第50話

とうとうその日が来た。予感はあった。不動産屋らしき男性達がうちの周りを歩き回っているのに気づいた時に確信した。ママはこの家から出ようとしている。

ママは、パパと私に、淡々と、この家を売ること、私の通学、自分達の通勤を考えて新しい家を買うことを告げた。


「私、不思議なほど驚いていないよ。お杉ちゃんから色々と聞いたからかもしれない。」

引っ越しの前日、お杉ちゃんにことの次第を報告した。

「寂しくなるけど、そのほうがいい。あんた達の暮らしをするんだ。そのためにはここから離れるのが一番いい。」

心なしか、お杉ちゃんは涙ぐんでいる。けれど気丈にそう言ってくれた。

お杉ちゃんはフキさんと振り袖姿のママの写真をくれた。

「いいの?もらって。」

「もちろんさ。あんたのひいおばあちゃんの写真だよ。」

胸がいっぱいになって泣き出しそうな私に、お杉ちゃんは言った。

「いいことを教えてあげる。フキおばちゃんが言ってたよ。『大難は小難、小難は無難。』ってさ。神棚を拝みながら唱えてたよ。あんたも困ったことがあったら唱えてみなよ。」

「へえ~。フキさんは神棚なんだ。おばあちゃんは仏壇だったけどね。」

「お仏壇には庄助おじさんや舅、姑さんがいるから、フキおばちゃん、嫌だったのかもしれないね。」

私は吹き出した。

「フキさんは、愉快な人だったんだね。」

「そうさ。それが、あんたのひいおばあちゃんだよ。」


あくる朝、私は見送りに来てくれたお杉ちゃんと何度も握手した。

「瑠偉(るい)、行くよ。」

ママにせかされて車に乗った。もう、お杉ちゃんに会うことはないだろう。お杉ちゃんの姿が見えなくなるまで私は何度も手をふった。


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埋れ人 簪ぴあの @kanzashipiano

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