第3話 すれ違う青春の面影

 その頃は携帯電話もメールもない。外国からの国際電話などとても高くてかけられない。手紙のやり取りはしばらく続いていたが、そのうち便りも少なくなり、いつしか音信不通になっていった。

 私はしばらくは毎日泣いていた。ドルチェもそれから1年ほどはアルバイトに通っていたが、ある日、何も意味を感じなくなって辞めてしまった。

 情けないことに、死んでしまいたくなった。毎日虚ろな日を過ごしていた。

 

 そんな時、歌手としても仕事が入った。初めてのライブの出演だった。私は嬉しかったが、とても緊張して怖ろしかったが、本来の自分を取り戻す事が出来るようになっていったのだ。

 少しずつ、亨平のことは忘れていった。ライブの仕事が楽しくて、もっともっと音楽の勉強がしたいと思うようになっていた。

 

 私は今でも歌っている。吉祥寺のライブハウスでも歌ったこともある。ふらりと亨平がライブハウスに入ってきて歌を聴いてくれたら・・・時々そんな気持ちにもなる。

 今は井の頭公園に愛犬の散歩で行くことがあるが、公園や街を歩きながら、亨平と歩いた道や長時間話し込んだ喫茶店や公園のベンチを懐かしく眺める。

 ドルチェはもう20年程前にクローズしてしまった。ドルチェのあった店は、違う店になり、あまりの変わりようを見るのが辛くて、今だに近寄ることもしない。

 吉祥寺の街を歩いていて、一陣の風が吹き抜けるとき、若い頃の私とすれ違う。颯爽と歩く姿は自分で言うのもおこがましいが美しい。ふと振りかえり若いときの自分に出会い、ときめき、輝いていたあの頃に想いを馳せる。でも、私の魂は何も変わっておらず、いや、むしろ、若いときよりも面白味もあるわねと自分を励ますことが出来る。

 生き生きとした時間はそのままそこに存在しており、私はまた未来に向かって歩いているのだ。

懐かしい古き良き時代と想い出。永遠に私の命の糧なのだ。

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吉祥寺恋物語 織辺 優歌 @poem_song_6010

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