【短編】本物の死神が都会のハロウィンに参加したら、今日死ぬ奴にナンパされてしまった話。

夜葉@佳作受賞

本物の死神と都会のハロウィン

 10月31日。


「さぁ……今年もやって来たわね」


 夜空に輝く一等星も二等星も見えない、ギラギラとした欲望渦巻く都会のド真ん中にて。日々の不満とストレスを抱え、出会いと解放を求めて現れる現代の妖怪達が一夜限りの群れを成す。


 そう、今宵は。



「ハロウィンだあーーー!!」



 駅前のスクランブル交差点の中心で、紫のとんがり帽子とマントに身を包んだ魔女風の女の子は、両手を天に掲げ盛大に祭りの開幕を宣言した。


 女の子のやたらと大きな声が響き渡った駅前は、ほんの一瞬だけ静寂を手に入れるとすぐ思い出したかのように頭が痛くなるような騒がしさを取り戻す。


 それどころか、女の子の声を聞いた群衆は以前にも増してうるさく騒ぎ立てていた。


「ハッピーハロウィンーーー!!」


「楽しもうや!!」


「うぇーーーい!!」


「ウチらサイコーーー!!」


「かんぱーい!!」


 普段なら奇異の目で見られる言動も、今日という一夜だけは大衆の一部になれる。どれだけ人から外れようが、どれだけ人と異なろうが、ハロウィンという夜は皆を平等に包み込んでしまうのだ。


 そう。それがたとえ本物の死神だとしても……。


「さぁて……今年はどんな奴と遊ぼうかなぁ? くくくっ」


 誘導を行う警備員も取り締まりを行う警察も無視して、夜に群がる仮装集団は電飾の街を闊歩する。国内外からフィクションのものまで混ざった偽物の警察が入り乱れ、誰が本物で誰が本当の事を言っているのかも分からないぐちゃぐちゃのルールが出来上がる。


 抑圧から解放されたい彼らのルールはただ一つ、楽しんだものが勝ちなのだ。

 そんな刹那的で独善的で自己中心的な夜が、死神の女の子は好きで好きでしょうがなかった。


「今年はいったい何人から声をかけられるのかしら……楽しみだわ」


 何十何百といる夜の住民へ、魔女風の女の子は挨拶代わりに大声を上げていた。当然、目立った女の子へは数多もの視線が集まって行く。そして、パーティのお相手を求める獣共はその美貌に捉えられる。


 誰が先に行くかといじらしいチキンレースが開催されていると、一人の男が女の子の背後から声をかけた。


「ね、ねぇ君一人なの? よかったら俺と遊ばない? へへへ……」


 早速一匹釣れた。見た目が気に入ったらこいつと遊びに行こう。女の子はウキウキしながら小さくジャンプし振り返ると、そこにはやたらひょろ長いかぼちゃ頭の男が立っていた。


「……は?」


 せっかくのワクワクを返せ。適当に買ったのが丸わかりな安っぽいかぼちゃの被り物に、よれよれの白シャツと何年履いてんだと言いたくなる擦り切れたチノパンに身を包んだその男は、唖然する女の子を無視して勝手に話を進め出す。


「俺も一人でさぁ……。友達にドタキャンされちゃって、一人寂しくしてたんだよねぇ。君も一人でしょ? 丁度良かった。あ、なんか飲み物とか買って来ようか? 都会の子はタピオカが好きなんだよね。あれ、今はもうバナナジュースなんだっけ?」


「いやいやいや要らないわよそんなの! 何勝手に話進めてんの!? こっわ!!」


 突如現れた不審者に驚く死神少女。だが彼女の目には不審者の姿の別に、彼の頭上へあるものが映っていた。



『20XX年 10月31日』



 その数字は、定められた命日となる日付であった。


(こいつ……今日が命日じゃない。寿命って訳では無さそうだし、病気? でも見るからにピンピンしてるし……という事は事故死、か)


 死神の少女の前に現れたのは、ハロウィン当日が命日となる男であった。予想外の出来事に驚いていると、黙ってしまった彼女を見てかぼちゃ頭の男は別の口説き文句を考える。


「あれ、やっぱりタピオカがいい? バナナジュースが流行ってるって聞いたけどデマだったんだね」


「ち、違うわ! こっちはずっとかぼちゃ被ったまま素顔も明かさない奴目の前にして驚いてんだわ!! まだ何も答えてないのに勝手に話進めるヒョロガリに遭遇してビビってんだわ!!」


「あっごめんごめん。まだ名乗ってなかったね。俺はヒデオ。英語の英に雄姿の雄って書いて……」


「素性じゃねぇよ素顔だよ!! そもそもお前とは遊ばねぇよどっか行け! シッシッ!!」


「えぇ……そんなぁ……」


 終始かぼちゃ頭を外さなかった不審者から遠ざかるように、女の子は勝手に行進する百鬼夜行の中へと逃げ込んだ。


「せっかく羽を伸ばしに来てるのに、仕事なんかする訳ないでしょ。さ、次々っと……」


 死神の主な仕事は、死んだ人間からの魂の回収である。悪霊へ変化をするより前に魂を回収する事で輪廻転生を施す、世界を裏から支える重要な仕事である。


 だが今の彼女はハロウィンの一参加者。わざわざ息抜きのためハロウィン会場まで足を運んだというのに、こんな所まで来て真面目に仕事をするつもりなど毛頭ないのだ。


 いきなりの大ハズレを引いてテンションだだ下がりな女の子は、次を探すためトボトボと騒がしい夜の街を行脚するのであった。



 ────────────────────



 都会のハロウィンへ参加してから早一時間。気合の入った魔女風な衣装、もとい死神の服を着こんだ女の子はハロウィン賑わう電飾の街で孤立していた。


「ど、どうして……どうして誰も声をかけて来ないの……!?」


 気分を変えて都会のハロウィンを楽しむも、彼女へ声をかけてくれる者がいない。

 いったい何故なのか。と道端から様子を伺っていると、女の子はある事に気づいた。


 声をかけている者もかけられている者も、どちらもグループなのである。同じテーマのコスプレで統一したグループが同テーマの仲間を見つけて声をかけるなど、最近のハロウィンは複数人参加が当たり前となっていたのだ。


 女の子の不幸はそれだけに留まらない。最近の流行はアニメやゲームのキャラクターといった近代的なものや、テーマも不明なひたすら派手さを求めた奇人変人が主立っており、古来よりあるお化けや魔女などといった霊的な存在の仮装はもはやマイノリティへと移り変わっていたのである。


「去年、いや一昨年辺りから新しい風を感じていたけど……まさかこんなすぐに変わるなんて」


 一般的なハロウィンパーティならまだしも、ここは都会のハロウィン。伝統的で古風な衣装はここでは逆に浮いてしまっているのだ。


 そんな事など知りもせず例年通りの衣装で参戦した死神少女は、グループには相手をされず街を行脚するコスプレ集団には見向きもされない、絶妙に微妙な立ち位置へと収まってしまっていたのだった。


 誰にも相手をされずお祭りのモブとして終わるのは何としても避けたい。そのためには急いで死神の仲間を呼ぶか、別のコスプレを用意するか、それとももう帰って他の会場でも探した方が早いのか。

 楽しい夜が終わる前にどうにか出来ないものかと考えていたその時、どこからともなく女の子を呼ぶ男の声が聞えて来た。


「ねぇ君一人? よかったら俺と遊ばない……?」


 来たぁ!!


 これは間違いなくナンパである。しかも彼は一人で居る死神少女を見つけた上で声をかけている。という事はグループじゃないとかウケが悪いとか時代に合わないとか、そんな事はもうどうでもいいのである!!


「もちろん! 喜んでっ!!」


 女の子はついにやってきたチャンスに胸を躍らせ、満面の笑みで振り返る。この際どんな奴でもいい。この夜の街で一緒に遊べる奴なら、誰とでも盛り上がってやろうじゃないか。焦りすら見えていた現状から逃げるように、死神の女の子はその男の顔を視界へと捉えた。が。


「げっ、お前……」


「ん、あれぇ? さっき駅前で叫んでた子じゃん。ビックリしたぁ。俺ビックリしたら心臓止まっちゃうんだよね。こんな所で何してるの? あ、もしかしてまだ一人なの? だったら俺と遊ぼうよ~」


 期待に膨らんだ胸はそのまま爆発し、悲しい音を立てて消え去って行く。声をかけてきた男は、駅前で出会ったなよなよしいかぼちゃ頭のヒョロガリであった。


「だ、誰がお前となんか遊ぶかっての!! 私はもっとイケてる奴捕まえて心ゆくまでハロウィンを謳歌しようと……」


 反発的に拒絶反応を起こしたが、実際今の今まで他に相手をしてくれる男はいなかった。仲間を呼ぶにしても別会場へ移るにしても、貴重な時間のロスは否めない。


 何より、うかうかしているとこの楽しいパーティも終わってしまう。博打を続け電飾の街を彷徨うぐらいなら、この際四の五の言わず誰でもいいから選んでしまった方が良いのかもしれない。それに、死神の女の子には男のある疑念が拭えないでいた。



『20XX年 10月31日』



 かぼちゃ頭の頭上に浮かぶ、死を告げる命日。そして、ハロウィンという夜はもうあと数時間で終わってしまう。


(あと数時間の内に、この男は死んでしまう。こんなに楽しい夜なのに、この男は……)


 この先起こる事など知る由も無く、かぼちゃ頭のヒョロガリはあの手この手で死神の女の子を口説き落とそうとしていた。彼の無邪気であり不気味でもあるひょうひょうとした姿が、女の子には妙に興味を引かせる。


「いや、いいわ。お前がそこまで言うなら、一緒に遊んでやろうじゃない」


「えっ、本当!? 嬉しいなぁ~。じゃあさじゃあさ、すぐそこにかぼちゃのフラペチーノ売ってたから買って来てあげるよ。あ、かぼちゃ大丈夫? 嫌いだったら他の買って来ようか?」


「いいえ大丈夫よ、さあ行きましょうか。共にね」


 それは同情か、あるいは死神としてのノルマのためか。死神少女は、かぼちゃ頭の誘いへ乗る事にしたのだった。



 ────────────────────



「~でさ、一緒に都会のハロウィンでナンパしようって約束してたのに、そいつ課題が終わってないからってついさっきドタキャンしたんだよ。俺もう会場に着いてたんだよ!? 酷くない!?」


「あっそ。その話面白くないからもういいや」


「そんなぁ……。それじゃあさ、君はどうして参加してるの? 一緒に来る友達とかいなかった感じ? あ、そういえば名前聞いてないじゃん。何て名前なの? 俺はヒデオ。英語の英に雄姿の雄って書いて……」


「その話ももういいって。私はエリィとでも呼んでくれればいいから。というか、お前本当に話面白くないな……」


 死神少女のエリィは早速後悔していた。かぼちゃ頭のヒョロガリことヒデオと行動を共にする事になったが、いかんせん彼の言動が面白くないのだ。


 適当に飲み食いしては化け物集う駅近辺を練り歩く二人。魔女にかぼちゃと結局古風な組み合わせになってしまった二人は、他のグループと交わる事なく途方もない会話に明け暮れるだけであった。


 会話のネタも尽きて来たヒデオは、退屈そうなエリィに対して率直に今の状況を聞く事にした。


「ねぇエリィ。気になったんだけど」


「は? なにが?」


「都会のハロウィンって、何をするの?」


「はぁーーーーー!?」


「初めて来て何するのか分からないんだよ!! このイベントって何するのが正解なの!?」


 出会った時から変な奴だと思っていたが、その根底には初めて参加するイベントに対しての緊張もあったようだ。漠然と男女の出会いの場としか考えてなかったヒデオは、その後の事について何も知らなかったのである。


「そりゃお前、適当に出会った奴と写真撮ったり、大人数で集まってデカい音楽聴きながら酒飲んで騒いで、それで……」


 思い返せばエリィもこれと言った内容が思い浮かばなかった。去年も一昨年も参加はしていたものの、朝まで酒を飲んで騒いでいた記憶しかないのだ。しかもこの死神、やたらアルコールに強いせいで飲み比べに負けた事がなく、その後の展開を知らないのである。


 気か付けば一晩中酒を飲み明かしていた。何が目的で開かれているかも分からず、ただ騒ぐためだけにエリィは参加していたのだ。


「とにかく酒よ酒! そこのコンビニで適当に買い漁って来なさい!!」


「えぇ!? でも駅前のお巡りさんが飲酒はダメだって……!」


「勝手に集まって騒いでるくせに今更いい子ちゃんぶってんじゃねぇ!! いいからさっさと酒買って来いよ!!」


「わ、分かったよ。補導されても知らないからね……」


 エリィの勢いに押されたヒデオは、怖気づきながらも酒を買うためコンビニへと入って行く。ヒデオの姿が見えなくなるや否や、エリィは改めて彼の今後を考えた。


「日付が変わるまではあと二時間弱。この後どうやって死ぬのかしら。街は歩行者だらけで追突事故の線は無さそうだし、街の装飾や他の連中のデカい仮装にでも襲われたりして。それなら私も気を付けないと危ないわねぇ……っと。はや、もう戻って来た」


 物寂しそうに小さなレジ袋を握ったヒデオがコンビニから戻って来る。やけに膨らみの無いレジ袋を見て、エリィは思わず疑いを持った目で彼を問いただした。


「おい、なんだその小っちゃい袋は。ちゃんと酒買って来たのか?」


「それがもうほとんど売り切れててさぁ……。残ってた缶ビール二つと適当におつまみ買って来たよ。エリィはどっち飲みたい?」


「お前瓶とか紙パックとかの棚もちゃんと見たのか、ああ!?」


「俺お酒はほとんど飲まないんだよ~! コンビニって缶ビール以外に売ってるの?」


「満足に酒も買って来れねぇのかお前は。……ったく、そっちの度数高い奴渡せ。それでいい」


「分かったよ。……で、度数って何?」


「アルコールの割合だよ! お前はもうつまみだけ食ってろ!!」


「えぇ酷い……」


 酒を前にして気性の荒くなるエリィ。結局両方の缶ビールを奪った彼女と共に、つまみだけ食べる事になったヒデオはハロウィンの会場へと戻るのであった。



 ────────────────────



 飲酒を始めてから約一時間後。

 相も変わらず目的無く歩いていると、何かを発見したかのように突然ヒデオはエリィを呼び止めた。


「エリィ! 俺ハロウィンの目的分かっちゃったよ!」


「目的だぁ~~~? そんなの酒飲んで騒ぐだけじゃない。くだらない事言ってないでお前も飲め飲め!!」


 酒も入り一層口の悪くなるエリィ。面白おかしい景色や連中を見ながら酒を浴び談笑をする。エリィが都会のハロウィンに求めるものなど他にはなにもなかった。


 だがヒデオは違った。至極真面目な視線でエリィを見つめ、この電飾の街で行うべき目的を果たそうとしていた。


「エリィ」


「なんだよ」


「ホテル行こう」


「ブフッッッ!?」


 突拍子もないヒデオの一言に、エリィは飲んでいた酒を吹き出す。ヒデオは一滴も酒を飲んでいないはず。なのにこんな事を言い出すとは、出会って数時間の彼の人柄からは想像も出来なかった。


「いきなり何言い出すんだお前は!?」


「周りの話声を聞いていて分かったんだよ。ナンパして一緒に歩き回るのがゴールじゃない。ホテルに行って一緒に楽しむまでがゴールだったんだよ!!」


「お前にはムードとか情緒とかいう言葉がないのか? 行くわけないでしょうが。そもそもホテルなんか行ったら折角のハロウィンが楽しめないだろうじゃない」


「あ、あれぇ……。おかしいな。周りの話を聞く限り、そういう流れになるものだと思ってたんだけど……」


「無い無い。っていうかお前いつまでそのかぼちゃ頭被ってんだ。こんな怪しい奴とホテル行きたいと感じる子がいると思うのか?」


「いやぁこれは必須だよ。マストってやつだよ。だって今日はハロウィンだよ? 仮装しないと意味がないじゃない」


「ハロウィン楽しみたいのか女引っ掛けたいのかどっちなんだよ! 全く、くだらない言い争いしてたら酒がもうラスト一缶じゃない。そこのコンビニで次買って来い!!」


「えぇまたぁ……?」


「ごちゃごちゃ言ってないで早く行けよ! んで次はお前も飲むんだぞ!!」


「わ、分かったよ~」


 なよなよとした様子で再びヒデオはコンビニへと消えてゆく。買い出しに出たヒデオを待つため、エリィはコンビニの物陰へと移動する。


 ふと一人になった拍子に、アルコールが回り働かなくなっていた頭が一瞬冷静になる。


「……あと一時間もないぞ。何が原因であいつは死ぬんだ? 普段飲まないとか言ってたし、もしかして酒か? 人の死の原因になるのは避けたいな……ペナルティとかも付くって話だし」


 死神のルールとして、故意に人を殺した場合は回収ノルマのリセットという罰が課せられる。元々死ぬ予定の人間であっても、死神自身が手を掛けてはならないのだ。


「酒以外だったらあいつは何で死ぬ? あいつの言う通りホテルへ行った方が正しく死ぬのか? ホテルで死ぬって事はまさか腹上死!? うげぇ……それだけは勘弁してくれよ……」


 かぼちゃ頭のヒョロガリとホテルへ行く事を想像して思わず気持ち悪くなるエリィ。最後の缶を開けてアルコールで頭の中を上書きしようとしたその時、ビールが吹き出しあらぬ方向へと飛び散ってしまった。


「うわっ!? なんだこりゃ!?」


「あー……ごめん。酒かかったわ」


 通りかかった何やらチャラそうな二人組の一人に、飛び散ったビールがかかってしまう。エリィは咄嗟に謝ったが、シミの付いた男の怒りは収まらないようだった。


「てめぇ……人にビールかけといてそれだけか? ああ?」


「だから悪いっつってるじゃん。あー金ね。弁償ね。分かった分かった。はい五千円。これだけあれば十分でしょ」


「金の問題じゃねえんだわ。これから女引っ掛けようって時に、服がビール臭かったらダメなのはお前も分かるよな?」


「向こうにまだコスプレ売ってる店あったぞ。ハロウィンだってのにドレスコード無視したままもダメだろ。ほら、もう五千円やるから着替えて来いよ」


「金の問題じゃねえっつってんだろ!!」


 面倒事を起こしたと後悔し、エリィは適当に金でも渡してどこかへ行ってもらうと応対をする。


 だがそれだけではまだ男の怒りは収まらない。いがみ合いをするエリィとビールのかかったチャラい男。二人の騒ぎを見るや否や、野次馬が群がり二人の喧嘩を煽りに煽る。


「なんだ喧嘩か?」


「やっちゃえー♪」


「女相手に本気出すなよー」


「男倒したらかっこいいぞー!」


「どっちが勝つと思う? どっちが勝つと思う!?」


 一触即発の空気の中、二人組のもう一人の男が割って入って来る。男がビールのかかった男へ耳打ちをすると、男はにんまりと笑いエリィに語り掛けた。


「なぁお前。負けたら俺らと遊ぼうや。生意気言えなくなるまで可愛がってやるからよぉ」


「はぁ? じゃあお前らが負けたら財布の中身全部置いてとっとと失せろ。それでいいなら飲んでやるよ」


 男の脅しに依然として強気のままのエリィ。それもそのはず。死神であるエリィは人ならざる者とも戦う事があるため、そこらの人間程度では歯が立たないほど喧嘩にも強かったのだ。


 そんな事など知りもせず見た目だけで勝てると確信をしていた男は、エリィの条件を何の抵抗も無く飲むのであった。


 場のボルテージも最高潮。開戦のゴングが鳴ろうとしたその瞬間、空気の読めない男が現れる。


「あれぇ、エリィ何やってるの? いないから探しちゃったよ」


 騒ぎを聞きつけたヒデオが割って入って来る。穏便に済ませようと入って来たのか、はたまた遊ぶ仲間を増やそうとしているだけなのか。どちらとも取れる彼の態度に、エリィはただただ困惑していた。


「げっ、お前今来るのかよ……」


「なんだこいつ……お前、この女の知り合いか?」


「そうそう。一緒に遊んでるんだ。あ、みんなも一緒に遊ぶ? お酒買ってきたから分けてあげるよ。今度は瓶や紙パックも買って来たんだ」


「遊ばねぇよボケが!!」


「お、おい!!」


 不用意に近づいて来たヒデオを、耳打ちをした男が殴り飛ばす。ヒデオの持っていた缶ビールが固いアスファルトへとぶつかり、泡を吹いて破裂した。


 突然の出来事に、集まっていた野次馬も不穏な空気を感じ取る。


「あいつ……動かなくね?」


「これ、救急車呼んだ方がいいんじゃない……?」


「む、向こうに警察いたよな。俺呼んでくるよ」


「まさかあの子、死んじゃったの……?」


 野次馬の騒ぎを聞いていたエリィが、ふと風景の中にあった時計を見つける。


「日が変わる五分前……。お前ふざけんなよ。なに……巻き込んでくれてんだよ」


 今まで不明であったヒデオの死因。それはエリィの喧嘩の仲裁であった。


 動かない彼を見てエリィの目の色が変わる。先ほどまでの飲んだ暮れていた酔っ払いとは別の、敵を倒すための殺意を含んだ死神の目に。


「お前ら、まだやる気か? やるってなら相手してやるよ。かかってこいよ。おい」


 雰囲気がおかしい。明らかに常人とは違う狂気を帯びたエリィの目を見て、二人組の男達は怖気づく。


「……やらねぇよボケが。クソッ、行くぞ」


 エリィから得体の知れない何かを感じた二人組はそそくさと消え去った。二人組が逃げたのに合わせて、騒動に巻き込まれたくないと感じた野次馬も次第に数を減らしてゆく。


 二人だけが残されたのを確認したエリィは、時計へと目をやる。日付はもう、翌日へと変わっていた。


「何死んでんだよお前……。何呑気に出てきてんだよお前は……! 死ぬならもっと別の理由で死ねよ! そんなんで庇ったつもりか? そんなの頼んでねぇだろうが!!」


 エリィは自分が騒動を起こしたばかりに彼が死んだのだと思い、強い後悔を感じていた。


 だがエリィのノルマに変化はない。という事は、今回の死因にエリィは関係ないとの判断であった。しかしそんなのは死神のルールでしかない。実際に問題を起こしたのはエリィであり、ヒデオはそれに巻き込まれたに過ぎないのだ。


「ふざけんなよお前。折角の楽しい夜が台無しじゃないか。こんな時に酒飲んでも美味くねぇよ。騒いだって気持ち良くなれねぇよ。何なんだよお前は……」


 興味本位で接触したのが間違いだったのか。それとも誰でもいいと適当に選んだのが間違いだったのか。


 だがそんなものは関係ない。エリィが彼に関わらなければ他の誰かを庇って死んだのかもしれないし、もっと他の理由があったかのもしれない。エリィのノルマに変化が無い以上、彼女が故意に死なせた訳では無かったのだ。


 エリィは揺れる感情をグッとこらえ、死神としての責務を全うする。死んだ人間の魂が悪霊へとならないため、彼女はこの男と行動を共にしていたのだから。


「ヒデオ……お前みたいな変な奴、初めて出会ったよ。なんだかんだ言ってたけど、悪い気はしなかったぞ」


 例年とは違ったが、今年もまたエリィはハロウィンを楽しめていた。ヒデオという空気の読めない純粋な男と出会って、彼女のハロウィンは今までにない面白さを生み出していた。


「お前、いつまでそのかぼちゃ頭被ってんだよ。成仏する時ぐらい脱げよ。全く、満足に成仏も出来ねぇのかお前は。ほら、最後だ、私が脱がしてやるよ……」


 そういえばヒデオは最後まで素顔を明かさなかったな。コンビニへ行く時もつまみを食う時も被り物をしたままな変な奴だった。


 どことなく息苦しそうに見えたエリィは、ヒデオのかぼちゃ頭を掴み勢い良く脱がせた。それが初めて見るヒデオの素顔であった。


「…………は?」


「…………あれぇ」


 冴えない顔の男と目が合った。印象通りの薄味な顔の男は、ジッとエリィの顔を見つめていた。


「エリィ、俺殴られてからどうなったんだっけ? わぁ、折角買って来たお酒零れてるじゃん。もったいないなぁ」


「いやいやいや何お前生きてんの!? は!? え、お前さっき死んだよな? どういう事だ!?」


「あぁごめん。俺ビックリし過ぎると気を失っちゃうんだよね」


「そういう問題じゃねぇよ! お前は確実に死ぬ運命だったんだよ!! はっ、そ、そうだノルマは!?」


 エリィは咄嗟に死神の回収ノルマを確認する。そこには回収数ゼロの数値が表示されていた。


「うわあああああ!! リセットされてるううううう!?」


 エリィは別に誰かを故意に殺した訳ではない。ノルマがリセットされたもう一つの理由。それは。


 誰かの寿命を故意に延ばした事。


 本来暴行され死ぬはずだったヒデオを助け、エリィは彼の寿命を延ばしてしまっていたのだった。


 ヒデオへの怒りと彼が生きていたという安堵で感情がぐちゃぐちゃになるエリィ。怒りをぶつけたいが彼を助けたのはエリィの意志によるものであったため、責任は彼女自身にあるのだ。


 とんでもない出来事に巻き込まれてしまったエリィは酔いも醒め冷静になる。折角のハロウィンという夜に、満足に楽しむ事も出来ずノルマはリセットされと踏んだり蹴ったり。楽しい楽しいハロウィンの時間が台無しなのだった。そう、今までのハロウィンの時間は。


「ヒデオ!!」


「う、うん!?」


 転がっていたビニール袋から無事な缶ビールを取り出し、エリィは一気に飲み込む。


「まだ日付が変わっただけだ! ぼさっとしてないで行くぞ!!」


「え? わ、分かったよ!!」


「お前も酒を飲め!! ハロウィンの夜はこれからだ!!」


 蘇った男の寿命は、数十年先の日付を示していた。


 耳の先まで赤くなった死神の女の子は、偶然出会った変な男と共にハロウィンの夜をまだまだ楽しむのであった。

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【短編】本物の死神が都会のハロウィンに参加したら、今日死ぬ奴にナンパされてしまった話。 夜葉@佳作受賞 @88yaba888

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