第8話

 次の日も弟は妹のままだった。

「おはよう。」

朝早くからリビングにいた。一番に起きてきたようだ。

「おはよう。珍しいな、早起きなんて。」

「うん、新しい体だと思うと、なんかね。」

新しい体、か。適用が早いものだ。むしろ嬉しそう。

「なんか、久しぶりに学校に行けるかもしれない。」

弟が自分から学校のことを言い出すとは珍しい。

「唐突だな。その気持ちは家族にとっては嬉しいが、その姿で言ってみろよ、知らない人がクラスにいる!?ってなるぜ。性転換したと説明したら、大騒ぎだろ?」

「そうかな…?不登校のゴミがいきなり性転換してやってきたら、むしろ歓迎ムードじゃないの?」

「ゴミ?それは自分のこと卑下し過ぎだぞ?」

少し気になったので指摘する。不登校になった原因と関係がありそうだ。

 その瞬間。


「聞かないで!」

強い静止。周りの空気が一気に冷えた。


 数秒後。

「もう、冗談だから。忘れて。ほら、自虐ネタだよ、自虐ネタ…。」

強張った笑顔?で訂正してくる。どうやら触れてはいけないところだったらしい。

「まあ、だから、行っても大丈夫だったりしない?」

普通の会話に復帰しろと促すかのように、さっきの一瞬を感じさせない会話の流れ。仕方ない、今無理に傷を抉るのは良くない。

「もはや別人のレベルで見た目が変わっているからな…。だが、先生たちが慌てるだろう?それで行政とかに連絡されたら、どっかの病院に引き渡されるかも…。最悪、人体実験とか?『海と毒薬』になっちまうぞ?」

慌てていたのか、文学ネタを入れてしまった。

「それは困る…。じゃあ、やっぱり今日も家にいるねー。」

案の定スルーされた。

 それ以上話は続かない。朝の準備に追われて、細かく突っ込むこともできない。親もいるのでなおさらだ。もっと上手くやれば、不登校について弟の口から話してくれるかもしれなかったのに。


 今日も玄関に見送りにきてくれた。

「じゃあ、行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」

あれ、弟に「行ってきます」言ったの、いつ以来だろう?なんだか不思議な気分だ。

 玄関のドアを開けて出ていこうとした瞬間、「お兄ちゃん」と呼び止められる。弟はちょっと頬を赤らめている。

「さっきは突っ込まなかったけど、いきなり遠藤周作ネタ持ってこないでよ。普通の人は『沈黙』しか分からないよ?」

「知ってたのか?どうして?」

「だって、お兄ちゃんが読んでた本だもん。読むに決まってるじゃん…。」

そういうものなのだろうか。まあ、兄弟で同じ趣味を持つというのはよくあることだ。

「おおそうか。通じるやつがこんなに近くにいたとはな!そんじゃ。」

今度こそ家を出る。


 顔が真っ赤だったような気がしたぞ。そんなに遠藤周作ネタが受けたのか?それにしても相変わらずの美少女っぷりだ。

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お兄ちゃんに、いつ到達できるの? 黒田寛実 @otoronenayu

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