第4話 汚れたライセンス

『りりかの作品、ランキング急落してやがる。ざまぁwww』

『でも、なんで急に落ちたんだろうな? 星は十分入ってるだろ』

『運営は信者票を不正とみなすことにしたんじゃねw』

『いずれにしてもランキングからゴミが排除されてくれてよかった』


 パソコンの画面には掲示板特有の下品な口調が踊っている。間黒まぐろが見た限り、コンテストの専用スレは今朝から「エンジェル☆りりか」のランキング急落の話題でもちきりのようだった。

 複垢のBANに伴うペナルティ付与のアルゴリズムは、サイトの利用者には公開されていない。だから、掲示板の住人達にも、なぜ「エンジェル☆りりか」の作品がランキングの最下層に叩き落されたのかを正しく推察できる者は居ない。だが、ただひとつ確かなのは――住人達は一人残らず「りりか」の急落を喜んでいるということだった。

 他人の不幸は蜜の味とか、そんな単純な話ではない。コンテスト参加者の彼らからすれば、信者票で星を稼ぐ作品が上位に居座っているのは、やはり気が気でなかったのだろう。


 間黒にだって、決して人間として理解できない訳ではないのだ。掲示板の住人達や、新人捜査官の佐門さもんが、「りりか」のような者に不快感をあらわにする気持ちは。

 だが、複垢捜査官が憎むべきは、ただ複垢のみ。相互、レビュ爆、営業、信者票……複垢使用以外のいかなる手段で誰がランキングを駆け上がろうとも、そんなことは気にするに値しない。


 ふう、と間黒が小さく溜息をついて画面から目を離したとき、女性部下の伊倉いくらが珍しく血相を変えて叫んだ。


「警部!」

「な、なんだ?」


 慌てて掲示板のウィンドウを閉じ、間黒は彼女に目を向ける。いや、掲示板を監視するのも立派な複垢捜査の一環なので、別にそれを見ていたことを隠す必要はないのだが、「りりか」の急落に関する話題を個人的興味から追っていた事実は少し後ろめたかったのだ。


「こ、これを……見てください」


 伊倉は、こんなときでも律儀に自分のパソコンの画面をタブレットに移し、間黒の席まで持ってきた。間黒が覗いたその画面には、


「……酷いな」


 今まさに、幾十もの新規アカウントから星を叩き込まれ続ける、「エンジェル☆りりか」の作品が映っていた。

 昨夜起こっていたのであろう現象の再現。新たな星が入る間隔の短さから見て、は同じ端末で矢継ぎ早にアカウントを作成しては「りりか」の作品に星を入れることを繰り返しているのに違いなかった。

 この分だと、また自動オートBANの処理がなされ、「りりか」の作品は更なるペナルティポイントを溜め込むことになる。いくら新たな信者票が入っても追いつかないくらいに――。


「伊倉。の居場所を特定するんだ。早く!」

「もう……、出来て……ます」


 優秀な女性捜査官は、震える唇でその場所の名を告げた。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 間黒と伊倉が駆け付けた先は、複垢警察庁舎からほど遠くない繁華街に位置するネットカフェだった。店員に身分証ライセンスを見せ、直ちに店内に踏み込む。店の奥のオープンブースに、間黒は、見たくなかった背中を見た。


 作者本人の自演でもない。善悪を知らないバカな信者の暴走でもない。「エンジェル☆りりか」の作品の順位をは、ペナルティ付与のアルゴリズムを知る者でしか有り得ない。


佐門さもん!」


 間黒が彼の肩を後ろから引き掴むと、若者はびくっとして振り返り――

 間黒と伊倉の顔を見て、瞬間、ハッと表情を凍りつかせた。


「……間黒警部……」


 間黒を見上げる佐門の声が震えている。ちらりと彼のパソコンの画面を見やると、そこには紛れもなく、Googleメールの管理画面と、「エンジェル☆りりか」の作品画面、そして小説サイトの新規登録画面が、タブブラウザに三つ揃って並べられていた。


「……お前、どうして」


 どうして、なんて、今さら尋ねなくても間黒には分かっている。


「……すんません、警部……。オレ、許せなかったんすよ。卑怯な手段でランキングを荒らすコイツが……。小説と呼べない駄文を信者票で無理やり打ち上げて、他の作者達のやる気を失わせてる、このふざけた女が……!」


 辛酸を噛みしめるような顔で佐門は言った。横から伊倉が「あなたね」と声を上げかけるのを、間黒はそっと片手で遮った。


「佐門。お前のしたことは断じて許されないことだ。複垢警察のライセンスを剥奪する」


 そうなることが最初からわかっていたかのように、佐門は静かに間黒に身分証ライセンスを差し出すと、力なく席を立った。

 間黒達と連れ立って店を出た後、小さく頭を下げてから寂しく街に消えていく若者の背中を見て、間黒はどうしようもなくたまれない気持ちを噛み締めていた――。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 翌日、「エンジェル☆りりか」は自らアカウントを削除し、小説を書くのをやめた旨をTwitterでファンに報告していた。口汚い掲示板の住人達は、彼女がコンテストから消えたことを口々に喜び合いながらも、なぜ彼女のランキング順位が二度にわたり急落したかについては、未だに不思議そうに議論を重ねていた。


『りりか撤退ざまぁwww』

『俺、昼頃にアイツの作品に大量の複垢星が入ってるのを見たぞ。すぐBANされてたけど』

『何だそれ。アイツ複垢までやってたのか?』

『さすがに本人じゃないだろw』

『でも、なんでそれで順位が下がるんだよ。複垢の星が消えたってプラマイゼロだろ』

『ひょっとして、何かペナルティの設定があるんじゃね?』

『誰かが意図的に複垢星を叩き込んで、そのペナルティを誘発したとか』

『そんなことするヤツいんのかよw』

『仮に、順位を下げれると分かってやった奴がいるなら、そいつ勇者だな』

『ああ。ゴミを掃除してくれた正義の味方ってわけだ。まあ、そんなこと出来るとは思わんけど』


 佐門の懲戒免職処分について間黒が書類をしたためていると、伊倉が揺れる声で言ってきた。


「警部。多くの利用者達が『エンジェル☆りりか』の撤退を喜んでいます。あたし達のルールでは裁けなかった彼女の消滅を。……警部、あたし達の仕事とは、一体……」

「知らねえよ。もう面倒なことは考えるな」


 伊倉にというより、自分自身に言い聞かせるように、間黒は続ける。


「俺達は特定の作者に好悪の感情を持ってはならない。ただ不正だけを機械的に切り取るのが、俺達、複垢警察の仕事だ」


 間黒はチェアを回して窓の外を見やった。彼がこれまでに背中を見送ってきた新人は佐門一人ではない。悩み、揺れ、迷い、一人前の捜査官になれぬまま消えていった何人もの若者達の純粋な目が、間黒の閉じたまぶたの裏に浮かんで離れなかった。(完)

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複垢警察24時 板野かも @itano_or_banno

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