第3話 BANの弊害
「
女性部下の
「なるほど。巧妙なカモフラージュだな」
間黒が要点を一目で見抜いて言うと、伊倉は「そうなんです」と頷いた。
「本垢の目星が付けられなくても複垢のBANには支障ありませんが、カモフラ先がこれだけ多いと、コンテストのランキングに影響を及ぼす可能性もあるかと思いまして」
「ふむ……」
伊倉がリストアップした複数の複垢は、いずれも登録の同日に十から二十ほどのコンテスト参加作品を立て続けに評価していた。その中のいずれかの作品の作者が
【複垢1】ラブコメ作品A・現ファン作品B・現ドラ作品C・SF作品D・ホラー作品Eを評価
【複垢2】ラブコメ作品A・現ドラ作品C・SF作品D・ミステリ作品F・現ファン作品Gを評価
【複垢3】ラブコメ作品A・現ドラ作品C・ミステリ作品F・現ファン作品G・ホラー作品Hを評価
こういうことをやられると、どの作品の作者が犯人なのかを見極めることは極めて難しい。この例で言えば作品Aか作品Cの作者が怪しそうだが、そこまで考えて他の作者が工作をしている可能性も否定できない。
……だが、まあ、そんなことは今ここでは問題ではない。本垢の目星が付こうが付くまいが、複垢をきっちりBANするのが複垢警察の仕事である。
今回の
そう、だから、これらの複垢をBANすること自体は何の問題もないのだ。伊倉が気にしているのは、BANがランキングに及ぼす影響のことだろう。
「確かに、これだけ多くの星が一度にマイナスになると、ランキングにも変動が出るだろうな。カモフラージュに使われた作品の作者には気の毒な話だ」
複垢がBANされると、そのアカウントからの評価は単にゼロに戻るだけではない。複垢を使用した不正者へのペナルティとして、BANされた分だけの星が逆に持ち点から引かれるアルゴリズムになっているのだ。
問題は、今回のように、不正者が自分以外の作品にも星を入れるカモフラージュを行っている場合、その作品まで巻き添えでペナルティを受けてしまうことである。
「ええっ、そんなの、巻き込まれた作者が可哀想すぎるじゃないっすか!」
新人の
「伊倉。これらの複垢は即刻BANだ」
心を鬼にして、間黒は宣言した。
「複垢の証拠がある以上、BANは規定通りに行う。それが
「そうですよね。そう仰ると思っていました」
伊倉は顔色一つ変えずに頷いた。佐門はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、間黒が「受け入れろ」と
若者の
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
事が起こったのは翌日だった。朝、間黒がいつものように出勤すると、伊倉が青白い顔をして彼のデスクにやってきたのだ。
「警部、見てください。この作品なんですが……」
「なんだ、こないだ佐門が騒ぎ立ててたやつじゃないか。……随分、ランキングが下がってるな」
伊倉のタブレットに表示されていたのは、例の「エンジェル☆りりか」とかいう地下アイドルの作品。二万人ものTwitter
だが、今見ると、その「エンジェル☆りりか」の作品のランキング順位が急落しているのだ。昨日まで一位に居座っていた筈の作品が、今日は二百位台。恋愛部門の最下位に近い順位である。
「
「こちらです。昨日の二十時頃から二十二時頃にかけて、同一IPの新規垢からの評価が都合四十件。星数にして百二十になります。いずれも評価直後に自動検出でBANされています」
伊倉が見せてきたのは、昨夜の内に大量の不正アカウントが「エンジェル☆りりか」の作品を評価し、直後に
「警部。これは作者本人がやったのでしょうか、それとも……」
「……この作者は、既に信者票ブーストで連日一位に君臨していたんだ。よっぽどのバカでもない限り、自ら不正に手を染める理由はない。……熱心な信者の一人が暴走してしまったのか、あるいは……」
あるいは、の後を間黒は口にしなかった。伊倉には「ご苦労」と言って通常業務に入るよう指示し、間黒自身もひとまずこの件を頭から追い出して、溜まっていた捜査調書の作成に取り掛かることにした。
……そういえば、佐門は?
新人の姿が見当たらないことがふと気になり、間黒は室内を軽く見渡してから、彼が今日は非番だったことを思い出した。
「……まさか、な……」
間黒の小さな呟きに反応した者は、誰もいなかった。
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