花うさぎ事件
空中に身を投げ出される。
イアは右の掌を下へ向け少し魔力を送る。
風が上向きに上がり、体がふんわりと地面へ落ちた。
革靴の先が地面へ着くとスムーズに歩き出す。
ヒラヒラと落ちるのは赤い花弁で、それは今の状態を表しているのだろう。
「………教会の方か。いや、…それにしては魔力が弱い?」
イアは目を閉じ意識を集中させる。
こればかりは素質、と言うのが1番手っとり早い。
魔力の感じ方は人それぞれ違うのだろうがイアの場合は波紋のように感じられるらしい。
波が経つように、魔力が強い方に寄せられてゆく。
その感覚は並大抵の人では耐えられない。
革靴を鳴らし、くるり方向を変える。
「生徒会長だから。」そんな理由はきっと今の状況では対して関係ないだろう。
まだ学生である彼は他の学生と同じようにそれ程戦闘実績がある訳では無い。
魔力の扱いや魔法の能力は人並み外れた数値であるのは確かであった。
本当は他の生徒と同じように逃げたって誰も怒らないが、責任感と彼の性格上放ってなんておけない。
「煙の匂い…炎、ボクは相性が悪いな。」
そう呟くと同時に、背後から大きな魔力を感じる。
背筋が凍るような……。
振り向こうとすると同時に後ろから甲高い悲鳴が聞こえた。
「っうぁああ、逃げて…ぇ……!!!」
「…下、かっ…!」
足元に赤い影が見える、これは魔物の類だろうか。
冷静にイアは片手を地面へ突き出す。
手のひらから現れた太い茨は手首に巻き付きながらぐんぐんと伸び、イアの体を浮かせた。
空中から見下ろしてぞっとする。
"ロギサクア"だ。
炎を吐く蛇、…本当はトカゲ。
細長い手があるのが特徴で、触れれば爛れそのあとは消えないことで有名だ。
ただ、なんでこんなところにいる?
学園の中に魔物が出るなんて滅多に…少なくともイアが在学中にはなかった。
「触れない…ボクの魔法は燃やされてしまう。」
相性の悪い戦いだった。
他の相性のいい魔法の持ち主が来てくれれば、勝ち目はあるだろうがこの場には悲鳴の持ち主とイアの二人しかいなかった。
例えば。
この場に突然、大雨が降れば。
竜巻が怒れば、スコールが訪れれば。
「…不可能じゃ、ないね。」
伸びた茨の上でバランスをとる、ひらひらと花弁が落ちては燃えた。
遠くに白い影が見えた。
さっきの悲鳴の持ち主だろうか?
茨を伝ってロギサクアがこちらへ向かってくるのが見えた。
時期に炎も到達するだろう。
イアは右手を強く握りしめては絞り出すように遠い地面へ向ける。
それから人差し指を勢いよく伸ばし、叫んだ。
「突き刺せ、開け…!!!」
声と同時に先の尖った茨が地面へ勢い良く伸びる。
大きなとげがドリルのように地面を引き裂き、砂埃が舞う。
その瞬間だった。
一瞬の後に、地面から水が吹き出てくる。
それは伝えうようにロギサクアへ向かい、彼の纏う炎を消していく。
空中に放り出されたイアの体はゆっくりと宙を描きながら地面へ落ちていった。
後に彼の友人である少女が言った言葉を先にお伝えするならば、イアという人間は「才能と人望には恵まれたが、恐ろしい程のバカであり自己犠牲の激しいやつだ。」という事である。
つまりは終わった後の自分の逃げ道をすっかり忘れていたのだ。
「……い、今…築くときの…民よ…っ!……お願い、あの人を…誰か、助けて……っ!」
少女が両手を合わせてそう叫んだ。
その声は確かにイアにも聞こえていたのだろう。
空中をくるくると回りながら落ちていく彼は、慌てて右手を伸ばす。
彼の手のひらからあふれた花弁は、何層にもなって舞い降りあたり一面を染めた。
ぼふっ、と聞こえてきそうな程勢いよく落ちた体は自身が生み出した花の海の中に落ちなんとか間に合ったようだった。
それと同時にポフポフと小さな音と同時に白いけむくじゃらが彼の周りに落ちてくる。
「……なんでうさぎ…?」
彼が大慌てで花を量産したのは、自身守ろうとしたわけではなく。
きっとこのうさぎ達を守るためだったのだろう。
と…は、この学園の者はだれも知らないままだ。
この、一面を覆う大量の花びらとウサギの大群が後にこの事件が「花うさぎ事件」と呼ばれる理由となるのである。
学園イチの人気者は誰かに愛される夢を見たかった ころ音。 @korone1114
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