第2話

 草原に伸びた街道沿い、暗闇の中に天幕が設置され点々と灯る松明の火が辺りを照らす。一際大きな天幕では代表者として前に出た秋泉高校の教師や少数の生徒、涼楓や太一等生徒への影響力のある者達が騎士と机を挟み対面していた。

 

「ではエルフの事は知らないと?」

 

 騎士側の中央に座るクレイ・シャールがその対面に座る教師に三度確認する。

 

「エルフ何て創作物の中でしか……。私だってこれでも教師の端くれです。それがアルテール王国、ましてやレークレス大陸なんて聞いた事もないんです。……ここは地球なんですよね?」

 

 教師の言葉に生徒達も肯く。

 クレイは端に座る涼楓に一瞬視線を送る。

 

「我々はチキュウなど聞いたこともない。何度も言うがここはアズトラルカの大地でありレークレス大陸にあるアルテール王国領の王都近郊だ。その上等な服装や言葉遣い、何処ぞのスラム出身でもあるまい。……どこからやって来たのか真実を話せ。でなければ身の安全は保証できない」

 

 クレイは当初敵の奇襲や斥候の可能性を考えていたが、食料や武器も持たない彼等を目にして、今では教師達を他国の貴族または王族が緊急事態に保護を求めて来たのではと考えていた。

 

 身形は上等で、今も騎士達の視線を集めている涼楓の容姿を考えると平民とは思えない。しかし彼等の話はどれも荒唐無稽で真実だとは思えず、身分を隠したい疾しい理由があるのではないかとも疑い始めていた。

 

 しかし彼等の話を信じるならば、王国の貴族領を越えているのにも関わらず、王都に何の連絡がない不自然さも辻褄は合う。それが祭りの最中、黒い手に地面に引き摺り込まれたらここに居たという話を信じられるならの場合だ。

 

「——それはっ!」

 

 クレイの言葉に教師が言い淀む。クレイの言葉がそのまま教師達の疑問でもあるのだ。

 何故彼等が流暢に日本語を話せるのか、何故鎧を身に纏い武器を手にしているのか。

 いくら真実を話したとて信用されなければ埒が無い。教師達もまた、クレイの言葉を信じていなかった。

 

「ふむ、まあ如何やらエルフに飼い馴らされた奴隷ではないようだな。だが今は戦時中、この時期に王都に問題を抱える訳にはいかないのだ。…………ハッキリと言おう、保護を求めるなら身分を明かせ、それが出来ぬならここで斬る。まずはそこからだ」

 

 その言葉に騎士達は腰の剣に手を掛け、教師達は絶句する。

 

「——戦時中ってどういうことですか!? 本当に私達は何も知らないんですよ!」

 

 レークレス大陸はここ100年以上、エルフによる侵略を受けていた。大陸中の国家が総力を上げて食い留めてはいるが反撃の兆しは無く、既に戦線は大陸の中央へと迫っていた。アルテール王国はレークレス大陸の三分の一を占める大国だ。そのアルテール王国の王都に万が一があってはそれがこの大戦の止めに成りかねなかった。

 

「……ではここまでだ」

 

 いよいよ騎士達が剣を抜こうとした時、天幕に一人の男が軽薄な笑みを浮かべながら入ってくる。白いローブの下には軽鎧が覗き、司祭というよりこの場に居る騎士達のような雰囲気を纏っていた。

 

「いやあ遅れて申し訳御座いません。お許しを頂くのに時間がかかりましてね。……おや? おお、なんと美しいお方だ! いやはやこれ程美しいお方を目にしたのは『流星』以来でしょうか。申し遅れました……私、エルミリナス教団で司祭を任ぜられています。デニスと申します。是非とも——」

 

 涼楓を目にしたデニスは早口で捲し立てるが、涼楓は視線すら向けない。それをデニスの登場に一度剣を収めたクレイが、表情をより険しくして遮る。

 

「デニス、貴様を呼んだ覚えは無い。お喋りがしたいなら出て行け」

 

「これは失礼致しました。……しかしクレイ様、彼等について重要な報せがあるものですから、陛下のお許しも頂いておりますよ?」

 

 それを聞いて騎士達が一層顔を顰める。

 

「……ならばさっさと話せ」

 

「では内密な話になりますのでクレイ様以外は退出して頂きます。陛下の許可はクレイ様にしか降りませんでした故申し訳ございません」

 

「……分かった。皆外せ」

 

 短く返答し困惑した教師達を連れて騎士達が退出していく。

 クレイは彼等が離れたのを確認してから声を落として問う。

 

「それで? 彼等はいったい何者なのだ」

 

「ええ、彼等は異界から渡って来た異世界人でしょうね」

 

「は……? いや、異世界人か……言伝えでは大戦時に突如現れたというが…………だがそれも二千年以上も前だ。何故そう言い切れる」

 

 ——大戦、神墜の日より人間とエルフ、神や悪魔、龍と巨人等その他多くの種族が入り乱れて500年と争いあった。

 結果多くの血が流れ、2000年以上経つ今も数々の大陸に大きな傷跡を残している。

 

「それは我々教団に関する事ですので……入信していただけるなら別ですが?」

 

「馬鹿にするな、龍に忠誠を誓うことはない。……だがこの時期に現れるとは、なるほど。信憑性もある」

 

「では?」

 

「ああ。——彼等を連れて王都に帰還する」

 

 

 

 

 

 漱真はアルテール王国の王都メリオにある王城、その一室で使用人から様々な説明を受けていた。漱真達異世界人は人数が多い為広場に入りきらず、溢れた者達は別室で対応されていた。その為この部屋では王城の上級使用人と漱真含め6人の異世界人、曙陽高校の生徒達と同室だった。部屋には6人分の椅子が用意されて正面の壁には大きな地図が貼り付けられていた。

 

 漱真は異世界アズトラルカで起きている戦争、特にエルフによる侵略戦争について聞かされた。

 曰く、エルフのみが住う大陸にて最初のハイエルフである『エドガー』が誕生し、そのエドガーの独裁に耐えかねた一部のエルフが、グリフォンに乗り海を越えアズトラルカ最大の大陸、中央大陸へと渡って来た事が始まりだと云う。

 

「——とまあ、この程度ならそこそこ教養がある者にとっては常識ですね。エルフが攻めて来た、これだけ知っていれば後は覚えなくても一緒ですが」

 

 使用人の言葉を曙陽の生徒達も最早疑うことはない。王城に移動する間に見た巨大な城壁に囲われた大都市、そこで暮らす人間のように歩き言葉を交わす犬や猫の姿をした者達等を見て冗談ではない事を理解させられていた。

 曙陽の生徒も積極的に質問する。

 

「なんでそのエルフってのに負けたんだ? エルフって強えのか?」

 

「当時の人間には戦う術がありませんでしたから、それに対してエルフは精霊を使役し、精霊魔法を操りましたからね。今でこそ我々人間は女神エフロマ様に魔術という戦う術を授かりましたが……それがきっかけでエフロマ様が神々の反感を——」

 

 長話の気配に被せるように漱真が手を挙げる。

 

「……ソーマさん、何ですか? 此処からが良いところなんですけど」

 

「なんでこの大陸にもエルフが攻めて来たんですか? そんな昔の話じゃないんですよね?」

 

「良い質問ですね、まあ後々話すつもりでしたけどね? これを語るにはまず——」

 

 使用人は大陸の地図を指しながら語り始める。

 中央大陸は元々人間と獣人が住む大陸だった。それがエルフの侵略により数多の国々が滅び、亡国の民達はエルフの支配下に降る他なかった。そうして出来たのがハイエルフを皇帝とした『セントエルフォリア帝国』だ。未だ大陸の統一を成そうとする帝国に抗うのが、大戦時に女神エフロマの祝福を受けた初代勇者が築いた人間の国『コーディアス法王国』と、最も強い獣人を王とした『ベルセ獣王国』の2国だ。


 2000年を生きるハイエルフである現皇帝は、次第に侵略に対して消極的となり、やがて訪れた停戦に人々は一先ず安堵していたのだ。

 

「——しかし、およそ120年前突如としてその皇帝の末の弟が多くのエルフを引き連れてレークレス大陸に攻めて来たのです。当然海を挟んで中央大陸と面していた国々は防備もしていましたが、帝国の英雄の前では何の役にも立たなかったようです。……今尚我々は劣勢のまま反撃の芽はありません」

 

 漱真が皆の疑問を代表して問う。

 

「どうしてそれを俺達に説明したんですか?」

 

「……皆様に、助力して頂きたいのです」

 

「は?」

 

「これから別室で一人ずつ、魔力を測定致します。そこで力のある者は、王国の庇護の対価に戦争への助力を……勿論無理にとは言いませんが……」

 

「いや、俺達にそんな力は……」

 

 無い、と言いかけて言葉に詰まる。

 騎士達に追われてる時の感覚や動体視力の向上、思い当たる節がありすぎた。

 それを見た使用人が頷く。

 

「どうやら心当たりはあるようですね。詳しくは測定員にお聞きください。只今広間は満員ですので、準備が出来次第お呼びに参ります。この部屋でお待ち下さい。……どうか部屋から出て無闇に歩き回らぬようにお願い致します」

 

 

 

 使用人が部屋を出て行くと、曙陽の生徒達が漱真に視線を向ける。

 

「……お前、波月漱真だろ? 大斗さんが探してたぜ。あと心当たりってなんだよ、教えろよ」

 

「お前らもその内分かるだろうし気にすんな」

 

「おい、大斗さんの事無視してんじゃねえぞ!」

 

 曙陽高校の生徒である轟大斗とどろきやまとは、その腕っぷしの強さから生徒達から敬意や畏怖を欲しいがままにし、曙陽高校のカーストの頂点に君臨していた。漱真の一つ上の高校三年生で、漱真が入学してから何かと絡んでくる、漱真にとっては面倒な男であった。

 

 漱真は、肩を怒らせながら詰め寄ってくる一人の男を席から立ち上がりじっと見つめる。

 その男は後一歩の距離を大きく踏み込み微塵の躊躇もなく右腕を振り上げた。

 

(やっぱよく見えるな)

 

 漱真はそれを読んでいたかのように容易く避け、そのまま男の懐に入ると腹に拳を抉り込んだ。その容赦の無い一撃に思わず息が止まった男が膝から崩れる前に一歩距離を取って胸へと前蹴りを放つ。椅子を巻き込みながら吹き飛んだ男の様子を見て、後に続こうとしていた他の者達は引き攣った顔のまま足を止めた。

 

 漱真は更に追い討ちをかけようと倒れたままの男に向けて歩き出すが、足の止め呼吸すら忘れた男達を見てため息を吐き、部屋を出ようとする。

 未だ嘗てない程の緊迫感に麻痺してしまった一人の男が漱真に思わず声をかけてしまう。

 

「な、波月さん、部屋は出ないようにって言ってましたけど……」

 

「歩き回らなきゃ良いだろ、部屋の前に居るからそいつ見とけよ」

 

 漱真は倒れたまま動かない男を視線で指してから部屋を出た。

 扉が閉じた瞬間、部屋の中に張り詰めた緊張感が一気に解けて男達は深く息を吐いた。

 

「最後の蹴りは必要だったか……? 下手したら死んでたんじゃ……」

「最後まだ追い討ちしようとしてたよな……」

「俺、中学じゃ有名だったんだけどな……曙陽はレベルが違うな……」

「おい、いいからこいつ起こそうぜ。……やっぱ大斗さんが気にかけるだけあるなあ」

 

 男達は伸びたままの男の息がある事を確認して安堵する。曙陽高校の生徒達の間で波月漱真という名はある意味で有名だった。漱真に病院送りにされた男達が彼の名を聞くと震え上がる程だったのだ。だが漱真が普段はそんなそぶりは見せない為に、ただの誇張だろうと侮る者が多かった。

 

 

 

 

 

 王城の大広間にて魔力測定が行われている。

 アズトラルカに生きる全ての種族、植物は必ず魔力を宿している。神々が世界を創造した時に放出された魔力が、海や大地、そして空にも存在し、絶えず循環していた魔力はそこから生まれるもの全てに影響していたのだ。

 

 エルフや龍等の、神々が自ら生み出したものには多くの魔力が宿っていたが、自然から生まれた獣から進化を経て人間や獣人へと至ったものには僅かな魔力しか存在していなかった。

 だが神墜の日、一柱の神の怒りによって他の全ての神々が不死を奪われ地上に堕ち、空すらも燃やし尽くして世界に初めての夜が訪れた厄災の日。神の世界と地上を繋いでいた世界樹より多くの魔力が地上に流れ、更に堕とされた末に息絶えた神々が内包していた魔力も地上へと降り注いだ。

 

 魔力は世界を創造する程大きな力を持つ。その魔力が地上に満ち溢れた時、そこに生きたもの全てが変異や更なる進化を迎えたのだ。

 動物は全てが魔物となり、植物も大きく頑強となったものや特別な力を持ったものが現れ始め、人間や獣人等の生まれつき魔力を僅かしか持たない種族にも大きな影響を与えた。

 魔力をより多く宿した者ほど肉体の能力が向上し、ごく少数の神の魔力を宿した者達はその力の一端を操り始めたのだ。

 

 そして大戦時、世界に訪れた夜空には死んでいった者達の魂が無数に輝いていた。それを当時の異世界人達が星と呼び、魔力を多く宿す者程強く光り輝いた事から、内包する魔力の量によって一等星から七等星までの等級で呼称する様になった。この世界に住む人々は魂を星に例えるのだ。

 

 アルテール王国の現国王である『ガーランド・ロイ・フレデリクセン』は、戦力を求めていた。特に神の魔力を持つ2等星以上の者は戦争の王手に成り得る。異世界人が膨大な魔力を宿す事は歴史を学んだ者達の間では常識だ。最早今の戦力では戦線の維持も限界が見えている。ガーランドは救世主の登場を待ち望んでいたのだ。

 

 ガーランドは大広間の最奥に備えられた吹き抜けの2階にて、手摺りに手をつき眼下で行われている魔力測定をじっと眺めていた。

 

「陛下、少しお下がりください」

 

「このままで良い」

 

 日頃は聞き入れる護衛の言葉にも聞く耳を持たない。

 国王として数多の強者を見てきた経験から、異世界人の代表として拝謁に来た者達、特に浅海涼楓からは強大な魔力を感じたのだ。涼楓の協力を得られれば、この戦争に終止符を打てると確信していた。

 

 いよいよ涼楓等秋泉高校のトップカーストにいる生徒達が測定台の前に出る。

 500人以上が受けたが未だに2等星以上の者は出ていない。二等星以上の者は世界に100人といない上、国に認知される者は更に少ない。三等星でもその身体能力は2等星に迫り強力な戦力となるが、決定的な違いとして二等星以上の者は神の力の一端、魔法を扱う。魔術にはあらゆる制限や限界があるのに対して、魔法にはそれがない。雷を司った神の魔力を宿せば、雷を自在に操れるのだ。

 

「私からやらせてもらえない?」

 

「まあ構わないけどよ……」

 

 涼楓の決意に満ちた表情とその迫力に太一達は呆然と頷くことしかできない。涼楓はアズトラルカについての説明を受けた後、今にも泣き出しそうな顔で地球へ帰る方法はないのかとしつこく問い質していた。そこで法王国に居る『賢者の大狼』なら知っているかもしれないと聞いて以来覇気が戻り積極的になっていた。

 

 涼楓に特別な力があるであろう事は友人である太一等も確信している。だが問題は今の涼楓がそれを得た時、戦争に協力する事を躊躇わない危うさがある事だ。

 測定台へと歩き出した涼楓の背を見送りながら夏織が小さく呟く。

 

「そんなに幼馴染が大事なのね……」

 

 横に居た太一はその呟きに思わず肩が跳ねる。

 

(藍葉も知ってるのか……?)

 

 神坂太一は浅海涼楓が一人の男に特別な想いを秘めている事を知っている。涼楓との付き合いならその男よりも両親同士の仲が良い太一のほうがずっと長い。それが何故と、太一はずっと気に食わなかったのだ。そして異世界に転移した時それが幸運だと思ったのだ。涼楓は地球へ帰りたがっているが、あの男と涼楓の再会が叶わなければ、誰よりも涼楓を理解している自分を、涼楓はきっと選んでくれると。

 

 だが藍葉夏織も知っていたのだ。涼楓が夏織に自ら話したのかは太一には分からない。だが夏織は優秀な人間だ。彼女が涼楓に協力するのはまずいと、太一に不穏な考えが浮かんだ。

 その考えを遮る様に皆本遥が太一の横に並んで話かけてくる。

 

「なんだか緊張するね……た、太一くんも緊張してる?」

 

「あ、ああ。……少しだけな」

 

「そっか、太一くんでも緊張する事あるんだね」

 

「俺は普通の人間だしな」

 

「わたしはそうは思わないけどなあ」

 

 神坂太一の容姿は傍目から見ても整っていて、スポーツでも優秀な成績を収めている事は秋泉高校の生徒なら誰もが知っている。だが誰かと比べ自嘲するように笑った太一を、遥は僅かに頬を染め笑みを浮かべながら否定する。

 その様子に目を惹かれたが、大広間に響く測定員の大声に意識を取られる。

 

「い、一等星です! それも二属性! スズカ様、二属性です!」

 

 騎士達の歓声が広間を揺らす中続く測定では、一等星以上の者達が多く現れた。

 ガーランドは国王として、涼楓達の戦争への協力を取り付けるため決意を新たに自ら交渉へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る