Catcher in the Pumpkin

 私はハロウィンのお祝いが終わったその日から、もう次の年のハロウィンを心待ちにしていた。

 コニーはいつも私のために、可愛らしいかぼちゃランタンを用意してくれたから。

 私は年ごとに形を変える、だけど温かい笑顔だけはずっと変わらない、そのかぼちゃランタンを宝物のように思っていた。

 この先十年、二十年だって、コニーと一緒にハロウィンを過ごしたい。


 けれど十六歳の年のハロウィンが終わった、その日。

 私は見も知らぬ男の人と、結婚することになるのだと告げられた。

 まったく実感の湧かない言葉だった。

 私の人生はお父様が決めるものだから、いつかはそうなると思っていたけれど。婚約が思ったより早かったのか、遅かったのかはよくわからなくて。ともかくも、そんな風に人生が定まってしまうものかしらと他人事のように思っていたら。

 

 もうコニーと会ってはいけないと、そう言いつけられた。

 その瞬間に、私は人生を自分で決められないことの恐ろしさを知った。

 コニーではない誰かと結婚をして、伴侶として従って生きていくことのおぞましさに震えた。

 怯える私にお父様は、女はともかく愛想よく笑っていれば務まると言い。

 お母様は、どんなにつらくても笑顔で乗り切りなさいと教え。

 だから私は、将来の夫となる人と初めて会った時も笑顔でいた。

 コニーが褒めてくれた――からかったように聞こえたけど、私は褒められたと思っている――ぼんやりとした笑顔で。

 けれどその人は『子どもっぽくて、馬鹿みたいな笑い方だ』とけなした。

 その人の奥さんになるなら、もっと賢そうな、すまし切った笑顔じゃないと駄目みたいだった。

 

 鏡の前で、婚約者の望み通りの笑顔を練習する。冷たい鏡に映る笑顔は理知的で、だけど鉄みたいに固まっていた。

 従順に笑う。

 笑顔を装った仮面を張り付けて。顔が軋んで、血が通っていないようだった。氷で作ったみたいだと思った。

 澄まして笑うたびに、私は自分の本当の笑顔を捨てていった。

 あの愛らしいかぼちゃランタンみたいな、ただ幸せで笑っていた顔を消し去っていく。

 罵られようとも、叩かれようとも。捨てた顔の代わりに、偽りの笑顔を浮かべる。

 ベッドに無理やり押さえつけられようとも、最後には、笑って。


 無理だ。

 もういやだ、むりだ、できない。にげたい。

 私が壊れてしまう。

 飛び出した。家から。

 鳥かごから、牢獄から、無慈悲な看守から逃げ出した。

 コニーに会いたかった。

 がむしゃらに走って、彼の家に広がるかぼちゃ畑にたどり着く。収穫を控えた畑には丸々としたかぼちゃがごろごろ転がっていた。

 まるで人間の頭みたいだった。

 これはきっと、私の頭だ。

 私が捨ててきた、自分の体から切り離してきた、心から笑っていたはずの顔。

 薪小屋に備えてあった、斧を見つけた。

 かぼちゃに斧を振り落とす。

 実が割れて、中から鮮やかな黄色が現れた。

 次々と転がるかぼちゃを殴りつけていった。私が処刑人なら、囚人をたくさん苦しめていただろう。あまりにも雑で、めちゃくちゃだったから。


 私は愚かな処刑人だった。

 これまで自分を何度も何度も断頭台に送り出して、何度も何度も自分の頭を叩き落としていった。

 これが頭なら、きっと脳味噌だ。飛び散る汁は血飛沫。砕ける音は断末魔の悲鳴。そう思うと、なんて残酷なのだろう。

 だけど目の前のそれはとても綺麗な黄色をしているから、私の頭の中身とは別物だ。

 そう思った途端、コニーが作ってくれた可愛いかぼちゃランタンを思い出した。

 彼が手ずから作ってくれた、愛しい愛しいかぼちゃさん。

 私もコニーが手塩をかけて育てた、美しい色のかぼちゃみたいに。

 優しく笑う、かぼちゃランタンみたいに。

(あなたに、愛されたかった)

 そういう人生がよかった。

 足元に砕け散る、蹂躙されたかぼちゃ。


「アルエット」

 声がした。身内で暴れる心音でも、荒れる呼吸音でもかき消すことのできなかった、大好きな。

 ああ。

 会えた。

 だけど、きっとコニーは怒っているだろう。

 大事にしているかぼちゃ畑をぐちゃぐちゃに荒らされて。心を込めて育てたかぼちゃを惨殺されて。

 ああでも。

 会えた。

「たすけて、コニー」

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