5分で読める物語『開幕宣言!!』
あお
第1話
息を荒げ、汗を流す少女が二人。
アイドルプロダクション『ドリーミン』のレッスン場で、彼女たちはかれこれ五時間以上も踊り続けていた。
「3! 2! 1! ここでターっとおおおぉ⁉」
――バタン。
素っ頓狂な声をあげ、その場に倒れ込んだ少女の名は
橙色に染まった髪をボブカットでまとめ、前髪をペンギンの顔が付いたヘアピンでとめている。顔立ちは綺麗な卵型で、透き通った瞳と垂れた目つき、真っすぐ綺麗に伸びる鼻筋に小ぶりな唇が花を添える。
「もう一回!」
悔しそうな表情を浮かべ京子は立ち上がった。
背の高さは156センチと高校生の平均身長に近く、胸はまだ発展途上だと京子は言い張っている。すらりと伸びるしなやかな足は、ほどよい筋肉質だ。京子はスマホ
の再生ボタンを押して本番用の音楽をかける。
「みーぎ、ひだり、前でトントン、ここでターンっ‼」
バシッという効果音が聞こえてきそうなポーズを決めて京子は静止する。
そんな彼女のもとへ、静かに近づくもう一人の少女――
春乃は背中まで伸びた銀色の髪を、水色のリボンでまとめてポニーテール姿を見せている。切れ長の目に、ツンと高い鼻、ふっくらとした桜色の唇も相まってたおやかな猫顔と言える。
京子よりも2センチ背は高いが、胸のふくらみはどんぐりの背比べで京子に軍配が上がる。肩幅も狭くシュッとした体形で、ハーフパンツから伸びる足の細さはモデル並みだ。
そんな彼女は怪訝な表情で京子に問う。
「成功率は?」
「しゃんパーセント……」
京子のしょぼくれた返事に、春乃は深くため息をついた。
「そんなんじゃ使い物にならないじゃない。本番まであと一週間よ? できないなら振りを変えるべきだわ」
強めの口調ではっきりと言い切る春乃に対し、京子は物怖じせず体をグイッと近づけ反抗する。
「変えない! いまはちょっとしかできないけど、沢山練習すれば絶対できるようになるから‼」
「沢山練習した結果がこれなのよ。しかもその振り五人用のやつじゃない。オリジナルにこだわるのは分かるけど、私たちは二人のユニットなんだから、多少のアレンジはするべきじゃなくて?」
「ダメだよ、先輩のダンスを勝手にアレンジするなんて! 私ダンスだけは得意だから‼」
「得意って言っても物理的な限界が!」
「できるできる。あと一週間もあれば完璧だって!」
楽観的で頑固者な京子と、真面目で安定志向の春乃はユニットを組んで一か月になるが、なかなか馬が合わない。それどころか来週のイベントが近づくにつれ、互いの癇癪は可燃性を増していた。
「それでできなかったらどうするの⁉ あなた責任とれるわけ⁉ 来週はいつもの定演じゃないのよ! 私たちのデビューがかかったライブだって、あなた分かってる⁉」
「分かってるよ! だからこそ先輩の楽曲を完璧にこなさなきゃいけないんじゃん‼」
「……おさがりだけじゃ、どれだけやっても二番煎じなのよ」
京子の熱意に折れた、というか面倒くさくなった春乃は小さく言葉をもらした。
その言葉の意味を京子は理解している。
彼女たちが所属する事務所では、他事務所と合同で年に一回デビューをかけたユニット対抗ライブが開催される。そのイベントでは、会場に来たお客さんが一人一票の投票権を持っており、ライブを見てデビューしてほしいユニットに投票する。一番多くの票を集められたユニットがデビューの枠を勝ち取るのだ。
今回参加するユニットは京子と春乃のユニットを含めて七組。そして彼女たち以外のユニットはどれも五人以上で、オリジナル楽曲も持っている。本番では未発表曲をやることで、お客さんのボルテージを底上げするのが、このイベントでの常套手段だった。
「仕方ないよ。うちの事務所はいま先輩アイドルたちで手一杯だもん。むしろレコ大の受賞曲を使わせてもらえるなんて、私たちだけの特権だよ」
「人数も少ない。オリジナルもない。さらには国民に使い倒されたお古の楽曲を使うだなんて……とんだ笑い種ね」
二人の意見は真っ向から対立していた。
「――だったら作ればいいじゃない」
険悪な雰囲気が漂うレッスン場に、もう一人女性が現れた。
「作るって……曲を?」
「安藤さん、本気で言ってるんですか?」
京子と春乃がそれぞれの反応を見せる。
事務所の会計士でもあり彼女たちのマネージャーも務める安藤は、うなずき春乃に目を向けた。
「うん、だって春乃ちゃんピアノ弾けるでしょ」
「えっ、そうだったの⁉」
そう言われた春乃の顔はひどく脱力している。
「弾けるのと、書けるのとじゃ次元が違いすぎます。それに時間だって――」
「時間があれば書けるのね?」
露骨に嫌な顔を見せる春乃に、安藤は朗らかな笑みを向ける。
「役割分担をすれば良いのよ。二人とも性格も得意なことも違うけど、お互いにそれを活かし合うことができたら、きっと立派なアイドルになれるわ」
「役割分担って、どうするの?」
「それは二人で話し合うことねっ」
安藤は茶目っ気たっぷりにウインクをきめ、レッスン場を後にした。
「…………」
「…………」
呆気にとられたのか、どことなく漂う気まずさに当てられたのか。二人はその場に座り込み、しばらく沈黙を保っていた。先に口を開いたのは京子だった。
「――春乃ちゃん、ピアノ弾けたんだね」
「だから、なに」
「それで春野ちゃん、あんなに歌が上手いんだぁっと思って」
「歌とピアノは関係ないわよ……」
二度目の沈黙。次に口を開いたのは春乃だった。
「あなただってダンス上手いじゃない。二人用の振りは完璧なのに、さらに本家の五
人用までお客さんに見せようとしてる。そんなの私には無理」
「ダンス好きだし、得意だし。アイドルなら色んなジャンル踊れるかも、って思ったからここに入った訳だし。――春野ちゃんは?」
「私は……」
一瞬の逡巡を見せた後、春乃は答えた。
「私はアーティストになりたかった。作曲して詞を書いて歌って。それでピアノも習って、沢山たくさん練習して。そこの先生に紹介されたのが、この事務所だった。――少し騙された気分よ」
嘲るような笑みを見せる春乃に、京子も笑顔を見せる。
二人の雰囲気は、険悪から少しずつ離れていった。
「ねぇ春野ちゃん、曲書いてよ」
「……いいの? あなたいまの曲すごい練習してるじゃない。さっきは熱くなっちゃってああ言ったけど、あなたのパフォーマンス、現状でも十分お客さんを楽しませられるわ」
「えへへ、ありがと。でも、私は春野ちゃんと一緒にアイドルやりたいんだ。春野ちゃんはお下がりじゃなくて、自分の曲で勝負したいんでしょ? 私だけ良くて、じゃ嫌だから。それに春野ちゃんの歌、私も歌いたいし踊りたい!」
「変わり者なのね、あなた」
そう言って春乃はすっと立ち上がる。
「分かったわ、曲作ってくる。明日にはデモ送るから、それをもとに振り考えてもらってもいいかしら」
京子は勢いよく立ち上がり、胸を張って答えた。
「任せてよ‼」
***
約束通り、春乃は一日でデモを作り京子に送った。それをもとに京子は振り入れをし、春乃は自室にこもって曲を組み上げていった。
楽曲制作から五日後のこと。
レッスン場にやってきた春乃は、いまにも泣き崩れそうな顔をしていた。
「春乃ちゃん!」
気付いた京子が急いで駆け寄る。
「ごめん、曲……作れそうにない……」
その声はわずかに震えていた。
「大変、だよね。どのくらいできたの?」
「ある程度形にはなったんだけど……。でも、すごい自分勝手な曲になっちゃって。京子のこと何も考えてなかった」
春乃は顔を俯けぐっと歯を食いしばる。
「――嬉しい」
「え?」
予想外な京子の反応に、思わず顔を上げてしまう春乃。
「私のこと、それだけ気にしてくれてたんだって」
京子ははにかみながら、言葉を続けた。
「私ね、春乃ちゃんに嫌われてると思ってた」
「それは……」
申し訳なさそうに春乃が目をそらす。
「でも、私のこと気にして曲が書けなくなったって聞いたら、なんだか嬉しくて。春乃ちゃんの中にもちゃんと私がいたんだなぁって」
春乃は再び俯き、声も出せなかった。
「ねえ作った曲聞かせてよ」
柔らかく包み込むような京子の声音に春乃はこくりとうなずくと、ポケットからスマホとイヤホンを取り出す。
曲の再生画面を開いてイヤホンと一緒に渡すと、京子はイヤホンの片方を春乃の耳につけた。
自分の耳にもはめて京子は楽曲の再生ボタンを押した。
繊細で美しいピアノの旋律が流れ、次いで春乃の歌声がメロディに乗っかる。
Bメロに入ると、リズミカルな曲調に変化し歌声も軽やかに。
そしてスケールを広げながらサビに入った途端、春乃の力強い歌声が響いた。
変幻自在に声音を使い分ける春乃の歌に京子はひたすら圧倒され、聞き終わる頃には小さく息がもれ出ていた。
「――すごい、すごいよ春乃ちゃん!」
京子は勢いのままにギューっと春乃を抱きしめる。
されるがままの春乃だったが、その顔は少しだけほころんでいた。
「これでいい、これがいいよ‼」
「でもこれじゃ京子っぽくないというか。そもそも一人で歌う用に作っちゃった曲だし」
「うん、だから私は歌わない!」
突飛な発言に春乃は目を瞬かせる。
「私はダンスに専念する! 私が踊って春乃ちゃんが歌う。あっ、これがもしかして役割分担⁉」
嬉々とした表情を浮かべはしゃぐ京子を、困ったように見つめながら春乃は問いかけた。
「それで、いいの? なんだかアイドルっぽくないような」
「これがいいんだよ! 今までにない新しいアイドル! それを私たち二人で作るんだよ‼」
京子のテンションはすっかり上がりきっていた。
「私はダンスが得意で、春乃ちゃんは歌が得意。だったら二人で得意なことを突きつめようよ! きっと、いや絶対楽しいよ! 二人の好きが重なるアイドルなんて最高じゃない⁉」
「ほんとあなたって変わり者ね」
やれやれといった表情を浮かべる春乃だったが、内心京子の話す未来に胸躍らせていた。
「春乃ちゃんは歌うの、好きじゃない?」
挑戦的な目を向ける京子に、春乃はいつもの調子に戻って、満面の笑みを咲かせて答えた。
「大好きよ‼」
***
イベント当日。
五千人をキャパシティとするコンサートホールで、メジャーデビューをかけたユニット対抗戦が開催された。
メイド服をモデルにした衣装で観客を沸かせる五人組ユニットや、コンビネーションのとれたダンスパフォーマンスで魅せる七人組ユニットなど、アイドルの卵たちが全力のライブを繰り広げている。
そんな熱狂の中、ステージの転換が終わり幕が開いた。
その瞬間、観客が一斉にどよめく。
舞台の上にはグランドピアノが置かれ、中央にはスポットライトが当たっている。
椅子に腰かけ呼吸を整える春乃。
真ん中に立ち、スポットライトを浴びる京子。
二人は互いに目を合わせうなずき合った。
京子が客席の正面を見据え、高々と開幕宣言を口にする。
「私たちが新時代を切り拓く、新しいアイドルです‼」
京子がマイクを投げ捨てるのと同時に、春乃は勢いよく鍵盤を叩いた。
曲に合わせて京子が舞い、春乃の歌声が響き渡る。
観客のどよめきは次第に歓声となり、曲が終わるころには会場が揺れるほどの大歓声が上がっていた。
これが後に伝説となったアイドル、その『はじまり』である。
5分で読める物語『開幕宣言!!』 あお @aoaomidori
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