第4話

 漱真が着席した事で重い雰囲気が漂うテーブルに、瑛玲菜の明るい声が通る。

 

「じゃあ、まずは自己紹介から! 私はもうしたから菫恋ちゃんからどうぞ!」

 

「え? ……いや、花咲菫恋はなさきすみれです。……この前ぶりですね」

 

「おい九条、こいつ曙陽の生徒だろ。なんで連れて来た」

 

 菫恋の隣に座っていた目つきの鋭い男子生徒、氷堂司ひょうどうつかさが瑛玲菜を睨みながら責め立てる。漱真は制服姿ではないが初日の事を瑛玲菜の隣に座っている成瀬志音なるせしおんが話していたのだ。初日に漱真と話していた瑛玲菜達を遠巻きに見つめていたのが志音だった。当の志音は苛立ったように足を揺すり露骨に漱真を視界に入れない。

 

「まあまあ、落ち着いてよ氷堂くん。漱真くんは悪い人じゃないって。菫恋と蛍里もそう思うでしょ? ね?」

 

 菫恋は控えめに頷き、蛍里は漱真と志音の間で視線を彷徨わせて、結局肯定も否定もせずにただ縮こまる。それを見た司はため息を吐いて呆れた様に首を振る。

 

「ダメだ。……お前達は昨日今日程度の付き合いだろう。こんな時に信用できない奴は側に置くべきじゃない。九条、お前ならそれくらい分かるだろう」

 

 瑛玲菜が口を開こうとしたのを見て漱真は席を立つ。

 

「悪かったよ、いや、悪気があった訳じゃないんだけどさ……その人の言う通りだし、誘ってくれてありがとう九条さん」

 

 これ以上揉める前に瑛玲菜の反応を待たず足早にその場を去る。

 

(はぁ……そこまで嫌われてんだな、うちの学校は……。俺も少し感じ悪かったかなぁ……はぁ)

 

 食堂で一番騒がしいのは曙陽高校の生徒が占領するテーブルだ。この場に大斗が居なければ食堂も地獄絵図となっていたに違いないが、大斗が他人に不用意に手を出す事を嫌う質なのは曙陽高校の生徒間では周知の事実なのだ。曙陽高校の粗暴な生徒達でも大斗を不興を買う事は避けていた。

 

 大斗の大きな笑い声や魔道具で明るく照らされた食堂に嫌気が差し、足を早めたまま食堂を出た。

 

 

 

「ちょっと氷堂くん! あんな言い方無いんじゃないの!?」

 

 漱真が去った後、瑛玲菜が食堂全体に響く程の怒声を上げていた。

 司に腹が立ったのもそうだが、去って行く漱真に声を掛けられなかった自分にも苛立っていた。

 

「当然の事だろう。あんな学校に通っている奴だ、トラブルの元になるに決まっている」

 

「ただ一緒の席に着くだけでしょう!? あなたのそういう無神経な所ほんっとうに嫌い!」

 

 瑛玲菜は最後とばかりに一際大きく怒鳴り、用意されていた料理を雑にもられた皿を持って大股で大きく足音を鳴らしながら食堂を出て行った。

 

 司達の席の雰囲気はより一層重く、怒声で注目を浴びたため他の者達の格好の的だ。周囲から聞こえるヒソヒソとした話し声に苛立った司がテーブルを思い切り拳で叩きつける。突然響き渡った低い打撃音に皆が会話を止め、食堂全体が静まり返った。

 だがその静寂を縫うように続く乾いた音に、司自身もその周囲にいた者全てが目を見開く。テーブルに叩きつけられた司の拳を中心として、放射状に氷が広がり始めていたのだ。

 

 一等星である司の持つ魔力が、感情の昂りによって漏れ出た結果だった。司が腕を上げようにも、氷でテーブルに固定されて動かせない。未だに広がり続ける氷はテーブルにある料理や皿も凍らせながらゆっくりと進む。

 

「そこから離れろ!」

 

 唖然としたまま動かない異世界人達を駆けつけた騎士達が押し除け、懐から銀色の液体が入った小瓶を取り出す。

 

「これを飲め! 吐き出すんじゃないぞ!」

 

 司の口に無理やり押しつけ液体を一息に流し込む。表情を大きく歪めた司の口を騎士が強く押さえながら、なんとか嚥下させた。

 それから数秒で氷の動きが止まり、騎士がナイフの柄で貼りついた拳周りの氷を砕いていく。司は先程までの怒りも忘れ動かせるようになった自身の拳を持ち上げ、呆然と見つめる事しか出来ない。

 

「これが……魔法……」

 

 そしてこの出来事が、この場に居た異世界人達に火をつける事になった。

 

 

 

 

 

 漱真は宿舎のロビーに備えられたソファーで横になっていた。宿舎は長い間使用されず埃が溜まり、多数ある個室が優先で清掃が進められた為、簡単な掃除で済まされたロビーはあまり清潔とは言えない。だがそれが今の漱真には居心地が良かった。

 

 薄暗いロビーの中、天井で光る魔道具の灯りをぼんやりと眺める。

 

「ッチ……めんどくせえな」

 

 胸の内で渦巻く様々な感情によって自然と愚痴が溢れた。

 

「何が面倒くさいの?」

 

 まさか返事が返ってくるとは思っていなかった漱真は思わず肩が跳ねる。起き上がって声のした方を見るとそこに居たのは追いかけて来た瑛玲菜だった。

 

「脅かすなよ……」

 

「ごめんごめん、そんな驚くなんて思ってなかったからさ。……ご飯食べれてないでしょ? これ持ってきたから一緒に食べよう?」

 

 瑛玲菜は手に持った料理が大量に盛られた皿を漱真の前にある机にそっと置く。

 

「有難いけどさ、友達はいいのか?」

 

「あー、いいのいいの。向こうはあたしが居なくても問題ないし」

 

「ふーん……ってこれ、全部肉か」

 

「仕方ないでしょ、急いでたんだから」

 

 漱真の横に瑛玲菜が腰掛け、肩を並べて一つの皿を二人でつつく。騒然とした食堂よりも明るい雰囲気で、たわいもない会話を続ける。

 

「菫恋と氷堂くんは一年の頃から付き合い始めてて、蛍里と成瀬くんは今年から婚約が決まったんだよ。親同士が勝手に決めちゃって蛍里は嫌がってるけど、成瀬くんは満更でもないみたいでね。……ここだけの話、蛍里は可愛い顔してるし気が弱いから勢いで浮気しちゃうんじゃないかってね、心配した成瀬くんが髪で顔を隠せって、それで蛍里は前髪伸ばしてるんだよ」

 

「きもいな、それ」

 

「ねっ! ほんとかわいそうなんだよ!」

 

 漱真は瑛玲菜の話に頷くばかりで自分の話はしないが会話が途切れる事は無かった。

 

「流石に喉渇いてきたな」

 

「ねー、お水持ってくるの忘れてたなあ」

 

 その後も2人は騎士に注意を受けるまで時間を忘れて話し込んだ。

 

 

 

 

 

「なあ、やっぱ相手がいないとやり辛いよ」

 

「うーん、そうだねぇ……もっと時間をかけるつもりだったけど、取り敢えず模擬戦でもしてみようか」

 

 転移から5日、屋内訓練場の地下にある特別訓練室で漱真とピートが武器の訓練に励んでいた。漱真は昨日と同じように槍を使っていた。

 基本的な持ち方や足捌き等、基礎は出来てはいたがその派生による流派の型は簡単なものでもぎこちなかった。

 

「じゃあソーマは床に刻まれた術陣から出ないようにね。その術陣の上にいる間は幻覚を見る事になるから、慌てず冷静に対処するように……っと、説明するより体験した方が早いからね」

 

 漱真を術陣に端に立たせ、ピートはその対角にしゃがみ手を術陣に当てる。

 

「それじゃあ魔力を流すよ。流し終わったら僕は避難するから遠慮なく動いてね」

 

 ピートが術陣に魔力を流すと術陣が青白く発光を始め、漱真の視界にも変化が起こり始めた。

 術陣の中心に薄らと緑色の影が見え始め、その影は次第に濃くなり人の形を取る。身長は漱真より高く180センチメートルを超え筋肉質な肉体に濃い緑色の肌、襤褸切れを腰に履き牙の剥きでた醜悪な顔、ホブゴブリンが姿を見せた。

 ホブゴブリンは右手に持つ鈍の長剣を床に叩きつけ嗄れた声を上げ漱真を威嚇する。漱真の耳にはその声も、叩きつけられた剣が発する音も確かに届いていた。

 

「魔法って何でもありかよ!」

 

「正しくは魔術だけどね」

 

 ホブゴブリンは漱真が混乱してる隙をついて地を蹴り一気に距離を詰める。それに対して漱真は未だ構えもとれずにいた。

 長剣の間合いまで詰められた漱真は咄嗟に柄を盾として振り上げられた長剣を受け止める。反射的に出した柄を通して剣が打ち付けられた感触が確かに腕まで響く。

 

「これ本当に幻覚なんだよな!?」

 

「間違いなく幻覚さ。斬った感覚や斬られた感覚は麻痺で再現されているらしいよ。試しに斬られてみるといいよ、痺れるけど痛みはないからさ」

 

「嫌に決まってるだろ!」

 

 衝撃はあったが想像していた膂力には遠く及ばない。肉体を比べれば間違いなくホブゴブリンの方が有利ではあるが、魔力の恩恵はそれを凌駕する。剣を何とか押し込もうとするあまり空いた胴体に向けて漱真が強烈な蹴りを見舞う。

 

(これは流石に痛えだろ……って、まじかよ……)

 

 人間であれば間違いなく効いたであろう感覚に漱真も一瞬気を緩めたが、数歩よろめいただけで再び向かって来るホブゴブリンを見て気を引き締める。

 

「ソーマ、覚悟だ! 殺す覚悟を持って力を込めるんだ!」

 

 漱真には既にピートの声は届いていなかった。これが幻覚であることも忘れ、その身体に殺意を滲ませながら槍を持つ手に力を漲らせる。ホブゴブリンの動きが緩慢に見える集中状態の中、長剣を振り上げ始めた所を狙って槍を投擲した。

 

「武器を手放しちゃダメだよ!」

 

 ピートの警告も虚しく、投擲された槍は直撃の寸前でホブゴブリンの頭の前で弾かれてしまう。だが漱真にはその動きも見えていた。

 一瞬だけ生まれた死角を縫うように、最早長剣も振れない距離まで詰めていた。ホブゴブリンが漱真の存在を視認した時には既に漱真の拳によって喉が潰されていた。衝撃によって首の骨までが折れ、仰向けに倒れた所でその形も薄れて消えていった。

 

「よし、上手くいったな」

 

「よしじゃないよ! 槍を手放しちゃうし、殆ど使ってないじゃないか!」

 

「でも上手くいっただろ?」

 

「それは、まあ……確かに、僕も驚いてるんだけどさ」

 

 ピートは漱真の身体の具合を聞き出し、これからの訓練内容を大きく変更する。そして特段気になっていた漱真の動体視力について問い質す。

 

「それにしてもソーマは随分と目が良いね」

 

「あぁ、なんかこっちに来てから良くなったんだよ。ゆっくり見え始めるっていうかさ……魔力の力なのか?」

 

「ゆっくり……? それはもしかしたら魔力が記憶した特性かもね……。という事は漱真の魔力は龍の神様の魔力かもしれないね。所謂龍眼ってやつさ」

 

「え? 記憶ってなんだ?」

 

「そういえばソーマは座学をサボってたね……」

 

 魔力は宿主に長く宿る事でその宿主の姿や特徴を記憶する。動物が人の形をした魔物へと変異した個体が出たのは魔力による影響が大きく、記憶を宿した魔力は新しい宿主にもその記憶の影響を与えるのだ。魔力が身体に馴染めば馴染むほど、その記憶はより強く宿主に影響を与える。

 

「漱真は魔力がよく馴染んでいるね。さっきも加減してしまう程コントロール出来ているし」

 

「コツとかあるのか?」

 

「ないね。心臓を意識して動かすなんて無理だろう? それと同じさ」

 

「ふーん…………っておい、俺このまま魔力が馴染めば、龍になるのか!?」

 

「そんな話聞いた事ないし、多分大丈夫だよ」

 

「多分かよ……」

 

 一抹の不安を抱えながらも、再度模擬戦形式で訓練が進められた。

 

 

 

 

 

 同時刻、屋外訓練場では桜成学園と曙陽高校の生徒達がそれぞれ別れて訓練を行なっていた。どちらの生徒達も食堂での一件で魔法への興味が高まっていた。曙陽高校の生徒達は我武者羅に身体を動かし、魔力を身体に馴染ませようとする一方で、桜成学園の生徒達、特に二等星以上の者達は騎士と学者の指導の下、魔法の行使を試していた。

 

「何故あの時は使えたのか……」

 

「定着させるのにもう少し時間が必要なのか……あるいは未だに薬の影響が残っているかですね」

 

 司は学者の言葉に小さく舌打ちをする。周囲でも魔法を扱えてる者はいない。体内の魔力、その能力を調べる事は不可能だった。故に効果的な訓練は誰にも分からない。

 抑も二等星以上の者達は生まれつき持った魔力を身体の成長と共に自覚し、自然とその扱い方に気付いていくもので、成人するまで気付かない者も居れば、物心つく頃には既に魔法を扱う者もいる。

 

 だが例外もあった。

 

「魔物……やる他ないか」

 

 魔物を討伐し自らの魔力を増やす事で、魔力への理解も深まるという。司は当然この世界について全てを理解しているわけではない。だが自らに与えられた力を腐らせておくつもりも到底なかった。

 

 司が魔物の討伐を願い出た事で、桜成学園の生徒達も司に続いた。

 そしてその事実は曙陽高校の生徒にも伝わり、討伐遠征の日程が決められるまでに至る。この遠征に参加する者達はそれまでに武器の扱いを学ぶ事となり、全ては国王ガーランドの思惑通りに進んでいた。

 

 

 

 秋泉高校の生徒達やその関係者によって食堂が埋まり、他の高校の生徒達が使用している時間と比べ一番の賑わいを見せていた。秋泉高校の関係者しかいない空間である事と、浅海涼楓の存在が大きい。

 

「ねえ涼楓さん、聞いた? 桜成と曙陽の人達、魔物を倒しにいくんだって。早い事魔法を使うためらしいよ」

 

 情報通の速水蒼空はやみそらの問いかけに、涼楓は興味なさげに答える。

 

「今知ったわ」

 

 涼楓がナイフとフォークを優雅に使って食事をする様も絵になっていた。

 

「はやみん、それって遠出になんの? だったら私も行ってみたいかもなあ……外の世界見てみたくない? ねえ涼楓」

 

 結川姫奈乃ゆいかわひなのも派手な見た目からは想像できない程綺麗に食事をとっていた。

 秋泉高校の生徒達も当然訓練には参加している。最早宿舎と訓練場との行き来の生活には新鮮味も薄れていた。未だ魔法を見ていない彼女らには、遠征に参加する者達の情熱は理解できない。

 

「そうね……ただ、私には必要ないわ」

 

「え? それってどういう——」

 

 涼楓はフォークを静かに置いて左手に持つナイフに手を翳す。すると突然ナイフが水に包まれ、ナイフに付いていたソースを綺麗に取って球となり、そのまま空中に浮く。

 

「だって魔法ならもう使えるもの」

 

 そのまま中に浮かせた水球をそこにあった汚れごと綺麗に消し去る。

 涼楓に注目していた者達全てが間抜けた表情のまま固まり、それを見た涼楓が小さく笑った。

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破滅のリリー ジェイソン @Jason-weapon

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