後編

 優子さんと水川部長、いいえ、あなたと敦さんが別れたことを知ったのは本当に偶然でした。あなたの顔が過ると未だに彼のことを水川部長と呼んでしまいそうになります。大学を卒業してもう五年も経つのに可笑しいですね。こうして文字を打ちながらあなたを思い出す時、どうしても先日の喫茶店でのやつれた顔のあなたではなく、きらびやかだった学生時代のあなたのことが浮かびます。私が憧れていた頃のあなたです。


 あなたと別れたばかりで独り身だった彼に、私は積極的にアプローチをしました。あの頃憧れたあなたのように。大学を卒業してからも、相変わらず引込み思案なままだった自分を変えたいと思ったのかも知れません。その甲斐あって彼と結ばれることになったのです。彼からプロポーズされた時は涙が溢れて止まりませんでした。学生時代にはまさか自分が彼の人生の伴侶になれるだなんて思ってもみなかったのですから。皮肉ではなく、あなたにも純粋に感謝しました。学生時代のあなたの姿が、意気地のない私を奮い立たせてくれたのだと。少なくとも、あの時はそう思えたのです。


 優子さん。いいえ。書き始めた当初はこのまま偽名を使って終わらせようかとも考えていましたが、そのことに私自身耐えられそうにありません。あなたも既に気付いているかと思います。私があなたに何を伝えようとしているのかを。


 ねえ、奏美かなみ


 先日敦さんが倒れました。


 喫茶店で奏美と再会してから一ヶ月後のことです。


 あの日、あなたは私にこう訊ねました。


『敦は元気にしてる?』と。


 あれは敦さんが身体に変調をきたしていないか確認するための質問だったのですね。


 私と敦さんがお付き合いを始めて一年ほど経った頃、急に体力の衰えを感じるようになったと彼が言っていたのを思い出します。もうすぐ三十歳を迎える彼に、もうおじさんなんだから仕方ないよと私が言って、二人で笑ったのを覚えています。あの時にはもうとっくに彼の身体は病魔に蝕まれていたのですね。どうしてあの時気付いてあげられなかったのだろうと、悔やんでも悔やみきれません。


 ねえ、奏美?


 あなたは大学時代に援助交際をしていましたね?


 先日、大学時代のサークルの先輩にお会いした際訊きました。


 自分が援助交際の相手から病気を感染うつされたということをずっと敦さんに隠していましたね?


 それがセックスで他人に感染して一度罹ると二度と治らない病気だって勿論知ったうえで隠していましたよね?


 もし敦さんと結婚したら病気のことを隠し通す自信がなかったから突然彼を振ったのでしょうか?


 どうして自分がその病気に罹っていて敦さんにも感染うつっているかも知れないと打ち明けられなかったのでしょうか?


 もっと早くに分かっていれば敦さんの病気も薬で抑えられたかも知れないのに。


 敦さんが病床に伏したのは奏美のせいです。


 あなたが売春相手から貰った病気を敦さんに感染うつしたのです。


 もちろん敦さんと何度も枕を共にしている私にも。


 それだけではなく、もしかしたら、今私のお腹の中に居るこの子にも。


 現代の医学を以てしても、子供に感染する確率はゼロではないとお医者様に言われました。それに、おそらく敦さんを助けることはもう難しいとも言われました。


 幸せになる筈だったのに。

 

 敦さんとお腹の子と三人で幸せな家庭を築こうって。


 話しあったばかりだったのに。


 お前のせいでそれももう叶わない。






 お前のせいで。






 お前のせいで







 お前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでおまえのせいだおまえのせいjfをgめいがいんゔぁいじrksdlkfjころすtあい:wfmけl


















 パソコンで文章を打つのは難しいですね。


 気が高ぶると自分でも何を打っているのか分からなくなってしまいます。


 落ち着いた今、上記の文面を見て思わず苦笑してしまいました。


 ブラインドタッチができるように練習していれば良かったと、今は反省しています。


 それでも、やっぱり私にはこうしてスマートフォンで打つ方が合っているんだなあと実感しています。


 上記のタイプミスはそのままにしておきますね。


 そのほうが奏美も、あなたらしい、と笑ってくれそうですから。


 奏美に一つ教えることがあります。


 駐車場に現れたという中年男性は、奏美が援助交際していた相手の一人です。気付きませんでしたか? 援助交際で見境なく何人もの汚いナニをしゃぶってきた奏美のことですから、覚えていないとしても仕方ないですよね。


 奏美、その相手のことを写真に撮って強請っていたそうですね? 自分との関係を家族にバラすと。あの時、駐車場であなたのことをその方が写真に撮ったのは、あなたがやったことを思い出させたかったからだそうです。愚かですね。あなたも。その方も。


 私は知っています。強請られていた本人に直接訊きましたから。その人は奏美に強請られて全財産を奪われたことが原因で破産したそうです。結局それが原因で離婚をし、数ヶ月前についに一人寂しく病気で亡くなってしまったそうですよ。それがアパートの駐車場に居た男の正体です。ちなみに奏美に病気を移したのもその男だそうです。奏美に移したということは、間接的に私たち家族の病気もその男が原因ですよね。そう思うと殺してやりたい衝動に駆られそうになりますが、残念ながらそれを叶えることはできません。


 どうして私がそんなことを知っているか気になりますよね。


 喫茶店から付いて来てしまったそうです。


 その男が。


 私に。


 こういう場合、憑いてきたと書いたほうが正しいのかも知れませんね。波長というのでしょうか? そういう類のものが私と合ってしまったそうです。憑いてきた本人が教えてくれました。いい迷惑ですよね。

 



 最後にもう少しだけ。


 奏美が書くよう勧めてくれたこのホラー小説、読んだら是非後で感想を聞かせてくださいね。コメントは要りません。直接教えてくれれば良いのですから。








 本当に良い場所なんですね。


 奏美の言ったとおり、はしゃぐ子どもたちが公園にはたくさん居ますね。私もこんな素敵な場所で読書をしてみたいものです。


 今ちょうど奏美の住むアパートに着いたところです。もちろん奏美が駐車場で見た男の方も一緒です。このお話を読んで昔の愚行を思い出すことで、今度からはあなたにもこの方がはっきりと見えるようになるかと思います。だから奏美に返しますね。奏美のことを殺したいんだそうです。私に言わなくてもちゃんと本人に言えばいいのに。やっぱり迷惑な方ですね。そう思うとこの方も死んで当然だったのかも知れませんね。


 今から投稿ボタンを押します。そのあとでチャイムを鳴らしますから。ドアを開けてくださいね。


 じゃあ、またあとでクソビッチ。


 ちゃんと死んでね?

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ちゃんと死んでね? nikata @nikata

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