Crying Out Love in the Pumpkin

「たすけて、コニー」

 夢に現れたかぼちゃランタンたちは、アルエットが押し殺してきた心からの笑顔の自分だったのだろう。

 何度も何度も助けを求めて、俺の夢の中に現れては、訴えようとしていたのだ。

 アルエットの手から、そっと斧を取り上げる。

「つらかったんだな」

 囁くように言うと、アルエットの瞳からどっと涙が溢れた。

 もう一度、アルエットを心から笑わせてやりたかった。

 かぼちゃのランタン一つが彼女を喜ばせるなら、いくらでも作ってやりたい。

 涙に濡れる頬に触れようとして、手を伸ばした時。

 がらがらと、けたたましい音が畑に迫ってきた。

「アルエット!」

 畑の前に馬車が停まる。アルエットが青い顔で、何者かの名を呼んだ。知らない名だったが、停車した馬車から降りてきた男が、間違いなくアルエットの婚約者に違いない。アルエットがここにいることを正確に探し当てたのは、長年使えた御者だろう。

「一体こんなところで、何をしている。こんな夜更けに、こんな人気のないところで」

 神経質そうな表情を浮かべて、婚約者は足元も確認せずにずかずかとかぼちゃ畑に踏み入ってくる。良く実ったかぼちゃも耕した土もお構いなしに、革靴が畑を荒らしていった。

 人の畑をなんだと思っている。


「わたくしが、この方の畑に入り込んで荒らしたのです」

 震える声で、他人行儀に俺を呼んでアルエットが告げる。

「畑を、荒らした? なぜそんなことを……。そんなに私を困らせたいか?」

 高圧的な物言いは、普段どれだけアルエットを追い詰めているのかが見て取れるようだった。大袈裟にため息をつくと、婚約者はアルエットの腕をつかんだ。

「とにかく、屋敷に帰るぞ。畑の補償をしようにも、慌てて飛び出してきたものだから持ち合わせがない」

 引きずるようにして、アルエットが連れていかれる。

 唖然として、その様をただ見ていた。

 アルエットが振り返る。何度も、縋るような目で。

 それでようやく、足が動いた。畑だけは傷つけないように、気を付けて。

 二人が馬車に乗り込む前に追いついた。今にも折れてしまいそうなアルエットの細腕を掴む婚約者の腕を、横から掴んで。


「人が愛情感じまくってるもんに土足で踏み込んできやがって何様だてめえ」

 一息に言い捨てた。相手は言葉を失ったようにこちらを見返してきた。この無礼者がどんな思いでいるかは知ったことではないが、こちらは怒り心頭なのだ。

 怒りのあまり唖然として、動けなくなるくらいには。

「なんだ一体、君は」

 狼狽える婚約者を無視して、俺は引きずってきた斧を振り上げる。

「斧ってのはな。かぼちゃをたたき割るもんじゃねえんだよ、アルエット」 

 かぼちゃを割る時よりもはるかに重い、破壊の音が響き渡った。

 黒塗りの馬車、その車体に深々と斧の刃が突き立った。さらに車輪に一撃、二撃。

 多分、斧は馬車を壊すためのものでもない。

 知ったことか。

「返せよ」

 アルエットを抱き寄せる。

「アルエットはな。に、心から笑っているのが一番似合うんだよ」

 お前、見たことないだろ。

 そう嫌味たっぷりに言ってやれば、婚約者は盛大に顔を歪めた。

「なんなんだお前は!」

 いきり立つ相手に、余裕たっぷりに笑って言ってやる。


「かぼちゃのゴーストだよ」

 その言葉に、腕の中のアルエットが笑ったような、気がした。

「ゴースト?」

「お前らに壊されたかぼちゃが、一矢報いてやろうと化けて出たんだ」

「かぼちゃを、壊す? そんなことをした覚えはないぞ」

「いや。壊したのはお前らだよ」

 アルエットは、心からの笑顔の自分を壊したのは、自分自身だと泣いた。

 だけどそこまで追い詰めたのは、周りの人間だ。

「アルエットは俺のもんだ。好きにさせてたまるか」

 細い体を受け止めた手を、離すまいと力を込めた。

「……違うわ。壊したのは、やっぱり私」

 腕の中から声がした。ゆっくりと俺の腕をほどいて、アルエットは一歩前に踏み出た。

「だから、戦わなくちゃいけないのも私」

 アルエットは馬車から引き抜いた斧を、どん、と音を立てて力強く地面に突き立てた。

「たすけてくれて、ありがとう、コニー。私、もう自分の顔を叩き割ったりなんか、しないわ」

 まだ、震える肩。途切れそうな声。

 それでも、前を向いて。

「そのままとぼとぼと、一人でお屋敷まで歩いて帰りなさい」

 力強く、アルエットは笑った。

「もう、ぼんやり笑ってるだけのお嬢さんじゃないのよ」


 瞬間、かぼちゃ畑の方から光が浮かび上がった。

 粉々になったかぼちゃの惨殺現場から、ふわふわと温かな光が立ち上っていく。

 その明かりの中に、ぼんやり笑顔のかぼちゃたちがいて。

 満足したように、最後に強く輝いて消えていった。


「……アルエット、いきなり強くなっていないか?」

「あなたが傍にいてくれるからよ。コニー」

 だから笑えるの。

 そう言って、アルエットはそれはそれは美しく笑うのだった。

 と、唐突にアルエットが、俺の腕を強く引っ張った。

 そのまま壊れた馬車と婚約者たちを置き去りにして、力いっぱい走り出す。

「とりあえず、これ以上あの男の顔を見ていたくないわ! かぼちゃをぐしゃぐしゃにしてしまって、本当にごめんなさいね。埋め合わせは絶対にするわ! あのね、光って空に消えていったかぼちゃさんたちを見ていたら、綺麗な星空を見たくなったの。村はずれの何もない草っぱら、あそこなら満点の星空が見られるから行きましょう!」

 走りながら、アルエットはひたすらに喋り倒した。今まで押さえつけられてきたものを、吐き出すように。

「わかったから、走りながらしゃべるな。舌嚙むぞ」

「これからどうなるかはわからないけれど、とにかくコニーと一緒にいられればいい!」

「それは俺も!」

 駆け抜ける。ひたすらに。

 煩わしいものは振り切って。

 視界が大きく開けて、草原に駆け込んだ。

 見上げた満天の夜空。星の輝きは、あの間の抜けたかぼちゃたちが笑っているように見えたから。

 今年もひとつ、かぼちゃランタンを増やそうと思う。

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かぼちゃ畑の断頭台 いいの すけこ @sukeko

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