君のいた夏の日

オカン🐷

第1話

君と素足で走った海辺。


ときおり吹き抜けていく小さな風が、

さざ波を連れて来てヒンヤリと心地いい。


君は金色の毛をそよがせて、

息も切らせずに走っていたね。


「待ってよ」


だって君、走るのが速いんだもの。

すると君は足を止め、僕がやっとのこと

追いつくのを待っていてくれた。


海水浴客の帰った浜辺は、

僕と君だけのものだった。


じゃれ合ううちに僕の足と君の足がもつれ、

互いの躰が絡まり砂浜に倒れ込んだ。

そんなとき、君はキスをせがんだよね。


サンドイッチを半分ずつ分け合ったこともあった。

お風呂に一緒に入ったことも、

まだ昼間の熱の遺る砂浜に並んで座り、朝明けまで

黙って海を見ていたこともあったよね。


けっこう仲良くしていたつもりだったのに突然姿を消して、

君はいったいどこに行ってしまったの。


枕の隅に君の毛が遺っていたよ。

僕の部屋のベッドに一緒に潜り込んで、あのときは

両親に見つからないかとドキドキしたね。


ああ、君に逢いたい。


あれから三年、またこの海に来てしまった。

君に逢えるかもしれないと思って。


でも、あの夏の日はもうかえってこない。


僕は侘しくて切なくて、思わず涙がこぼれ落ちそうになるのを

やっとのことでこらえていた。


君のいない海はつまらない。


でも、家の庭に現れたのさ。

すごくキュートで愛らしい彼女。

僕に新しい彼女ができてもいいだろう。


君のように大きくはないけれど、君と同じ迷子。

トイプードルのナナだよ。



      【了】

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君のいた夏の日 オカン🐷 @magarikado

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