十一の月と三十日目
国王 ウェリアム三世・エスカタガス
月の最後の日は、娘のノシェと茶会を開く。テーブルを挟んで向かい同士に顔を合わせて話すのは、この機会しかない。
ノシェは、私がきっかけの呪いによって、一人と頻繁に会い、会話をするのが苦手だった。父親である私と会うのも、数が自然と少なくなる。この日は、いつも喜ばしくも、心苦しさも抱く、複雑な気持ちで迎えていた。
新しい輸入先からの紅茶をチーズ入りのマフィンを茶菓子に、世間話に花を咲かす。とはいっても、ノシェは主に聞き役だ。私の方が、いつも自分の身の回りのことを話す。
話題は、二十四日目に現れた化物のことになった。あれから明日で七日が経つが、まだ警戒態勢を敷いておくべきかどうか、悩ましいと吐露すると、ノシェは「あれはもう大丈夫だと思う」と返した。
三日目に入国した旅人のことを、ノシェは話した。その二人は、ある怪物から故郷を追われて、旅をしていた。そして、二人はノシェも知らない景色や風習を見てきたと話していたことから、これまで異世界を旅してきたのではないかと予想していた。
旅人たちが突如町を出て行った直後に、その化物は現れた。その化物から、この世界には存在しない魔力の反応があったことから、化物も異世界から現れ、先に別世界へ逃げていった旅人たちを追いかけて、去ったのではないか。ノシェは、そう考えていると話した。
私は驚きながらも、安堵も感じていた。それならば、まちに危険が及ぶことはないだろう。しかし、ノシェの表情は暗い。
「ジェーンとアルベルトは、今も、その怪物から逃げ続けているのでしょう」――彼女は、一度話しただけの二人を、今も案じている。私は、胸が衝かれた思いがした。
「この呪いが無かったら、と、考えたことはないか?」今まで、恐ろしくて、聞くことが出来なかった言葉が口から出た。知らないことを知ることは、世界を広げるとともに、自身が傷つくことも多い。私は、娘の心が、悲鳴を上げているよう感じた。
しかし、ノシェは笑ってくれた。曇りのない顔に、私は息を呑んだ。
「もう、決まってしまった運命を嘆く必要はないわ。今は、この試練の中で、自分が何を見つけるのかを、大切にしたいの」
私は、不思議と自分も救われた気がしていた。そうか、もう悔やまなくてもいいのか。得心が行くとともに、目の前が明るくなった心地がする。
今まで、私は日記を書くことをしなかった。ノシェに、自身の後悔を見せるのを恐れていた。だが、もうそれも必要ないだろう。
彼女は、知という大海原を行く小舟だ。私は、父として、娘が健やかに進めるよう、追い風を吹かせていく。
改めて、そう誓う夜となった。
おわり
***
メモ
まさか、お父様の日記が届いているなんて思いもしなくて、読むのが後回しになってしまった。私は、見るのは怖いものを先送りにしてしまう癖がある。
でも、今は読めて良かったと思っている。たくさんの人に愛されて、立派に務めを果たし、万民の声を聞いてくれる国王。それも、私にとっては、たった一人の父なんだと、感じ取れる日記だった。
私は、まだ子供だ。そしてこの世界も、どんどん大きく広がっていくだろう。
まちのみんなの言葉を読みながら、その生活や心に寄り添いながら、どんなに小さな声も拾って、みんなと一緒に新しい世界を見ていきたい。日付の変わった十二の月、たくさんの日記を眺めながらそう思う。
そして、ジェーンとアルベルト。あなたたちはどこにいるのかな?
二人が化物に追われているという仮説は、私が一番外れていてほしいと思っている。だけどそれが本当だったら……逃げて、逃げて、逃げ続けて、二人が幸せになれる場所へ、辿り着いてほしいと祈っている。
ノシェ
きょうを読むひと 夢月七海 @yumetuki-773
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