第13話 幕間・初冬
「さりゅー、
オーディションから二週間ほどを経たある夜の夢の中。例によって真っ白な空間を
いつものようにギリシャ風の白いやつを纏った女神は、いつものようにエラそうな腕組みをし、いつものようにニマニマと俺の前で笑っている。
「アンタはいつ見ても楽しそうだな」
「んふふー、冬のボーナスがいっぱい貰えましたからねー」
「女神にボーナスとかあるんだ……」
「
「……じゃあ、俺がしくじったらアンタも査定下がるのかよ。なんかキュークツそうだなあ、女神にもなって上からの評価に一喜一憂する日々とかさ」
社畜だった頃の自分と重ねて、同情のつもりで俺は言ったが、女神は「いやいや」と笑顔のまま首を横に振った。
「好きなことを仕事にできて楽しいですよ? アットホームな職場ですし」
「それブラック企業の地雷求人に決まって書いてあるやつじゃん……。ていうか、そもそも女神って職業なのかよ」
「人と世界を繋ぐ、やりがいのあるお仕事なのですよ。えっへん」
どこまでマジか分からないことを上機嫌で述べながら、ロリ女神はえいっとばかりに何もない空間を指差す。ボワンと気の抜ける煙の音がして、俺達の目の前に「歌姫の世界」の光景が映し出された。
ステージにずらりと並び、魔法のマイクで順に自己紹介をしているのは、アヴローラとミーリツァにオーディションの合格者達を加えたオーセングラート・エイトミリオンの一期生達。つい先日、王都の中央広場で開催したお披露目イベントの一幕だ。
メンバー達の装いは、長袖の白いブラウス風トップスに赤チェックのミニスカート、胸元にはスカートと同じ赤チェックの大きなリボン。原点回帰の極致ともいうべき、秋葉原エイトミリオンの最初期の劇場公演の衣装である。
「さっすが
「んー、まあ、半袖だと寒いと思って。生脚出した格好はまだ恥ずかしがる子も多いんだけどさ」
「恥ずかしがってるの承知で
女神がどこからともなくカップを差し出してきたので、俺は「じゃあ遠慮なく」と頷いて数本つまみ上げた。
異世界では大臣様として有難い暮らしをさせてもらっている俺だが、ジャンキーなスナック菓子なんてありつけないので、この塩と油の味が今は嬉しい。
「ひょれにひても、あひゃらぎひゃん」
じゃがりこをカリカリとかじりながら、女神が映像を指差す。
「女神のくせにお行儀悪いぞ」
「いやー、こんな短時間でここまで持っていくとはねー。わたしも鼻が高いってもんです」
ステージの上では、アヴローラを中心にずらっと横一列に散開したメンバー達が、俺がこの世界に持ち込んだ秋葉原エイトミリオンのバラード「花開く桜たち」を歌っているところだった。
フォーメーション移動を伴わず、その場で身体と腕を動かすだけの振り付け。振り自体は魔法で教えられるとはいえ、まだほとんど訓練も実践も積んでいない多くのメンバー達にはこれが精一杯。しかし、それでも彼女達は真剣に笑顔を振りまき、広場の人々もまた彼女達の熱唱に歓声で応えていた。
スラムを出て城下の宿舎に住み始めたドミニーカもいる。豪商令嬢のファイーナもいる。修道院上がりのミラナ=ヴィルシーナも、仕立て屋の娘のノンナ=レーチカも、誰もが各々の希望や野望に胸を膨らませ、季節外れの春色の歌詞を明るく紡いでいる――。
「一介のドルオタの分際でこんなに仕事が出来るなんて、わたしも思いませんでしたよっ」
「……いや、まあ、色んな偶然に助けられてだって。それに、何もかも完璧ってわけじゃないし」
実際、お披露目イベントは好評ではあったが、そこに至るまでには後悔もあった。
先日のオーディションで合格を出した22名の内、歌姫としての正式契約に至ったのは18名。抜けた子達を恨んでも仕方がないが、事前に都合が分かっていれば他の有望な子を合格させることもできたのに、と、悔やみ始めるとキリがない。
「まあまあ、安佛さん。人と人のことですから、どーしよーもないことだってありますよ」
当たり前のように俺の胸中を読み、女神はふふーんと後ろ手に上目遣いで俺の顔を見上げてきた。
「……うん、まあ、わかってるけどさ。現世のグループだって、合格者全員が加入してくれるわけじゃないし」
「わかっちゃいても、自分が運営する側になると結構こたえる、ですか? ふっふん、気持ちはわかりますよー、ウチの業界でもよくありますからねー」
「業界って」
「せっかく生き返らせて異世界に転移させてあげても、すぐ魔物に食べられてこっちに戻ってきちゃう人とか」
「あー、それは可哀想」
「世界の救い手として送り込んだのに、なんか闇落ちしてワルモノになっちゃう人とか」
「それは女神側の人選かケアに問題があるんじゃ……」
「一番こたえるのは、転移先でホームシックになって死なれちゃうパターンらしいですねー」
「コワイなそれ! そんなことあるの!?」
「ふっふっ、ご安心を! わたしの担当する案件では未だに一度もその手のアクシデントは起きておりませんっ」
「いや、アンタ俺が初めての案件だろ?」
雑なボケに雑に突っ込みながら、ふと俺は現世の記憶に思いを馳せる。
ホームシック……か。独身で社畜だった俺には帰りたい場所なんてないけど、エイトミリオンのメンバー達の姿をもうずっと見てないのは寂しいな……。
次のシングルももう発表されてるかもしれないし、時期的にそろそろ年末の紅白やレコ
「……なあ、こうやってあっちの世界のことが映せるんならさ、俺の元いた世界もこっから見れるの?」
「そりゃ見れますよ? 見えなきゃ女神の仕事できないじゃないですか」
「だったらさ」
ちょっと期待して言いかけた俺の言葉は、女神のびしっと突き出してくる人差し指に遮られた。
「だーけど、元いた世界のことを教えてって言うのはナシですよ? あなたはもう死んじゃって、あの世界には存在しない人になったんですから」
「……そっか。そうだよな」
「わたしも天上界の掟がありますからねー。瀬戸内の新公演がどうなるのかも、板橋
「どっちかっていうと板橋より
「いやー、あの人は30歳くらいまで居るんじゃないです? あ、これ現世の情報じゃなくて、わたしの勝手なコメントですからね」
わかっていたことではあるが、具体的な名前が出るたび、俺の心には虚しさが差し込むようだった。
名前の挙がった古参達が卒業しても、エイトミリオングループの歴史は途絶えることなく続いていくのだろうが……その行方をもう自分は見届けることができないと思うと、たまらなく寂しい。
「いやいや、寂しがってるようじゃダメですよ、安佛さん。たまにわたしとエイトミリオンのお話ができるだけでもありがたいと思わなきゃ」
「……ああ。それは正直マジでありがたいわ」
「くすくす。だから転移者のアフターケアは大事なのです。現世シックでダメになっちゃう人多いですからねえ」
最後のじゃがりこを俺の口にぐいっと突っ込み、女神は続ける。
「まあ、最近のわたし達が、夢も希望もないまま死んじゃった社畜ばっかり転移者に選ぶのはそういうことなんですけど……あなたみたいな重度のキモオタは、お仕事や家庭への執着はなくても趣味への執着がありますからねー。だから、せめて転移先の世界でもそれを活かせるような使命を授けようって、我々も色々考えてるわけですよ」
「……執着、か」
まだ流れ続けている今の俺の世界の映像を眺め、俺はその言葉をじゃがりこと一緒に噛み締めた。
王都やその周辺の色々な街から集まってくれた、年齢も境遇も様々な少女達。あの子達もそれぞれ前の生活への執着があるだろうに、それでも自ら望んでこの未知の世界に飛び込んでくれている……。
「……それを支えるのが、俺の仕事なんだよな」
「そうですよー。わたしが安佛さんにこうしてあげてるみたいにね、あなたもあなたの大事なメンバー達に寄り添ってあげてください。ただし、手は出しちゃダメですよ」
「わかってるって」
カラになったじゃがりこのカップをぽーんと俺に放り、ロリ女神はふふっと優しく笑ってきた。
それを受け取り、俺は頷く。……この何の変哲もないスナック菓子が、エイトミリオンの活躍を描いた現世の漫画の中で、メンバー達とプロデューサーの関係を表す小道具として使われていたことも俺はちゃんと知っている。
「ではでは、引き続き頑張ってくださいっ、安佛プロデューサー! わたしはカワイコちゃん達のパンチラに期待して見守っててあげまーす!」
「最低だなアンタ! 黒パンちゃんと穿かせてるって!」
ふわーっと天に昇っていく女神を怒声で見送りつつ、俺はじゃがりこのカップを握りしめ、決意を新たにした。
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