第39話

女は盗賊一味の頭(傷の大男)と蛇に似た女の

前にいきなり現れた。

それは部下の到着を待っていた2人にとって

まさに寝耳に水のことである。


女は狼の雄の案内で盗賊一味の隠れ家(アジト)に現れた。

時間を少し巻き戻そう。

女は女性と別れてから深い森の中を

狼の雄の案内でこの洞窟の隠れ家(アジト)に

たどり着いた。

森は予想より深かったが

狼の雄が通り易い場所を選んで誘導してくれたため、以外にも楽に盗賊一味の隠れ家(アジト)の前に到着できた。

「ここがそうなのね。」と女は狼の雄に

問うた。

「クーン」と狼の雄は小さい鳴き声で答えた。

女は狼の雄の側に寄り上品な仕草で衣装の裾を折りながら座ると優しく狼の頭を撫でながら言った。

「あなたに何かあったら奥さんに申し訳ありませんからね。ここで待っていて。」と

女は決意も新たに立ち上がると盗賊一味の

隠れ家(アジト)の洞窟の入り口に向かい

歩み始めた。

「クーン」と狼の雄は名残惜しそうに鳴いたが女は振り返り狼に微笑むと向き直り

洞窟の入り口に入っていった。

女の居た洞窟の大空洞と比べ奥に続く

通路の壁は薄暗いが壁や天井に光る苔のようなものが繁殖して夜を迎え外の月明かりと

奥の光源が光る苔のようなものに反射しているため以外に明るく、光る苔のようなものに反射して浮かび上がる女の姿はまさに上質の歌劇の序盤で英雄に力を貸す精霊や妖精の如く幻想的で美しかった。

少し進むと光源の中心に行き着いた女は

男女が言い争うような声を聞いた。

僅かな間、男女の会話に耳を傾けるも

頃合いを見計らい傷の大男と蛇に似た女の前にその身を晒(さら)したのである。


これが現在に至るまでの女の少し前の行動である。


女は臆することなくむしろ堂々と傷の大男(盗賊の一味の頭)と蛇に似た女の前に一歩進み出ながら言った。

「計画は失敗しました。私が阻止いたしました。あなたがたの仲間は1人もこの洞窟には

来ませんよ。」と女は言った。

更に一歩前に進みながら

「武器を全て捨て降参しなさい。

そして然るべき罰を受けるのです。」

と女は傷の大男と蛇に似た女に言い聞かせた。

傷の大男(盗賊の一味の頭)は激怒して言った。

「ふざけるな!何故おまえのような女に

指図(さしず)されなければならない。」

「いい加減に……。」と言いかけて

傷の大男の言葉が途切れた。

壁と天井に繁殖する光る苔のようなものに反射した女の容貌(ようぼう)を見て息を飲み言葉を失(うしな)ったのだ。

(何という美しい女だ。)と傷の大男は心底思った。

(この世に絶世の美貌を持つものがいるとしたらこの女のことだろう。)と心の中で思いながら傷の大男は女を見つめた。

女はやや怒気を露わにして頬が少し桜色に蒸気(じょうき)していたが雪のように白い肌と合わさりこの世のものではない存在感をかもしだしていた。

まさにこの世ならざるもの

「天女か女神か。」としばらく女に見惚れていた傷の大男は我にかえり口にした。

「お前の大勝ちだ。いくらでも砂金を持っていけ。」と傷の大男は蛇に似た女に向き直り

言った。

「どうです。私の言った通りでしょう!

ここで見ると尚更美しいですよ。

私も見惚れるほどにね。」と

蛇に似た女がやや得意げに言うと傷の大男は

「ああ!その通りだ!計画の失敗と部下の

損失は大きいがそれ以上に遥かに価値あるものが転がり込んできた!いずれにしてもこの隠れ家(アジト)の位置が知れている以上、引き上げなければなるまい。」と言うと前へ進み出て女に手を伸ばそうとした。

その瞬間、両者の間に割って入るものが乱入した。

狼の雄だった。

女が心配だったのか狼の雄は洞窟の中まで

来ていたのだ。

「お前……。」と女は

「う……。」と傷の大男を睨みつけ

唸る狼の雄の側に行き頭を優しく撫でながら言った。

「ありがとう。

心配して駆けつけてくれたのね。

でも大丈夫。」と女が言うと

狼の雄は「ク〜ン」と心配そうに鳴いた。

女は再び傷の大男に向き直り歩を進めた。

再度女に手を伸ばそうとした傷の大男は

女から発せられた声に手を止めた。

「下がれ下郎!おまえごときが触れてよい

我が身ではない!」と。

だがそれでも傷の大男は女に手を伸ばそうと

した瞬間、身が竦(すく)んだ。

体が金縛りにあったように女に触れることができなくなったのだ。

「何だ、これは……。」と傷の大男は

つぶやいた。

女を注視して、えも言われない恐怖に

捕らわれたのだ。

目の前の人物は自分より遥かに小さい

女なのか。

傷の大男がいくら女に触れようとしても

体が拒絶した。

いくら体を動かそうとしても指先が震えるだけで指一本動かせないのだ。

(そんな馬鹿な。俺は幾つもの修羅場を

潜って来たんだぞ。それがこんなことで

動けなくなるはずがない。)と何度も

心の中で唱え必死で抗ったが

体は動かなかった。

女は何も不思議な力さえ使ってもいなかった。

ただそこにいただけだ。

傷の大男は更に注視した。

目の前にいるものは本当に女なのか。

数々の修羅場を体験しそのいずれにも

屈さなかった男の初めての恐怖だった。

(この恐怖は何なのだ。)と傷の大男は

思った。

(人物の器の差だとでも言うのか。

いやそれも違う気がする。)と

傷の大男は必死で考えた。

(それではこれは何なんだ。

もっと根元的なもの。

魂!俺の魂が畏怖(いふ)しているというのか。)

と思い当たり再び女を見た傷の大男は

畏怖(いふ)の念を禁じ得なかった。

(霊格の差!!俺とこの女いやこの方では

魂の質!霊格が圧倒的に違うのだ!

だから俺は触れることさえできない!)

そう認識したとき傷の大男は自然と

土下座をし女に対して言葉を発していた。

「参りました。」と。


傷の大男は更に続けて言った。

「さぞ名のある方とお見受けいたします。

あなた様のおっしゃる通りにいたします。

ですが私の願いもお聞き届けいただけないでしょうか。」

その様子を伺っていた蛇に似た女は

「頭、何してんだよ!

その女に土下座して願うなんて!

気でも触れたのかい!」

「黙ってろ!お前にはわからないのか!」

そう言われて蛇に似た女は

女の姿を注視した。

一見変わったところはなく蛇に似た女が

見惚れるほどの美貌である。

「なんだ、なんともないじゃないか!」

と女に触れようとした瞬間、蛇に似た女も

硬直した。

傷の大男(盗賊の一味の頭)と同じ状態で

女に触れることができない。

「なんだよこれは!なんで私の体が動かせないんだよ!頭これが……。」

「わかったろう!目の前のお方は!

俺たちとは人としての器どころか

魂の格、霊格自体が天地ほども違うんだ。

わかったなら俺のように許しをこえ!」

慌てた蛇に似た女も傷の大男に並んで土下座し許しを乞うた。


しばらくして女の口が開かれた。

「あなた方が今までの罪を悔いて償いをするというならば話しを聞きましょう。」

「ありがとうございます。実は……。」

傷の大男は戦によって家族全てを幼少期に失い戦人が大嫌いで鼻を明かすために

あちこちの豪族や戦人の領地を荒らし回っていた。

だが人間一度悪事に身を落とすと歯止めが効かず、気づけばこのような有り様であったと。

「俺いえ私はあなた様にお会いできたのが

自らの運命に思えて、やり直しの機会を得たと。お願い申し上げます。どうか私をあなた様の家来衆の末席にお加えいただけないでしょうか。」

傷の大男は心底思った。

戦や戦人は嫌いだがこの方なら戦以外の風景を自分に見せてくれると。

平和な時代の到来を予感させてくれると。


又しばらくして女の口が開かれた。

「一言いっておかねばなりません。

今の私には記憶がありません。

あなた方が罪を償った上でなら

聞き届けたく思いますが。

記憶がない以上、確約はできませんよ。

それでもよいのですか。」

「構いません。

そうなったなら、それが自分の運命でしょう。」と傷の大男は全てを悟ったように

穏やかに言った。

その返答を聞いた女は表情を緩め微笑を浮かべ「それでは参りましょう!」と出口の方へ向き直り歩み始めた。

「はい!」「クーン!」

と傷の大男と蛇に似た女そして狼の雄は

返事をしてそれに続いた。

隠れ家(アジト)の洞窟を抜けて出口を出た時

夜が明けかけていた。

すると夜明けの陽光に反射して幾つもの人影が蠢くように一斉に動いた。

それは無数にも思えるほどの数の軍隊だった。

それらが一斉に規律しある人物を迎えたのだ。

それは女のことだった。

洞窟に案内したのは狼の雌だったが雄の姿を

確認すると近寄って安心したのか雄の顔を

ペロペロ舐めそれに雄も答え雌を舐めた。

傷の大男と蛇に似た女はその軍隊の数に呆気に取られていた。

そんな中、「姉上!」と女を呼ぶ声が聞こえた。

軍隊の中から一際立派な服装をした人物が

現れた。

歳の頃は15歳になっていないまだあどけない表情がある少年だった。

だがこの少年はおそらく最年少でこの軍の将軍であろうか次の瞬間、「姉上は無事である!」と兵士全員に宣言すると「姉上を守りつつ撤収する!」というと姉である女の手を取り立派な輿(こし)へと導いた。

その立派な輿の前には女性が目を閉じお辞儀をし村の村長たちは地に平伏す形で女を迎えた。

女は思わず「皆さま、どうされたのですか」

と主に女性に話しかけた。

女性は「時が来たのです。」と答え

姉上と女を呼ぶ少年は「弟としてこの国の女王に何かあれば大変です。お迎えにまいりました。」と言った。

「私が女王」と女が言うと

女性が「そうです、

あなた様がこの国の女王「卑弥呼様」なのです!」と告げた。

「私が卑弥呼…。女王」そう繰り返した時、

今までの情景と過去の情景全てが走馬灯のように蘇り次の瞬間、

「そう私は卑弥呼!この国の女王!

女王卑弥呼!」

完全に記憶が蘇った女は堂々と

「我が将兵たちよ!これより王都に帰還する!」と高らかに号令すると夜明けの太陽すら薄らぐ歓喜に包まれていた。


続・まだ題名のない小説 完


いよいよ本編、創聖(そうせい)の蒼き刻(あおきとき)(仮)が開始されます。

まだ日本という国が紀元後数百年で形作られていない時代。

日本初の女王として認知された卑弥呼の物語です。(※開始まで今しばらくお待ちください。)

次回からはまだ題名のない小説からの

同じく続き第二部「GUZE(グゼ)」本編が始まります。







































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続・まだ題名のない小説 三崎和哉 @kazunori615

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