第14話 訓練視察
夢の中でロリ女神に励まされた翌日。俺は朝からキャプテン名代のミーリツァと連れ立って、建設中の劇場の視察に訪れていた。
コーシカ商会からの献金の申し出もあり、あのイヤミな財務大臣から建設予算のサインをようやく引き出すことができた常設劇場。城下の
「閣下。歌姫劇場というのは随分小さな建物なんですね」
人力と魔導具を上手く組み合わせて巨石を積み上げていく石工達の手際に俺が関心していると、ミーリツァが横から意外そうな声で言ってきた。
彼女の息は時折白く染まっているが、本人は寒そうな顔一つ見せず、いつもの騎士装束に薄手のショールを一枚巻いただけで平然としているのが印象的だ。
「閣下が劇場、劇場と仰るので、もっと大きなものを想像してましたが……」
「いやあ、エイトミリオンの劇場はこのくらいでいいんだよ。定員は250人。希望者が抽選にあぶれて入場できないくらいの方が、プレミア感あるでしょ」
「ぷれみあ? ……まあ、理屈はわかりますが」
口ではそう言いながらも、騎士娘はまだ首をかしげている。
俺はくすりと一つ笑って、自分のコートの襟を両手で押さえ、彼女を目で誘って次の目的地へと歩き出した。
「おー、やってるねえ」
「この響きは木刀ですね。懐かしいです」
吹きさらしの練兵場の一角から、カンカンと硬質な響きに混ざって少女達の声が聞こえてくる。先日採用した一期生達の戦闘訓練が行われているのだ。
俺が魔法で支給したレッスンウェアに袖を通し、教官達のもとで木刀を振るう、10人ほどの少女達。その中にはあの小柄なドミニーカの背中もある。最終的に18人が本契約となった一期生の中で、近接戦闘向きと見込んだ子達にはこの訓練を受けさせているわけだが――。
「いいですね、わたしも身体がうずきますよ」
遠巻きに訓練風景を見ながら、ミーリツァは俺の隣でぶんぶんと片腕を振り、なんだかいつになく楽しそうにしている。
「ん? 君も朝練毎日やってるんじゃないの?」
「今日は、このあと姫様と一緒に王妃殿下の
「ああ、ナルホドね」
要はミーリツァは日課の訓練ができなくてウズウズしているらしい。いつもアヴローラのお守役みたいな感じでキリッと構えている彼女の、意外な一面を見たようだったが、考えてみればこの子も僅か14歳の少女なんだよな……。
「……ん?」
そのとき、俺の目に止まったのは、はぁっとダルそうに溜息を吐き、木刀を持った手をだらりと下げて、教官の騎士に何やら食って掛かる少女の姿だった。
その子一人だけではない。そばで一緒に木刀を振るっていた二人の少女も、彼女に同調し、教官に文句を言っているように見える。
「……いけませんね、アレは」
「ああ。君も来てよ」
「もちろん」
俺とミーリツァは競うような早足で彼女達のほうへ近付く。教官を困らせているのは、18歳のマルーシャ、19歳のミハイラ、20歳のアイーダという、一期生の中では年長組の三人だった。
「あっ、大臣閣下……」
教官の青年騎士が困った顔で頭を下げてくる。俺はつまらなそうにしている三人に向き直り、なるべく柔らかく聞こえるように問うた。
「マルーシャ。ミハイラ。アイーダ。どうしたの、全然気合いが入ってないじゃん」
「……プロデューサー。だってさぁ」
木刀を自らの肩に乗せて、まず口をとがらせてきたのは、最初に教官に文句を言い始めたマルーシャだった。くるっとウェーブしたセミロングの髪が特徴の、現世でいえばギャル系のキャラの子だ。
「あたし達、歌姫の候補生なのに、なんでこんな兵隊さんみたいな訓練ばっかりしなきゃいけないんですかぁ?」
「なんでって。魔物と戦う役目なのは説明したじゃないか」
「だからって、毎日こればっかりじゃイヤでぇす。手は痛くなるし、汗もいっぱいかくし、教官さん達はムダに厳しいし」
仮にも爵位持ちの大臣ということになっている俺を少しも恐れることなく、マルーシャはそんな言葉を並べ立ててくる。
まあ、彼女達の正式採用の時に「メンバーとプロデューサーは無礼講」なんて言ってあるので、口の利き方を咎めるつもりはないけれど……。
「教えてくれる先生にそんなこと言うもんじゃないよ」
教官への文句だけをひとまず咎めたところ、横から今度はアイーダが口を挟んできた。髪先がシャギーのように尖った、見た目だけならオトナ系の子である。
「だけど、わたしも毎日毎日剣の訓練ばっかりイヤです。わたし、弓矢が使えるって先生達に言ってるのに、まずは剣で戦えるようになれの一点張りなんですもん」
「へえ。キミ弓矢使えるんだ」
「よく親の狩りを手伝わされてたんです。ねえ、プロデューサーさん、これだけの人数がいるんだから、みんながみんな剣を鍛えなくってもいいでしょう? 魔法戦闘組に回された子達は剣の訓練なんてしてないじゃないですか」
意外に正論っぽいことを言ってくるな、と思ったところで、今度は丸顔のミハイラが「あたしぃ」と割って入ってきた。白い前歯がよく目立つ、明るい印象の子だ。
「本気で歌姫を夢見てここに来たんですぅ。なのに、馬車で2時間かけて王都に通ってきて、やることは戦いの訓練ばっかりなんて。剣より歌の練習させてくださいよぅ」
と、ミハイラ。
「そうそう。だいたい、こんな訓練なんかしなくたって、人気の歌姫になれば強い魔法が使えるんでしょう? だったら歌姫としてのレッスンを優先するべきじゃないですかー」
と、アイーダ。
「あたしなんて、歌姫になるために恋人と別れて来たんですよぉ。毎日木刀ばっかり振るってたら、別れた彼に合わせる顔がないです。もっとステージに立たせてくださぁい」
と、マルーシャ。
「いや……君達の意見はとりあえずわかったけど、俺は君達の命も預かってるんだよ。どんなに歌姫として人気になったって、戦いの訓練もしないまま魔物の前に出て、殺されちゃったらどうするの」
「そんなこと言うならプロデューサー。その子は訓練しなくていいんですかぁ?」
俺の隣のミーリツァにちらっと目を向け、マルーシャはふいにそんなことを言ってくる。今まで涼しい顔で立っていた騎士娘の眉が、ぴくりと動いた。
「そうですよ。キャプテン名代なんて言って、いっつもお姫様と一緒に偉そうに立ってるだけで」
「身分を気にせず打ち解けろって言うなら、その子も一緒に木刀振るうべきじゃないんですかー」
「彼女は彼女の鍛錬をしてるよ。君達の見てないところで毎日ね」
俺が言う横で、ミーリツァは「いえ、今朝は……」と真面目な顔して言いかけたが、すぐにふっと微笑し、一歩前に歩み出てきた。
三人と彼女を見渡し、教官から受け取った木刀を彼女に差し出して、俺は尋ねる。
「任せていいか?」
「ええ。閣下はわたしをキャプテンにと望んでくれました。そのご
木刀を手元でくるりと回し、マルーシャ達の前にさらに歩み出るミーリツァ。いつしか、ドミニーカら他の訓練生達や教官達も、ざわざわと騒ぎながら彼女らの様子を見守っている。
「マルーシャ=クローリク。ミハイラ=ズヴェーズダ。アイーダ=スクラートカ」
ミーリツァが落ち着いた声で一人一人の名前を呼ぶと、マルーシャ達は軽くビクッと震えたように見えた。
「三人がかりでどうぞ。どこからでも」
「……!」
周囲がしぃんと静まり返る中、木刀をぐっと強く握り締め、マルーシャがミーリツァを睨む。
「アンタ、三対一でやれると思ってんの?」
「ええ。だって、ゼロはいくつ足してもゼロだからね」
「くっ……バカだと思ってナメてんなよ!」
だっと地面を蹴り、マルーシャが真っ先に木刀を振り上げてミーリツァに斬り込んでくる。――が。
次の瞬間、どうやったのかも分からない内に、彼女の木刀は手元から巻き上げられ、くるくると空に弧を描いていた。
からんとマルーシャの木刀が落ちると同時に、騎士娘は鋭く残りの二人を見る。
「次っ!」
「く……!」
互いに目配せしあって、残りの二人が一度に向かってくるが――
騎士娘は風の速さで身をかがめたかと思うと、二人のいかなる挙動よりも速く一刀を振り抜き、その胴をぱしぱしと軽く木刀の腹で叩いて、一秒後には何食わぬ顔で二人の背後に立っていた。
「っ……!」
呆然と声も出せないミハイラ達に代わり、周りで見ていた子達が、忘れていた声を取り戻したように「何今の!?」「スゴイ!」と口々に歓声を上げる。
汗一つかいていないミーリツァが、どこか「褒めてください」とでも言いたげな目で俺を見上げてくる。俺は軽く笑って彼女の肩をぽんと叩き、それからマルーシャ達に顔を向けた。
「わかった? 今の練度で魔物の前になんか出たら、最悪死ぬよ」
「……だけど、人気になれば魔法の力で……」
「そうかもしれない。だけど、今の君達じゃまだまだだ」
まだ何か言いたげな三人の顔をしっかり見て、俺は告げる。
「君達を人気のアイドルにする手段は俺が作る。その間に君達はまず身体を作れ。14歳の子から一本も取れないようで、どうやって魔物が斬れるっていうんだ?」
「……」
ここでも、三人を代表して食い下がってくるのはギャル風のマルーシャだった。
「ていうか、その子、子供の頃から訓練積んできた騎士なんでしょ? 敵うワケないって」
「そんな甘い考えでいられちゃ困るな」
俺は彼女の目を見てから、ミハイラとアイーダ、そして周りで見ている他のメンバー達のこともぐるりと見渡して、少し声のトーンを上げた。
「俺の見てきた異国の話だ。あるグループでトップの座を競い続けた二人の歌姫がいた。一人は7歳から子役をやってきた筋金入りの芸能エリート。一人はどこにでもいる内気な少女。どう、勝負にならないって思うか?」
俺が問いかけると、マルーシャは「そりゃあ……」と呟くように言った。
「……フツーに考えたらそうだけど、でも、実際トップを競ってたんでしょ?」
「ああ。その内気な少女は何も特別なものは持ってなかった。彼女の武器は、ひたすらに挫けないことだけだった」
その言葉に、マルーシャも他の子達もごくりと息を呑む。
「早くからグループの看板として取り立てられ、多くの批判を身に浴びながらも、彼女は一度も折れなかった。その心一つで、子役出身のライバルとも互角以上に渡り合い、遂には神をも超えたと言われるほどのアイドルになったんだ。……俺は、君達の誰にでも、そうなれるチャンスはあると信じてる」
再び皆を見渡して言うと、多くの子達がハッと目を見開いた。問題の三人もその例外ではなかった。
「望んでここに来た以上はお客様じゃない。俺も教官達も手加減はしない。オーディションに落ちた子達の悔しい顔を皆覚えてるだろう。それでも手を抜きたいヤツは、今すぐ出て行ってくれて構わない」
最後はちょっと胸を張って言い切ると、マルーシャ達はしゅんとなって、やがておずおずと口を開いた。
「……わかりました。ちゃんと訓練やります」
「わたしも」
「あたしもやりまぁす」
「素直でよろしい」
途中まで全然素直じゃなかったよねという突っ込みを誰かが入れたがる前に、俺は教官に「じゃあヨロシク」と告げ、きびすを返した。
少しして、再び響き始めたカンカンという木刀の音には、心なしか先程までより気合が乗っているように思えた。
「……閣下、先程のお話ですが……」
練兵場を後にして王宮へ戻る道すがら、騎士娘のやや控え目な声が隣から俺を呼ぶ。
「え? どの話?」
「異国の歌姫達のお話です。見てきたように話されましたが、閣下はどこか他国に駐在されていたご経験でも?」
「……あー。まあ、そんなとこかな?」
この姿の元になった大臣本人のことを、俺は未だによく知らない。
俺の変なごまかしに目ざとく気付いたのか、ミーリツァは「?」と不思議そうに首をかしげてくる。
「……なんだか、今の閣下は、どこか異なる世界からでもいらした方のようです」
「えっ! は、はは、ないでしょ、そんなおとぎ話みたいなことは」
「……いえ、いいんですよ、閣下がどこでその面妖な魔法の数々を手に入れられたのか、どうして人が変わったようにお茶目な方になられたのか……アイドルなるもののことを本当はどこで知られたのか……わたし達に言えない秘密を沢山抱えておいででも」
「……はは」
俺のヒヤヒヤものの内心を知ってか知らずか、彼女はすいっと真面目な顔で俺の目を見て言ってきた。
「確実なのは、閣下が助けて下さらなければ、姫様もわたしもあの時トロールに殺されていただろうということ。……あなたに付いていく理由は、それで十分です」
「……照れるって」
異世界秋○無双 ~俺のスキル「アイドルプロデューサー」が救国の切り札だった件~ 板野かも @itano_or_banno
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