かぼちゃ畑の断頭台
いいの すけこ
Comin Thro' The Pumpkin
「かぼちゃ畑って、人間の頭が転がってるみたい」
そうアルエットが言うから、俺は夕暮れのかぼちゃ畑を見渡した。
敷き藁の上を這いずる蔓の合間に、ごろごろと転がるかぼちゃの実。間引いても間引いても追いつかない、無限に伸びた蔓に溺れるように濃い緑の実が転がっている。
「そうか? かぼちゃは、かぼちゃだろ」
確かに、子どもの自分達には夕闇は少し怖い。だけどここは、慣れ親しんだかぼちゃ畑だ。
アルエットは、むっとしたように唇を尖らせた。
「だってかぼちゃは、ゴーストの顔をしているじゃない」
「ゴースト? ああハロウィンの」
「そうよ。ジャック・オ・ランタン」
鋭い眼光、鋸のような歯が並ぶ大きな口。
十月三十一日の夜に現れる、彷徨える死者。その魂。もしくはその鬼火の器。
かぼちゃで作る、お化けランタン。
「怖い?」
「怖いわよ。おっかない顔をしているじゃない」
収穫前のかぼちゃはいつも通り、ごつごつとした表皮を沈みかけた夕日に光らせているだけなのに。アルエットの言うように、不気味な顔が浮かび上がってくるようだった。
足元に転がる『頭』から逃げるように、アルエットは俺の背後まで身を引いた。
「ゴーストは、もともと人間の魂よね。だったらここに転がってるかぼちゃも、人間の頭なんだわ」
「ジャック・オ・ランタンが、本当にゴーストなわけないだろ。それに、ここのかぼちゃは食用。家の飾り用に二、三個はランタンにするけど」
俺はふくれっ面のアルエットに、指先を突き付ける。
「あとはみんな美味しく食べてもらうために作ってるんだ。うちの作ってるものに、文句つけるなよ」
「確かに、コニーのお家のかぼちゃは美味しいわ」
「だろう」
やっとわかったかと、俺は満足してふんぞり返る。
「でも、やっぱり怖いの」
おずおずと言うアルエットに、俺は肩を落とした。
「これだからお嬢さんは。十歳にもなって」
「だってえ」
「……ちょっと待ってな」
収穫前のかぼちゃや整えた土を、不用意に踏まないように気を付けながら、俺は畑に踏み入っていく。食べるには不向きな、だけどそこまで不細工ではないかぼちゃを一つ見つけて、もぎ取った。
「大方、誰かに怖い話でも聞かされたんだろ。怖がりなんだから」
かぼちゃを胸に抱えて戻ると、アルエットは瞬きをした。
「コニー。そのかぼちゃ、どうするの」
アルエットの言葉には答えず、とりあえずかぼちゃを足元に置く。かぼちゃの熟す時期の日照は長いから、夕日ももう少しは明るいはずだ。
俺は腰のベルトに挟んであった農作業用のナイフを取り出すと、その刃をかぼちゃの表面に突き立てた。
刃先で表面をなぞって線を描き、皮をざくざくと削いでいく。
「よし、できた」
アルエットの眼前に、かぼちゃの『頭』を掲げる。
時期になるとあちこちで飾られる、ジャック・オ・ランタン。
まあるい目が二つ、大きな口が一つ。
「……可愛い!」
アルエットの目が、きらきらと輝いた。
「これだったら、怖くないだろう」
目は吊り上がった三角目じゃなくて、まんまるつぶらな瞳。
口には牙がなくて、ゆるゆると笑っている。
ゴーストには程遠い、愛らしい笑顔のかぼちゃ。
「うん。ちっとも怖くない」
アルエットは笑った。俺が作ったかぼちゃみたいに、ふわふわとした笑顔で。
「アルエットに似てるだろ」
「えっ、そのぼんやりした顔が?」
「だって、アルエットはぼんやりしてるじゃないか」
「ひどい!」
アルエットが俺を叩こうとするから、俺はかぼちゃを高く持ち上げた。
「あっ、駄目よ。落ちたら割れちゃう!」
「おとさないでえー」
俺はわざと高い声を出して、間の抜けたかぼちゃの声音っぽく喋った。そっとかぼちゃを受け取ったアルエットは、抱きしめて赤ん坊をあやすようによしよしと撫でる。
「こんなに可愛いのに、割れちゃったら可哀想よ」
「くりぬくと時間がかかっちゃうから、表面の皮を削って顔にしただけなんだけどな。それ、ちゃんとくりぬいてランタンにしといてやるよ」
「本当に? ありがとう!」
蠟燭を入れて光らせたら、きっともっと可愛いわね。
そう言って、まるでお人形や小さな動物を慈しむように、アルエットはかぼちゃに笑顔を向ける。
その夢見るような笑顔は、どこまでも無邪気で。
愛らしいだけを目指して作ったかぼちゃの顔に、本当によく似ていた。
本当はゴーストなんて、そんな恐ろしくて自分を脅かすような存在など、一切知らないこどもの顔。
丘の上のお屋敷に住むお嬢さんは、きっと温かくて幸福なものだけしか知らないのだろうけれど。
「大好きよ、コニー!」
それでもいいから、自分の隣で笑ってくれていたら良いなと、こっそりと思うのだった。
それから俺は毎年、アルエットのためにかぼちゃランタンを作るようになった。
顔は毎年、おとぼけ笑顔で。
気は抜けているけれど、邪気の一切ないかぼちゃを、アルエットはとても気に入っていた。
うちの畑で獲れたかぼちゃも使ったし、よそから仕入れたかぼちゃも使った。
なんでわざわざよそから買うんだと呆れる両親には、良いかぼちゃを育てるための研究だなんて言ったけれど。
本当は、様々な種類のかぼちゃで作った方が、アルエットが喜ぶと思ったからだ。
ある年は、玉葱みたいな白いかぼちゃ。
ある年は、細長い形をした、白い縞模様がおしゃれなかぼちゃ。
張り込んで、幼児の身長くらいはありそうな、大きな橙色のかぼちゃで作った年もある。
そのどれも、アルエットは喜んでくれた。
ランタンは火を入れるとぼんやり光って、温かな明かりになった。
その柔らかな光に照らされるアルエットの微笑みは、何にも代えがたかったから。
俺は毎年毎年アルエットのために、かぼちゃランタンを作ってやると決めたのだ。
けれど七つ目のかぼちゃを作った、十六歳の年。
アルエットはどこの誰とも知らない相手と、婚約をしたのだった。
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