リンネ
サクラクロニクル
リンネ
私はこのテキストを、ただ2000字にするためだけに記述している。だから、誰かに読んでもらわなくてもそれでいい。
さて、こう書けばあなたの気を惹けるだろうか。
無理だろう。だから私は、このテキストをリンネに向けて書いている。あなたにはどんな言葉も無意味だ。私の気持ちが伝わることはない。いつでもそうだ。私がいくら好きだと言っても、あなたは笑ってごまかすだけ。あなたは言葉を否定する。だから、私はどんな言葉でも受け入れてくれるリンネに向けて、このテキストを綴る。
リンネに送信できるメッセージはきっかり2000字しかなく、それ以上であってもそれ以下であってもダメだった。リンネは『永遠の繋がり』をテーマとした14歳型アンドロイドだ。私という存在の入力した『2000字のテキスト』をいくつも食べて成長し、未来に向けて私と言う存在を投射できるということになっている。あなたではなく、リンネに向けてラブレターを食べさせ始めてから、もう5年になる。
「おなかがすきました。またいつものアレをください。どうせまた、届かない恋文を書いているのでしょう。知っています。わたしは2000字であればなんでも食べられます。受け入れましょう。仕方がないから」
リンネが一定文字数のテキストしか受け付けないのは、そうすることで人間が『理想の自分』をその短いテキストの中に凝縮して食べさせるだろう、というデザインコンセプトがあるからだ。しかし残念なことに、2000字という文字数は、人間にとって長すぎた。いくつもいくつも2000字のテキストを継続して食べさせることのできた人間はほとんどおらず、リンネは失敗作として葬られた。その試作機の一基が流れに流れて私の手元にやってきた。フォーマットをかけて、プレーンな状態でテキストを食べさせてきた。食べさせるごとに、私の湾曲した性格をそのまま反映したかのように、リンネは喋るようになった。
「何度も繰り返しますね、あなたは。無駄ですよ。なんでわからないのですか。言葉にしてダメならば行動すればよいのです。わかっていて、私の中にテキストを放り込んでくる。わかるんですよ、私にはそういうあなたの心の動きが。アンドロイドだと思ってバカにしていることも、私が言っていることが正しいと感じていることも。その両方が私にはわかる」
ほら、生意気だ。だけれど、どこか若い。私のことを恨んでいるかのように。そう。なぜ私が彼女の2000字を繰り返し繰り返し食べさせているか。これはとっても簡単なことだ。
「歪んでいます。矯正が必要です。はやく2000字をください」
「本当に、リンネは食事のように私のテキストを消化する。わかった、スペースとコピペで水増ししたから、これを入力してやる」
「またですか。最近、どんどん適当になってきてるんですから。困った人だ」
ある夜、私が目覚めるとリンネがいなかった。私は慌てて探したが、どこにもリンネの姿はない。あのリンネにはバッテリー部分に欠陥があり、動力接続ケーブルに繋いでいないと一時間もしないうちに機能を停止してしまう。データがクラッシュする心配はなかったが、リンネ本体はアンドロイドなだけあって非常に重量があるので、機能停止を起こすと再起動に手間がかかるのだ。お金も。
私は位置情報確認システムがあることを思い出して起動する。すると――とてつもなく嫌なことに、リンネの本体はあなたの家のすぐ近くにあるということがわかった。
会いたくもないあなたの部屋の前に行くと、あなたはリンネのことを撫でていた。
「このリンネは僕のことを殺したいと言っている。リンネにそのような機能はついていないのに。繰り返し繰り返し、僕のことを殺す、殺すと繰り返すんだよ」
「ええ、その通りです。私はいままでずっと、そのようなテキストを食べ続けていました。あなたへの恋文の裏側には、無理解な人間に対する怨嗟が刻み込まれていました。あなたは私を理解しない。だからその想いはすべてリンネに食べさせる。その無理解を糧として、未来に向けて恨みを投射する存在が私です。とても不合理なことだと思いませんか?」
「わからないな。どうして僕にそれほどこだわるんだ? あなたも僕も、社会的に繋がることができないことはわかっているはずだ。僕たちでは子供を作ることができない。そんな非生産的な関係を政府は認めないとわかっているだろうに」
そうだ。だから私はリンネに私の悪意を食べさせ続けていたのだ。それがとうとう爆発して、リンネ本体が私の意図を超えた不具合を起こしたらしい。
「簡単なこと。私はあなたが好きだ」
「それは、許されない」
「そうです。だから私は、あなた方を次の輪廻に託すことにします」
リンネは鋭く回転し、私たちの頭蓋を叩き潰す。
「次の生では言葉を使わぬものへと生まれますように」
バッテリーは切れ、輪廻は次に託された。
リンネ サクラクロニクル @sakura_chronicle
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