最終話 見えるふたり
自分も『見える人間』だという
もし燿が、日登世の違和感を誤魔化したりはぐらかしたりするようなら、もう彼を信じることができなくなるかもしれないと思っていたから。
「そうなんだ」
「あれ。反応薄くない? もしかしてこれも見えてた?」
「ううん。十分驚いてる。ヨウちゃんにはなにが見えるの」
「人の感情っていうか、オーラっていうか、心のカタチ……? なんだろう。説明がむずかしいんだけど、たとえば……」
言葉を途切れさせて数秒。明るい茶色の瞳が日登世の輪郭をなぞるように動く。
「驚きはあるけど、それよりも安心のほうが強い……? そっか。ヒトちゃん、はぐらかされるの嫌いだもんな」
「あたりまえじゃん。そんなの好きな人いるの?」
「はは。それもそうか。ま、こんな感じ。全神経集中させないといけないからすごい疲れるんだけど、体力満タンならある程度は思考を読むこともできる」
なるほど。日登世の異変に敏感だったわけだ。
「それはいつから? 生まれつき?」
「どうかな。わからないけど、気がついたのは三、四年まえだよ。ほら、ヒトちゃんがひきこもるようになってから、一時期ほとんど口もきかなくなっただろ」
「誰かが呪いのハイブリッドとかいうから」
「……根に持ってる?」
「べつに」
「持ってるんだね」
悪気はなかったんだよと苦笑して、でもそれがきっかけだったのだと語る。
どうにかすこしでも日登世の気持ちがわからないものかとそればかり考えていたら、あるとき日登世のまわりに見たことがないモノが漂っていた。
色のついた空気のような、煙のような、半透明のストールのような、色や質感などこれまで目にしたことがないモノだった。それは日登世に限定されたモノではなく、相手のことを知ろうと集中すれば、赤の他人を対象にしても見えるようになったらしい。
ただ異常に体力を消耗してしまうので、一日につき最長でも一時間まで、対象も一日ひとりだけときめて観察してみることにしたのだとか。
やがて、どうやら対象の感情によって色やカタチが変化するらしいということがわかり、さらにうまく波長をあわせることができれば、その思考を読むことも可能なのだとわかった。集中すればするほど精度が高くなるらしい。
「なんかズルい」
「え、なにが」
「だってそれ、見るか見ないかヨウちゃん自分できめられるんでしょ」
「あぁ、うん、まあそうだね」
「ズルい」
「いや、そういわれても。でもよかった」
「なにが」
「隠すつもりはなかったけど、感情が見えるとか思考が読めるとか、やっぱり気持ち悪がられるんじゃないかって、なかなかいいだせなかったから」
やはり自分は、この幼なじみのことをまるで見ていなかったのだと思い知らされたような気がした。異能の力を持ってしまった不安や孤独感は、誰より日登世が知っている。
不安でないはずがない。それでも燿は、変わらず日登世を支えようとしてくれていたのだ。能天気な顔をして、バカみたいに明るく。
なにが繊細さとは無縁だ。
この人はいつから、こんなにも強くなったのだろう。
日登世も立ちあがらなければならないときがきているのかもしれない。
これからは、ひきこもっているだけでは防げなくなる可能性が出てきた。
なにより『きょう読み』の力は日登世の問題だ。
呪いであろうがなかろうが、この力とつきあっていかなければならないのは日登世自身である。
「それで、どう? 記録、読ませてくれる気になった?」
人にたすけてもらうにも勇気が必要なのだと、日登世は今はじめて実感した。
自分の運命に巻きこんでしまうかもしれない恐怖。弱さをゆだねる不安。
差しのべられた手をとるかとらないか、きめるのはやはり日登世自身なのだ。
「わかった。でも今回みたいに、ヨウちゃんにかかわることが見えることもあるから」
「うん。ある程度書きためてもらって、おわったものから読ませてくれればいいよ」
この力がどこからきたのか。先祖たちのように狂死するような未来は避けたいところだが、戦うにしろ共存するにしろ、まずは知るところからはじめなくてはならない。
もう逃げるのはやめだ。
きょう読みの力からも。
燿からも。そして、自分自身からも。
この先、自分にできることはなんでもしようと日登世は心に誓う。
そうしたら、知っているようで知らないこの幼なじみのことも、すこしはわかるようになるだろうか。
燿と日登世。
見えるモノはちがうけれど、ふつうの人間には見えないものが見えるという点では共通している。
そこに意味はあるのか、ただの偶然なのか。
まだなにもわからない。
知るための今日を。
生きるための今日を。
今、ここからはじめる。
そのためにも。
「とりあえず、骨折はやく治して」
「そんな無茶な」
「治して」
「が、がんばります」
(了)
きょうを読むひと 野森ちえこ @nono_chie
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます