第29話 再びトルスタンへ
ラルクの案内の元、無事、元来た道を辿った私達は洞窟を出ました。
ランタンがあったとはいえ、数時間ずっと暗闇の中にいたため、外に出た瞬間、空から降り注ぐ太陽の光が眩しく感じられました。
「何だか、何年も、あの洞窟の中にいたみたいだ。外の景色が、ひどく懐かしいよ。このまま、すぐトルスタンへ帰りたいところだが……」
そこまで言うと、ライアンは体を折り、両膝に手を当てました。
「一息つかせてくれないか……?」
呪いの効果で、通常では考えられない状態のライアンでしたが、そうは言っても、陽の光の元よく見ますと、深い疲労が顔に刻まれています。
「そうしよう。我々も、朝から洞窟を目指し、昼食も取っていない」
ジルはそう答えると、岩の上に腰を下ろしました。
「だな。水とパンぐらいしかねーが」
ラルクもそう言うと、荷物を下ろしました。
そして、私達は、ジェベル山の中腹で、遅めの昼食を取ることにしました。
「よく、その魔剣を取りに行こうと思ったな」
久しぶりだろう水を一気に飲み干した後、ライアンが言いました。
「女神からの指示でしたので」
「女神の名は?」
「ヴァルキュリア」
「ヴァルキュリアか……。強力な女神に召喚されたんだな。まあ、その女神に見合った勇者なだけはある。呪われた魔剣をモノにしたんだからな。あんたのような精神力が、俺にはなかったってことだ。数々の難局に対峙してきたつもりだったが、情けない……」
ライアンは自嘲気味に、小さく笑いました。
私の精神力は、主にお嬢様の無茶ぶりによって磨かれたものと思われます。
不意に、ライアンが、パンを頬張るラルクの方をじっと見つめた後、言いました。
「そういや、あんた。どこかで見たことがあるような……?」
「……えっ?あ、ああ、いや……俺も盗賊。似たようなもん同士だからなっ。お互い旅のどこかで見かけていても、おかしくな……」
言い掛けたラルクの言葉を遮るように、ライアンが言いました。
「いや、そういうのじゃない。もっと、何か公的な場で見かけたような……」
「き、気のせいだろ……?人違いだろ!」
ライアンの視線を避けるように、顔を横に背けながら、ラルクが言いました。
なぜ、このように焦るのでしょうか。
不思議に思いながらも、特に深追いはしませんでしたが。
それから、30分程、休憩した後、私達はジェベル山を下山し始めました。
途中、何度か魔獣に遭遇しましたが、苦戦することなく、私達はトルスタンに戻ることが出来ました。
ライアンはトレジャーハンターで数々の冒険をこなしているだけあって、戦闘には慣れており、武器による攻撃のみならず、魔法も使えるという強みもあることが分かりました。
トルスタンに入る頃には、日が落ち始め、街は昼間とはまた違う賑わいを見せ始めていました。
街の入り口に、レイラが祈るような表情で、私達の帰還を待っていました。
「兄さん……!!」
ライアンを見つけた瞬間、レイラは私の横をすり抜けて、真っ直ぐに彼の元へ駆け寄りました。
「すまない、レイラ……。心配させて……」
夕陽に照らされ、抱き締めあう兄妹の緋色の髪が、一層美しく色づいています。
「あの魔剣を手に入れれば、お前をもっと幸せに出来ると思って……」
「馬鹿ね……。私は、兄さんがいてくれるだけで、充分幸せなんだよ。だから、もうこんな無茶なことは、しないで……。お願い……!」
「ああ……」
涙を流しながら、そう言った妹をライアンは、一層強く抱き締めました。
ひとしきり再会を喜びあった後、ライアンはレイラの体をそっと離すと言いました。
「魔剣の呪いに囚われた俺をカキザキが、命がけで助けてくれた」
ライアンの言葉に、レイラが濡れたままの緋色の瞳を私に向けます。
「カキザキ……兄を救ってくれて、本当にありがとう!」
彼女は、兄の側を離れると、こちらへ歩み寄り、私の右手をそっと包み込みました。
「ライアンに正気を取り戻させたのは、貴女の彼を想う気持ちです」
あの洞窟内の攻防で、レイラの名前を口にした瞬間、ライアンの動きが止まったのを思い出しながら伝えました。
「けれど、貴女に謝らなければならないことがあります」
「えっ……?」
怪訝そうに声を零したレイラに、私は服の中から、粉々に砕けたラピスラズリの欠片を見せました。
「ううん。そんなのいいよ!きっと、その石が砕けたのは、兄さんと貴方を守るためだから」
彼女は、そう言って、優しく微笑みました。
「それなら、俺の石をお前が持っていればいい」
ライアンはそう言うと、再びレイラに近づき、自分の首に掛かったラピスラズリのネックレスを外すと、彼女にそっと手渡しました。
「うん、ありがと」
レイラは受け取ったネックレスを自分の首に掛け直しました。
「カキザキ率いる
思いもよらず、ライアンが私達に提案してくれました。
「いいのか?俺達、少なくない人数だけど」
ラルクの言葉に、ライアンは答えました。
「この街の宿屋ほど立派ではないが、皆が泊まれるくらいの広さはあるよ」
「そうか、助かるぜ。じゃあ、その言葉に甘えて、今夜はそうしよう」
ラルクが言うと、皆も頷きました。
それから、私達は賑わう街の中心部から少し離れたライアン宅へと移動しました。
確かに宿屋アフランのような豪華さではありませんでしたが、個人の家としては充分過ぎるほど大きな邸宅です。
「すごいですね」
ロイが、その白壁の建物を見上げながら、小さな声を零しました。
「うん、なかなか美しい建物だね。これなら、全く問題ないよ」
銀髪をかきあげながら、過剰に艶やかな声が、聞こえてきました。
なぜ、いつも上から目線なのでしょうか。
有能すぎる執事が、異世界無双!!戦女神に翻弄されながら、お嬢様を探します。 月花 @tsukihana1209
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