第3話

 転移から4日目、王城の敷地内にある騎士団用の屋外訓練場に曙陽高校の生徒150人余りが集まり騎士達の指導の下走り込みをしていた。魔力測定台には魔力を測定する以外に体内の魔力を自覚させる効果があるため、自身の魔力を自覚した彼等は急な身体能力の向上に身体を慣らす必要があった。通常であれば魔力が体内に多く内包されている時程身体能力は向上する。つまり魔術や魔法等の使用によって内包する魔力が減ると身体能力も下がるという事だ。

 

 その為二等星以上の者達も魔法には手をつけず、漱真もそこに参加していた。

 測定を受け漱真は一等星という結果が出ていた。それに特別な感情は抱かなかった。

 

 漱真は後ろを振り返って先頭集団から大きく離れている四等星以下の生徒達を見る。既に何度も周回を繰り返している為、脱落者も増えているようだった。それに比べて漱真含む先頭を走る者達は息が僅かに上がる程度で、そこに超えられない壁がある事を認識させられる。

 

「後ろの心配かー? 随分余裕そうだなあ漱真ー」

 

 轟大斗とどろきやまとが態々速度を落として漱真の横に並ぶ。

 平均的な身長に比べてその肉体は太く鍛え上げられ、後ろに流しているブラウンの髪も相まって大人びた印象を受ける。曙陽高校の頂点に君臨するだけあり、その存在感は同年代でもズバ抜けていた。他の生徒が真面目に走っているのは彼が走っている事が大きい、それだけのカリスマ性が大斗にはあった。

 

(本当こいつしつこいな……なんで俺に一々構うのか……)

 

 しかしそんな大斗に漱真はうんざりしていた。

 

「これだけ走れば十分だろ」

 

「確かにもう飽きてきたかもなー。……おーいお前ら! 走んのはやめだ、組手やろうぜ!」

 

 指導役の騎士を置いて勝手に指示を出し始める大斗に呆れるが、漱真にとっても都合がいい。そもそも戦争への協力は誰も手を挙げていないのだから、騎士の指導も必要がなかった。

 

 しかし異世界人である漱真達は行く宛も無ければこの世界の常識も知らない。漱真達は戦時中の為空いている騎士団用の宿舎に寝泊まりし、今着ている服も王国から支給された物だ。衣食住の対価に訓練をやらされるとしても、一先ず生きていくためには必要な事だった。

 

「漱真ー! お前もこっち来いよ!」

 

 疲れ伏していた生徒達も含め曙陽の生徒達が円を組み即席のリングとしていた。魔力を消費しない分、肉体の疲労の回復も早いのだ。

 

「あの、あれいいんですか?」

 

 彼等が組手と称してその実ただの殴り合いをしている事を知っていた漱真は、当然のように大斗の呼びかけを無視して一番近くに居た騎士に問いかけた。その事で他の生徒達から少なくない罵声が飛ぶが気にも留めない。

 

「やるなら武器の扱い方を学んで欲しいんだけどね……まあ、他の異世界人と比べたら積極的だし、むしろ有難いからね。やりすぎなきゃ今回は見逃すよ」

 

 漱真は騎士の放った武器という言葉に興味を惹かれた。

 

「武器って剣とかって事ですか?」

 

 途端に騎士の額に冷や汗が滲む。

 

「……今の聞かなかった事にしてくれない?」

 

 異世界人と王国の代表者達による交渉で戦争に協力する事は強制出来ない事になっている。この訓練も向上した身体能力に慣れる為と建前を立てているが、このまま時が流れれば何れ戦線は崩壊する。アルテール王国の王都にも戦禍が及ぶとなれば最早大陸に安住の地は無くなるだろう。

 

 王国側は、転移から間も無い異世界人にはレークレス大陸の危機は現実味が無いだろうが、敵が目前に迫れば力を持つ異世界人達も武器を手に取る他ないだろうと考えていた。衣食住を提供する事で恩を売り、それまでに異世界人達を鍛え上げる事が出来れば例え王都に敵が迫ろうとも勝ちは揺るがない。多大な犠牲が出る計画であっても、未熟だが確実に英雄の卵である異世界人を武力を持って強制する事は叶わない為、王国にも他に道がないのだ。

 

 幾らかの異世界人はこの建前に察しが付いているだろうが建前はそれとして突き通さなねばならない。本来武術を学ばせるのは先の予定で異世界人に話してはならなかった。

 

「教えてくれるんじゃないんですか?」

 

「あ、いや、俺に教わるより指南役に教わった方がいいだろうな」

 

「どこにいるんですか、その人。まあ、他の騎士さんに聞いてもいいんですけどね」

 

 漱真は武器を扱う事はこの世界で生きていく異世界人には必須である事に薄々勘付いていた。だがそれ以上に今すぐ大斗達から離れたい漱真は決して譲らない意志を見せた。

 

「…………分かった、ついて来い。…………はあ、後で団長に叱られそうだ」

 

 譲らない漱真に騎士は根負けする他なく、後に待つクレイの叱責を想像して自らの間抜けさに殆呆れた。

 

 

 

「ふーん、それでつい話してしまったと」

 

 騎士団の宿舎の隣に建てられた指南役用の住居を訪ねた漱真達は、その理由を説明していた。

 

「申し訳ございません……」

 

「まあいいさ、マークの間抜けはいつもの事だしね。……それでソーマだっけ? 君って確か一等星だよね。身体能力的に何でも振れるだろうし希望の武器はあるのかい?」

 

 漱真は指南役と聞いて壮年の男を想像していたが、現れたのは15歳にも満たないような容姿をした少年だった。深緑の髪はおかっぱに切られ低い身長により幼さに拍車がかかっているが、少年の赤い瞳には子供らしからぬ知的さが感じられた。

 漱真は少しばかり困惑したが、魔力という不思議な力がある世界だという事を考えれば可笑しな事ではないのかもしれないと無理やり納得した。

 

「特に何も……先生のお勧めで良いです」

 

「先生だなんてやめてくれよ、気安くピートって呼んでくれていいからさ。……それにしてもキミは僕のことを見ても何とも思わないのかい?」

 

「思ったより若い……とかですかね」

 

 漱真の言葉に緩んだピートの表情は年相応だった。

 

「キミ……いや、ソーマは面白いね。一等星だというのにさ……あ、ちなみに僕は六等星で力も無いから強くはないんだけどね、武術には一通り精通しているから教えるのは得意なんだ。……だから心配しないでくれよ?」

 

 一抹の不安を隠しながら苦笑して頷く。

 

「心配してないですよ」

 

 強いのかと思えば見た目の通りだと言うからこの世界では見た目では判断がつかない。漱真は自らの身体で魔力がどれだけ身体に影響を与えるかを実感している。等級が上がれば魔力量が増し、そこに性別や年齢の差は無いのだろうと考えていた。だがピートは六等星だ。どうして指南役に抜擢されたか興味があった。


ピートも漱真の視線の意図に気づく。

 

「あー、僕がどうやって指南役になったか気になるんだよね? 僕の兄が国民を対象にした武術大会で優勝してね、本当は兄が褒賞を受け取るべきなんだけど僕を指南役にって頼んだのさ……僕が指南役に憧れていたのを知っていたんだ。兄上なら騎士団長だって夢じゃないのにさ」

 

 国民の中から即戦力を集めようと大々的に武術大会が開かれた事がある。そこでピートの兄は圧倒的な戦績で優勝したにも関わらず褒賞は自身ではなく弟へと願い出たのだ。

 

「優しいんですね。一人っ子だから羨ましいです」

 

「ふふっ、まあね。自慢の兄さ。王都で書店をしているから時間が有れば行ってみるといいよ。……っと、こんな話をしている場合じゃないや。ソーマは午後から座学の時間だろう? 一応陛下の許可もいるしさ、明日また来てくれるかい?」

 

「そうします。じゃあ明日からよろしくお願いします」

 

「うん、こちらこそ。あと、次会う時はその堅苦しい口調はやめるようにね!」

 

 漱真は最後に軽く礼をして部屋を出る。案内役の騎士マークは、漱真の態度に感心していた。ピートは経緯は特殊だが確かに実力を認められて指南役となった。だが就任当初は等級が低く成人も迎えていないピートは特に実力のある騎士達に歓迎されずぞんざいな扱いを受けていた時期があった。個人の武勇が求められるアズトラルカではその指標である等級が最も重視され、その頂点である一等星は必然的に傲慢な者が多い。

 

 既にこの数日で異世界人の中にも一部が使用人に横暴な態度をとる者が現れ始め、今の所武器を帯同する騎士には下手に出てはいるがそれも時間の問題と言えた。故にピートやマークは漱真の態度は好印象だった。

 訓練場に戻る道の途中、マークは首だけで振り返って漱真に聞いた。

 

「なあ、ソーマは一等星なんだろ? 自分より等級が低い奴らの事どう思うんだ?」

 

 漱真は僅かに考えるそぶりを見せる。横暴な態度を取り始めた異世界人達も魔力を自覚した事で得た全能感に酔いしれ高圧的になっているに過ぎなかっただけで抑も等級を意識している訳ではないのだ。それは漱真も例外ではなく、マークの質問の意図が掴めなかった。

 

「……どう思うって、……え、何がですか?」

 

「何でもない。気にすんな」

 

 等級が重視される世界で生きて来たマークはそんな事情を察せるはずもなく、漱真に見えないよう前を向いて小さく笑みを溢した。

 

 

 

 

 

 500人以上が収容可能な講堂を異世界人達が埋め、壇上では魔力専門の学者が魔力についての講義を行なっていた。広い講堂だが魔術によって端まで声が届く。

 

「今日皆様に学んで頂くのは魔力についての常識ですが、何れも多くの魔力を宿す皆様には重要な事ですので分からないことがあれば挙手をしてから質問して下さい。ではまず——」

 

 漱真は隣に座りしきりに話しかけてくる大斗を無視しながら学者の言葉に耳を傾ける。

 

 ——魔力、その正体は神ですら知らず如何にして誕生したかも解っていないが、全ての生命の源であり魂を構成する一つの物質である事は確かだ。魔力は等しく命あるもの全てに宿り超常的な力を与え、特徴として長らく空気に晒されると魔素と呼ばれる物質に変化し力を失う。また、魔法や魔術の使用により消費された魔力も魔素へと変化し、魔素を呼吸等で体内に吸収する事で消費した体内魔力を回復する事ができる。生命に宿る事でしか魔力としての形を保てない為、宿主の死亡等により消費されずに空気中に晒されると近くの生命に吸収されるという特性がある。

 

 これにより生まれ持った魔力量の上限を上げることができるのだ。

 

「——つまり、自身の等級を上げることができる、そういう事ですね。これを昇級や昇格等と呼びます。……一等星に関してはそれ以上等級が上がったという事例は無いですがね……はい、どうぞ」

 

 最前列に座っていた花咲菫恋が挙手をしていた。

 

「その、等級……が上がった時って分かるんですか……?」

 

「あぁ、そうでしたね。等級が上がれば一目瞭然ですよ、魔術の使用で消費される魔力が青白く発光するのと同様に、体も光るんです。二等星以上の者は魔力の色が個人で違うので発光した時の色は違うんですけどね。これが何故発光するのかは未だ解明されていません。……他に質問はありますか?」

 

「大丈夫です。ありがとうございます」

 

「他にも何かあれば気軽に質問してください。……では三等星の者が——」

 

(長いな……もういいか、俺関係なさそうだしな)

 

 漱真は続く学者の言葉も聞かずに席を立ち講堂を後にする。隣に居た大斗が邪魔だった事もそうだが、それ以上にピートに武術を教わりたいからだ。急に立ち上がった漱真は講堂でも目立ち学者もそれに気づいていたが言葉をかける事はない。漱真が一等星である事を知っているからだ。

 

「やあソーマ、サボりかい?」

 

 漱真が講堂を出たところで外に居たピートが声をかけた。

 

「驚いたな、ちょうどピートの所に行こうと思ってたんだ」

 

「ふふっ、なら丁度いいね。陛下に話したら好きにしていいとの許可を頂いたからね、色々武器を見繕ってみたんだ。案内するよ、ついて来て」

 

 終始笑顔のピートにつられて漱真も思わず頬が緩む。二人はその後もたわいもない話をしながらピートの案内で特別訓練室へと入る。屋外訓練場の半分もない広さだが長槍を振り回したとしても十分なスペースがある個室で、壁や床も貴重な石材で作られており頑丈だ。

 室内にはピートが見繕った剣や槍、戦斧やダガー等の様々な武器以外他に、床に巨大な術陣が描かれていた。

 

「まずは何を持つか決めようか。ソーマ、気になるのを手に取ってみてよ。あ、刃は潰されてるから安心しておくれ」

 

 ピートに促されて壁際に立て掛けられた武器を見る。まず目についたのは柄も含めて身の丈近い戦斧だ。一先ず手に取ってみるが想像より遥かに軽い。

 

「片手で持つなんて流石一等星だね……僕じゃ両手を使っても持てないのにさ」

 

「これそんなに重いのか?」

 

「ここまで運ぶのに四等星騎士3人がかりだからね……」

 

「嘘だろ?」

 

 軽く振ってみても漱真にとっては枝葉の様に軽いのだ。この重さの物を今の力で扱えれば破壊力は凄まじい事になるのは容易に想像できる。だが特徴的な武器は扱いきれる自信もない為一度戦斧を置き、長さで言えば先程の戦斧と同等の槍を手に取る。

 戦斧より微かに軽く感じられたが最早誤差の範囲だ。空いた手で長剣も持ってみるが重さに違いは感じられない。

 

「とりあえず槍を教えてくれるか」

 

「うん、いい選択だね。槍は使用者が一番多いし入門にはうってつけさ。よし、じゃあ先ずは基本となる動きを覚えて、それから色々な流派の動きを教えるよ。そこで惹かれる流派があればそれから試してみよう。何事も続けられる事が重要だからね」

 

 その後時間の限り凡ゆる流派を試したが漱真には馴染まず、初めてだという事を考慮してもどこかぎこちなかった。

 漱真は僅かにかいた汗を拭い少し気落ちした様子で話す。

 

「悪いな、ここまで付き合って貰ったのに……なんか慣れそうにないんだ」

 

「槍は合わないってことかな……? にしては吸収が早いような……まあどちらにしてもまた明日だね。呉々もこの訓練の事は内密に頼むよ?」

 

「もちろん、誰にも話さないよ」

 

 部屋に窓が無い為気づかなかったが既に空は暗闇に覆われそれを幾多の星が彩っていた。

 外に出ると漱真の専属として付く事となった騎士、マークが迎えに来る。異世界人達は決められた時間までに夕食を取り、それ以降の夜の時間は各々に与えられた部屋を出る事を禁止されている。王城の敷地内とはいえ夜に出歩くと要らぬトラブルに巻き込まれる可能性があるからだ。

 

「時間ギリギリじゃないか、ソーマ、ピート」

 

「次からは気をつけます」

 

「つい熱くなってしまってね、悪かったよ」

 

 どこか距離が縮まった2人を見てマークから思わずため息が漏れる。

 

「叱られるのは俺なんだけどなあ」

 

 漱真達は途中ピートとは別れて今は異世界人用となっている宿舎の食堂に向かう。使用人の数が不足している為給仕は最低限になり、給仕に出ている使用人の警護やトラブルの対処に数人の騎士も食堂に控えている。警護の仕事があるマークとは食堂の入り口で別れて漱真は一人で空いている席を探す。

 

(あそこは……ないな。あそこだけはない。絶対ない)

 

 食堂の端から端まであるテーブルが数列並んでいるのみで個席はない為、列毎にグループで固まっており最奥にあるテーブルには曙陽高校の生徒のみしか座っていない。そこに数席空きがあるが誰も近寄る気配はなかった。その席に座れば間違いなく大斗に絡まれると確信している漱真はできれば別のテーブルに着きたかった。

 空いてる席を探して辺りを見回していた漱真は突然肩を突かれて振り返る。

 

「やっほ、また会ったね! ……えーと、そういえば名前聞いてなかったよね? あたしは九条瑛玲菜くじょうえれな、好きに呼んじゃって!」

 

 そこに居たのは転移初日に会った短いブロンドの髪が印象的な少女、九条瑛玲菜だ。講堂で見かけた事はあったが3日ぶりの再会だった。瑛玲菜が態々声をかけて来たことに驚きつつも遅れて名乗る。

 

「あー、えっと、波月漱真なつきそうま。そっちも好きに呼んでくれ」

 

 瑛玲菜は漱真の反応に満足気に笑った。

 

「じゃー漱真くんね、席探してるんでしょ? こっち空いてるからついて来て」

 

「助かるよ、ありがとう」

 

「いいのいいの! ちょうどあたしの隣でさ、知らない人が来たら嫌だなって思ってたの」

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