ハロウィンは都合のいい日
夜桜
ハロウィンは都合のいい日
今日はハロウィンだ。
僕みたいな吸血鬼にとって、一番都合のいい日でもある。だって、人間の姿に化けなくても、僕みたいな格好をした奴らが今日は沢山いるのだから。
さて、今日は誰の血を飲ませてもらおうか。
沢山の人が行き交う中、僕は美味しそうな血をもつ人間を探し歩いた。
この場所に来て、数時間経った頃。
ん?甘い匂いがした。
吸血鬼にとって甘い匂いとは、美味しい血を持った人間が発する香りという認識だ。
となると、今通った人間の中に僕が求めていた血をもっている人間がいたのか。
咄嗟に僕は甘い匂いを辿って、歩き始めた。
美味しい血を飲めると思うと、少しだけ心が踊る。
歩きながら思う。
一体、どんな人間なのだろう。きっと、美しく可憐な人間だろう。
そう決めつけながらあとを追いかける。
お、あの角を曲がったところから、さらに強い匂いが…。
角を曲がるとそこには公園があった。
小さくてブランコとベンチしかない、質素な公園だ。
そのブランコにポツンと座っている人間こそが、僕が探していた人間だ。
ゆっくりと近づいてみる。
ブランコに座っている人間は、どうやら女性らしい。髪は長く、グレーのスーツに見を包んでいる。人間で言うOL、だろうか?
その女性は僕が近づいても、なかなか顔をあげない。なんなら、僕がいることにすら気づいていない様子だ。
『そこの綺麗なお姉さん、僕とお話でもしませんか?』
極めて優しい口調で声をかける。
が、それでも女性は顔をあげようとしない。
『お姉さん、聞こえてる?』
再び僕が声をかけても返事はない。
はぁ、無視か。
それとも、普通に気づいていないだけなのか。
そんな考えを巡らせているとき、小さく鼻を啜るような音が聞こえた。
『…お姉さん?』
女性に声をかけ、肩を軽く叩いてみた。
すると、今まで無反応だった女性が顔を上げた。それと同時に女性は僕に抱きついてきた。
『うわっ、お姉さん。どうしたの、急に?』
女性は僕に抱きついたまま、何も喋らずにいた。いや、喋れないのだろう。
だって、その女性の口元は糸で縫われていたから。
『落ち着いたかな、お姉さん?』
女性はコクリと首を縦に動かした。
どうやらこの女性も僕と同じ、いわゆる妖怪らしい。口裂け女と似ている。違いは口裂け女みたいに喋れないし、口は縫われているが顔は綺麗な所だろう。
『まったく甘い匂いにつれられてきたら、まさかお姉さんに会うとはね』
女性は少しだけ申し訳なさそうにした。
本当は同じ妖怪同士、匂いで分かるはずなのに…。僕の感覚が麻痺していたのだろうか。
『そんな顔しないで。お姉さんは悪くないよ』
それにしても、相手が喋れないとなると会話がしづらいものだな。
あっ、そうか。ここは公園で地面は砂。
砂に文字を書いて貰えば、会話することができるじゃないか。
『あ、そうだ。お姉さんは名前とかあるの?喋れないなら、砂に文字書いてよ』
女性はブランコから降りて、地面にしゃがんだ。どうやら、書いてくれているらしい。
「私はレイス。あなたは?」
地面に書かれていた文字を読み、答える。
『僕はメアリー。よろしくね、レイスお姉さん』
僕が言うと、レイスはすかさず文字を書いた。
「どうして、私のことをお姉さんと呼ぶの?」
『それは…なんとなくだよ』
実際はいつも女性に声をかけるときは、こう呼んでいるだけだ。こう読んだほうが喜ばれるときもあったから。
それにしても、レイスからは甘い匂いが漂ってくる。さぞかし美味しい血なのだろう。…飲みたい。ここまで匂いをかいで、我慢なんてできない。
ただでさえ、僕は空腹なのに。
『ねえ、レイスお姉さん。僕に血を吸わせてよ』
「私の血なんて美味しくないと思う」
『そんなことない。レイスお姉さんからは甘い匂いがする』
「そう言われても」
どうも歯切りの悪い答えに、次第に僕はイライラしてしまった。
『レイスお姉さん、立って』
「え?」
『いいから、早く!』
レイスは声を少し荒げた僕に驚いたのか、すぐに立ち上がった。
僕と並ぶとレイスの方が身長が10cmぐらい、低かった。
『ごめんね、レイスお姉さん。僕は育ち盛りだから、血を飲まないと禁断症状が出るんだ。だから、ごめんね』
レイスに謝りながら、僕はレイスを抱き寄せ首元に噛み付いた。
ビクッと肩をはねさせ、僕を突き放そうと抵抗するレイス。ただ、その力は弱かった。
元々なのか、それとも抵抗する気がないのかは分からないが。
僕はそのまま血を吸い続けた。
思ったとおり、甘くて美味しい。
レイスの血が身体に染み渡る。
『はぁ〜、美味しかったぁ』
満足に血を吸い、僕はレイスから手を放した。
レイスはしゃがみ、砂に字を書いた。
「急に吸うなんて酷いよ」
『レイスお姉さんがはやく決断しないのが悪いんだよ。まぁ、代わりにレイスお姉さんのお願い、聞くよ』
「本当?」
『もちろん。僕にできることなら』
「それじゃあ、私の家に来てよ」
『そんなことなら、全然いいよ』
僕は特に何も気にせずにそう言った。
公園から数十分のところにレイスの家はあった。結構、立派な家で驚いた。
中にはいると、何やら高級そうな物が沢山あった。
「トリック・オア・トリート」
『え?レイスお姉さん、今しゃべっ…』
そう思ったときにはもう遅かった。
微笑みながら歩みよってくるレイス。そのときに僕は思い出した。コイツは同族食いで有名な気味の悪い吸血鬼であることを。
今まで忘れていたのは、コイツの能力の一つ。記憶の書き換えだろう。そのせいで、名前を聞いても気づかなかったんだ。
まんまと騙された。
『レイスっ。騙しやがって』
「そんな事、言わないでよ。メアリー、君は私の血を吸った。甘くて美味しい私の血を」
さらにレイスは近づいてくる。
「メアリー。トリック・オア・トリートってどういう意味か知ってる?」
『人間がハロウィンの時に言う言葉だろ。お菓子をくれなきゃイタズラするみたいな』
「そう。だから、トリック・オア・トリート」
『は?』
「メアリーは私の甘くて美味しい血を飲んだ。だから、私も美味しいものほしいなぁ。さあ、早く頂戴?じゃないとイタズラするよ?」
そう言われても、お菓子を持っているわけでもない。コイツが僕の動きを封じているせいで何もできないし。
「はいっ、時間切れ〜」
『なっ、ちょっと待て。いっ』
勢い良く噛まれ、首から血が垂れるのがわかった。
痛みに耐えながら、はやく終わることを祈った。
「うん、美味しい」
『はやく自由にしろ』
「メアリー、何言ってるの?君はもう、私の食料なんだから」
そう言い、近くの扉を開けるレイス。
ドアが開けられて気づいた。
その部屋からは同族の匂いが強く漂っていた。
『お前、まさか』
「そう、私はいろんな吸血鬼を食べてきた。あの部屋で。まぁ、いろんなって言ってもメアリーみたいに可愛い子ばかりだけど」
『どうして、同族ばかり』
「私は吸血鬼が嫌い。人間のことを食料としか考えてない。だから、私はそんな吸血鬼を同じ目に合わせてるだけだよ」
『お前も吸血鬼だろ』
「そうだよ。でも、私は人間の血を吸ったことはない」
なるほど、だからコイツの事を同族たちは異端だと言っていたのか。
たしかに、僕ら吸血鬼は人間を食料として見ている。吸い尽くしたらそれで終わりだとも。
レイスの言っている意味も分からなくはなかった。
「分かったのなら、大人しく私に食料として飼われてね」
託すようにあの部屋へと手を引かれた。
抵抗しようと思えば抵抗できた。
でも、僕はそうしなかった。
レイスの言葉に感情的になったのか、納得してしまったのか。
僕にはわからなかった。
ハロウィンは都合のいい日 夜桜 @yozakura_56
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます