Who killed Pumpkin?
俺とアルエットは、会うことはなくなった。
かぼちゃ畑の柵にもたれかかって、夕暮れまでお喋りをすることもなくなったし。
かぼちゃランタンも、今年はもう作らない。
一人で外を出歩くことのなくなったアルエットが、馬車に乗って去って行くのを見かけたことがある。
車窓の向こうのアルエットは、もうあののんびりとした、気の抜けた笑顔ではなかった。大人のようにすまして、俺の知らない顔で笑っている。
隣に座っていた男が、多分アルエットの婚約者だったのだろうけれど、顔はわからなかった。
きっとかぼちゃよりは、ましなツラだろう。
なんて思って、自分が丹精込めて育てたかぼちゃに対して、それはあまりに腹が立つなと。自分で自分に腹を立てる始末だった。
かぼちゃ畑の世話に専念して、余計なことは考えない。
とにかく働く、生きていく。そうしてアルエットが欠けた以外は、何も変わらない日常に戻って毎日を同じように繰り返す。
今年もいつもの年とほぼ同じように、沢山のかぼちゃが実った。
あまり変わらず、同じように。上出来だ。
収穫が減れば稼ぎが減る。生活が脅かされる。作物は、いつもいつも同じように育つとは限らない。天気の機嫌と土の具合、かぼちゃの生命力、人間にはままならない自然の恵みと脅威に向き合いながら、収穫量に一喜一憂する。冬を越せるか越せないかを左右される。
穏やかに笑っていた頃も、すまして笑う今も。アルエットはこんな苦労を知らずに生きていくのだろう。
それでいい。
アルエットの笑顔を想像してしまったせいだろうか。
その晩、夢を見た。
暗闇の中に、ふわふわ漂う間抜けな笑顔。ぼんやり光るまんまるの目と、緩んだ口の形。
アルエットのために作ったかぼちゃランタンが、俺の夢の中で笑っている。
アルエットが愛らしいと褒めてくれていた顔なのに、かぼちゃランタンの笑顔はなぜだか寂しく見えた。
それから何度も、同じような夢を見た。
俺が作った笑顔のかぼちゃが、ひとつ、またひとつと増えながら夢の中を彷徨う。
アルエットは『見ていると、心が暖かくなるの』と言ってくれた。
かぼちゃを作ると、アルエットの方こそ暖かく笑ってくれるから。だから俺は、毎年作り続けた。
かぼちゃ達は、今年もまた作ってくれと言っているのだろうか。
仲間を増やしてほしいと、訴えているのだろうか。
そう、まるでなにかを訴えるように。
かぼちゃたちは俺の夢の中に現れては、寂しくぼんやり光るのだ。
(でも、何を?)
本当に仲間がほしいとでも?
ベッドに入って、かぼちゃたちが何を言わんとしているのかを考える。
まさか『おかしくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ!』でもないだろう。
頭のなかで、かぼちゃ達がわあわあとお喋りをしだす。幼かった頃の自分やアルエットのような、高くて無邪気な声をしている。自分達が作ったかぼちゃ頭に、いっぱい話しかけて遊んでいたせいだろう。
あの頃と違って、夢の中のかぼちゃたちはとても寂しそうなのに。
「……なんだ?」
ベッドのなかで眠れぬまま過ごしていたら、外から妙な音が聞こえた。
なにか、不穏な音。
音はかぼちゃ畑の方からだ。畑を荒らしに着た獣か、それとも泥棒。
途中で武器になりそうなものを持っていこうと考えていたけれど、それらしいものを見つける前に畑にたどり着いてしまった。
薪小屋の前に、いつも斧があるはずなのに。
月明かりに照らされた、収穫前のかぼちゃ畑。
そこらじゅうにごろごろと転がる玉は、確かに人間の頭にも見えて。
その頭に、斧が振り下ろされる。
がつんと音を立てて、かぼちゃが割れた。かぼちゃを叩き割った斧を握るのは、ゴースト、ではなくて。
「アルエット」
俺の呼び掛けに振り向いた顔。隣にいた頃は愛らしく笑っていた、アルエットだった。
幽鬼のように青白い顔で、月の光の中で力なく微笑んでいた。張り付けたような、笑顔で。
「なにやってるんだ、アルエット!」
斧を握った右腕を掴む。アルエットの細いからだは、操り人形の糸を無理矢理引いたときのようにがくりと揺れた。
「かぼちゃなんて叩き割って! 一体なんだっていうんだよ!」
足元には、無惨に破壊されたかぼちゃが破片になって散らばっていた。いくつも、いくつも。
「これは、かぼちゃじゃなくて、頭」
頭上の糸を切った人形のように、アルエットはかくんと首を傾ける。
「私の、頭」
「は……?」
「もう何度も何度も、私は私を殺してきたの。もうずっと、心から笑ったことなんてない。私は笑顔の自分自身をなかったことにして、体から切り離してきたんだわ」
張り付いた笑顔が崩れる。ぼんやり笑ったかぼちゃの顔を砕いたら、こんな風になってしまうんじゃないだろうか。
痛々しい、泣き顔に。
「たすけて、コニー」
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