きょうを読むひと
新巻へもん
余計なお世話なんだけど
「んー。今日は止めた方がいいんじゃないかな。お姉さん」
シャワーを浴びて勝負下着を身につけ、念入りにお化粧をして、いざ出かけようと玄関に立った時だった。はあ、とため息が出る。振り返るともう11月だというのに短パンTシャツ姿の
可愛らしい顔立ちで上目遣いに私のことを見ている少年は一見天使のようだ。実際髪の毛もつやつやでダウンライトを浴びて天使の輪ができている。しかし、見た目に騙されてはいけない。小学校6年生ではあるが、中身は実年齢の2倍以上を生きている知能がある。
「ねえ。ライト。これから私は合コンなの。しかも、医者や弁護士、粒よりの相手が揃ってる」
「そうなんだ」
「ええ。そうなの。あなた達の面倒で超忙しい私が半年ぶりに参加する。この意味は分かるわよね」
「玉の輿狙いってやつだよね。でもさ、お姉さん。一応僕ら特殊能力者の管理官でしょ。一応はエリートって立場だよね? そんなにがっつかなくても」
私はチラリと左腕に視線を落とす。まだ時間はある。被保護者でもあるライトとの会話を打ち切るにはまだ早い。
「そうね。でも表向きは保険会社の営業ってことになってるし」
「知ってるよ」
「お給料だって、そんなに貰ってるわけじゃない」
「でもその時計、10万はするよね」
分不相応なものを持っていると非難されたように感じてイライラ感が募る。
「そう。いいこと、相手の持ち物の値段を言うのはあまり行儀がいいものじゃないわ。覚えておいた方がいいわよ」
ライトの顔を見てもどこ吹く風といった感じだ。
声が自然と大きくなる。
「それに、この時計はストレスに耐えてお仕事をしている自分へのご褒美なの。文句を言われる筋合いはないわ」
「そうなんだ」
「えーえ。そうよ。他のチームの管理官から私が何と呼ばれてるか知ってる? 飼育員よ、飼育員。他のチームが活躍してる中で、のほほんと遊んでる動物のお世話係ってわけ」
「そういう発言は良くないんじゃないかな」
「何がよ」
「まるで僕が人じゃないみたいじゃないか。いくら特殊能力者だからって、それは酷いよ。まあ、他のメンツがサル以下ってのには同意するけど」
ライトは心底傷ついたような顔をする。
「私にそんな顔をしたって無駄よ。対物ライフルを弾くぐらい面の皮が厚いくせに」
あはは、とライトは笑った。私はその顔を睨む。
「あんた達もさ、少しは皆の役にたとうって気は無いの? 国に衣食住の面倒見てもらってるんだから」
「はっきり言うね。でも僕はお姉さんのそういうとこ嫌いじゃないよ。でも、別に面倒見てくれって頼んだわけじゃないし、それに好き好んで特殊能力者になったわけじゃない。まあ、お姉さんも可哀そうだと思うよ。僕ら
ライトは肩をすくめる。
「僕だってどうせなら、サイコキネシスとか、テレポーテーションとか、そういう派手な能力持ちだと良かったんだけどね。まあ仕方ない。それで、僕とお姉さんは運命共同体だから言うんだけど、今日は家にいた方がいい。本当だよ」
私はライトの顔をまじまじと見た。
「あ、勝手にお姉さんを占ったのは悪いと思ってる。そういうのはやめて、って言われてたたのもちゃんと覚えてるし。でも……」
「なんなの? いいわ、はっきりと言って」
「凶も凶。大凶だよ。お姉さんはたぶん死ぬ」
私はハイヒールを脱いで廊下に上がり、床に座り込んだ。片手で顔を覆う。どうしてこうなるの?
「なんで? 頭の上に人工衛星でも落ちてくるの?」
「今分かるのはとても不幸になるってことだけ。知ってるでしょ。僕は見た人が不幸になるかがわかる。そして、集中することで断片的に今日どうなるかを読めるんだ。えーとね、お姉さんは合コンで出会った男性と意気投合して、みんなと別れて二人だけで別のお店に出かけるみたい。そして、最後に感じるのはお姉さんの恐怖と苦痛、それに血走った男の顔がぼんやりと」
青白い顔をしたライトを見て私は大きく息を吐く。
「出かけなかったら?」
「お姉さんに悪いことは起きないと思う。きっとピザでも頼んで、愚痴をいいながらビールで流し込んで、恋愛ドラマの配信でも見るんじゃないかな」
「事件はどうなるの?」
「そんなの分からないよ。僕の知らない人ばかりだし、側にいないんだから。2番目に気に入った相手を手にかけるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。どっちにしても僕には関係ないし興味もない」
私はハンドバッグから電話を取り出すと友人に仕事で合コンに参加できなくなったことを詫びるメッセージを送る。そして、乙三班の管理官である里中に電話をかけた。気障で大嫌いな男だが、里中のチームにはサイコメトリーの能力持ちが居る。
「りょうかーい。うちに任せておきなって。そうそう、今度、一緒に……」
途中で通話を終了し、よいしょと立ち上がった。本当はライトを抱きしめてやりたい。頭脳は大人でも心は子供のままだ。私の未来を読むのは相当苦痛だっただろう。だが、ライトは子供扱いされることを一番嫌う。その次に嫌いなのは名前を呼び間違えられること。
私は自室に戻り無駄になった身支度をはぎ取るとジャージを履き、ダサセーターを着る。リビングに顔を出すとライトは床に寝そべって携帯ゲーム機で遊んでいた。
「出前、寿司取ろうと思うんだけど?」
ライトは顔を上げる。
「僕は特上ね。あ、ウニ抜いて他のに替えてもらって。それと、海苔の味噌汁つけてよ」
言いたいことだけ言うとさっさとゲームに戻った。ライトの鼻歌を背に冷蔵庫に向かい扉を開ける。ずらりと並んだビールを一本取った。プシ。一口喉に放り込むと、私はなじみの寿司屋に電話をかけた。
きょうを読むひと 新巻へもん @shakesama
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