんなおバカなことを三人で話しながら盛り上がっていました。

 「しっかし、暑い場所だねぇ。一仕事終えたら早く帰りたいよ!」

 「そうだなぁ。儲かったら葡萄酒(ぶどうしゅ)と美味いチーズが食いたい!」

 「いっぱい食うぞ!」

 すっかりと目的を見失って、話に夢中になっていました。すると、コボルトのロボットを興味津々に覗き込むマグの姿が、ハッキリとモニターに移りました。

 「わんわんさん?あそびにきたの?」


 「し、しまった!バレちまった!撤退するぞ!」

 ロボットを操縦するも、マグはしっかりとコボルトのロボットの手首を握ってかなりの握力で離しません。そのまま家に引きずり込もうとする始末。

 「カルサイト!何とかしなさい!コボルトが持ってかれたら仕事ができないじゃないの!このポンコツ!」

 小競り合っている二人をよそに、マグは嬉しそうに家の中にロボットを連れて行こうとします。

 「おれっちが!操縦する!」

 アンチモンがリモコンを奪い取ると、ロボットは暴走してマグの引っ張られる方向と反対側に走り出しました。マグが強く引っ張るものですから、手首が引き抜かれてそのまま、スパイシーズの三人の方へロボットの身体が飛んでいきました。

 「え?マグ、わんわんさんにけがさせちゃった。うぇえええん……」

 泣きじゃくるマグ。ロボットの鋼鉄製の身体が三人に当たると、三人の悪党は覆いかぶさるように目を回して気絶してしまいました。最後の言葉を言い残して。

「しっぱい……した。でなお……そう」

 「そう……だな」

 

**

 三人の悪党が撤退した後、マグはコボルトのロボットの手首を持って、干からびた古木の密集する林に歩いていきました。そして、大声で叫びました。

 「キィイイイーアァァァアン!!!」

 「なんだよ、うるせぇな!静かにしろよ」

 マグの大声に応えるように燃えるような緋色の羽根をもったハルピュイアが木の洞から出てきました。鶏冠(とさか)の形から察するにオスの個体だったのですが、マグの呼びかけに凄く面倒な顔をしていました。今回だけではなかったようです。

 「あのね!あのね!キーアン、きいて!マグね」

 「おいおいおい、落ち着けって。なんだよ、騒がしい奴だな。あ?その手に持ってんのはあれか?今、流行りのロボットとか言うやつか?」

 「え?なにそれ?」

 首を傾げるマグ。興味津々にキーアンはマグに近づくと、まじまじとマグが手に持っていた「ロボットの手首」を舐めるように見ました。

 「うっひょー!こいつぁすげえ!レアメタルがぎっちり詰まってるじゃねぇか。お前、これを売ればいい小遣いになるぞ?」

 「だめ!これはわんわんさんのおててなんだから!だいじにしなきゃだめなの!」

 むくれるマグの様子を見て、ずる賢いキーアンは状況を察したようです。

 「ははーん。分かったぞ。要するにあれだな。お前、どうせロボットに狙われてたんだろ。悪党なんか足が付かないように情報収集するのがお決まりだからな。その犬だか、猫だかのロボットだか知らねーけど、持ち主なんてもう来ねーよ。貰っちまえよ」

 ふむふむと名推理を展開するキーアン。その荒っぽい言葉遣いが聞き捨てならないと、饒舌に身振り手振りで喋る彼に、一匹のケットシーが蹴りを入れました。

 「猫を馬鹿にしたわね?このおバカ!」

 「ああああ、アイリーン?!」


 まつ毛が長めの毛づやの整ったケットシーのアイリーン。腰にサーベル、足に革のブーツを履き、頭に羽根つきの帽子。ある一国の王の従者らしいのですが、素性は明かしません。メスなのか、とても綺麗好きで、キーアンを蹴飛ばした後に毛繕いをしています。

 「マグ、いい?このアイリーンお姉ちゃんからの忠告。あのオブシディアンとか言う爺さんがアンタをしっかり守ってやんないから、いつアンタが危険な目に遭ってもおかしくないわけ。だから、知らないおじさんとかおばさんに唆されて、このおバカなキーアンみたいにほいほいついてかないこと。……例え『美味しいお菓子を買ってあげる』って言われたとしてもね」

 「相変わらず、お前はどぎつい性格してるぜ。俺がお前の主だったら、絶対に僕にしないわ」

 「なんか言った?」

 「別にぃー。今日もアイリーンさんはお美しゅうございますねぇ」

 見え透いたお世辞を言っているキーアンにイライラするアイリーンを見ていると、何だかマグはおかしくていつも笑っています。

 「マグもなに笑ってるのよ!アンタがオブシディアンの爺さんから着せられてるそのだっさい服もどうにかならないわけ?逆立ちしたって女の子の為に買う服とは思えないんだけど!」

 「アイリーン、落ち着けって。オブシディアンの爺さんがセンス悪いのなんか、いつものことじゃねぇか」

 「むー!じいじのことばかにするな!おこるよ!!」

 アイリーンが言う「オブシディアンが買ってくるマグの服のセンスがダサすぎる」と言うのは、彼女の常套句でした。それに対するマグのむくれた姿を見るのもまた、いつもの日常的な会話でした。


 さて、そんなこんなあって、幻獣三人はあることを考えつきました。「このロボットの持ち主を捕まえて、お金をふんだくってやろう」と。こんな「凄いロボットを作れる技術の持ち主だから、きっと天才科学者に違いない」と思うマグ。「高価なレアメタルを使ってるから、金持ちに違いない」と思うキーアン。単なる興味本位で「会ったらコテンパンに足腰立たないくらいに貶してやろう」と狡(こす)いことを考えているアイリーン。

 「スパイシーズ」がマグをどうやって誘拐し、金稼ぎの道具として使い倒そうとアジトで計画を立てている最中、マグ達もオブじいじが不在の家の中に、巧妙に罠を張り巡らしてにんまりと笑うのでした。

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