妹に首輪を着けた話
山外大河
妹に首輪を着けた話
「首輪を着けましょう。私が兄さんから逃げられないように」
実家で暮らしている筈の年の離れた妹が僕のアパートに転がり込んできたあの日、一晩だけ泊めて家に帰そうと考えていた僕に対して妹は笑みを浮かべながらそう言った。
流石にそれを聞いた時は唖然としたのをよく覚えている。
家出をしてきているのだろうから、家に帰そうとする僕に対する妹なりの抗議だったのだろうという事は分かるのだけれど、何をどうすればそこまで歪な言葉選びをしてしまうのだろうと、我が妹ながら恐怖すら感じた。
だけどそんな疑問は社会人になって逃げるように地元を離れた自分自身が答えのようなもので。
つまりは両親の代わりに自分を縛り付けろという事なのだろう。
誰かに管理されていないと生きていけない。
そうなる前に逃げ出せた自分とは違い、妹は逃げ出せた時にはそうなってしまっていたのだ。
とりあえず僕は妹の意味深な発言について、そういう解釈をしておく事にしたんだ。
とにかくその日から僕は妹を自分の手で管理する事にした。
衣食住を提供し、当面の生活の面倒を見てやる。
こんな言い方をしたくは無いけれど、妹にしてみれば首輪を着けられているという事なのだろう。
だけどはたして首輪を着けられたのは妹の方だったのだろうか?
逃げ出してきたのなら帰してはいけないと思う位に酷い家から逃げてきた妹を、一度は家に帰そうとしたのだ。
そんな僕に自分の生活を縛らせる。
それは妹が僕に首輪を着けたという事なのでは無いかと。
「これでよし」
「お疲れ様」
両親を実家近くの山に埋めた今、吐きそうになりながらふとそんな事を考えた。
そして全部終わらせた事でふと過去を振り返ってみた訳だけれど、果たして僕の両親は昔から毒親だったのだろうか?
遡れる記憶の最初の方はそうでは無かった筈だ。
「ありがとう、兄さん」
両親はもしかすると、妹から僕を守ってくれていたんじゃないかと。
笑みを浮かべる妹を見てそう思った。
妹に首輪を着けた話 山外大河 @yamasototaiga
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