特別番外編 サンタさんから愛の告白されてもね

白井side

「白井さん、身体のこと以外で、ちょっと相談が」

 ……現在、俺は脳への損傷によって負う可能性がある後遺症とその為にするべき処置について説明していた筈なんだが。彼女はどうやらその全ての説明をまるっと聞いていなかったらしい。だって今話していたのは本題も本題の意識の混濁と最悪の場合の植物人間状態のことで、しかも「その対策として」と言いかけていたところだった。一番聞くべきところだぞおい。

「20代の子にそれとなくバレンタインチョコ渡すとしたらどんな方法がいいですかね」

「……。」

「ちなみに相手は高田さんと根崎さんです」

 自分が2度と目覚めない可能性より誰かに渡すチョコレートで悩むとかどんな少女思考だ?女子小学生には少し分かりにくい話だったかなとかそういう話ではない。この人にはちゃんと成人程度の知能があることはわかっている。

 彼女、佐々木透子は、見た目は小学生の女の子にしか見えないが、その言動は女子小学生とは言い難い。具体的にはヒーローと聞いてプリティでキュアキュアしている奴ではなく十年ほど前の某改造人間のポーズを決めたり、お茶を飲んだ時に低い唸り声をあげたり、十は歳上の部下二人になにかと気を遣ったりする。まぁそもそも女子小学生が役場の中間管理職をしている時点で頭が痛くなるような非現実的な状態ではあるが、事実そうなっているのだから仕方ない。

 その中でも特に、二人の部下……高田さんと根崎さんに対する佐々木の態度には並々ならぬものがある。俺は主治医になってから彼女が頭がおかしいとしか思えない頭の手術をしたことや、佐々木透子が佐々木透子となる前……真島貴一だった頃に根崎と高田に対して何かしらの確執を持っていたことは察していた。察しただけなので、具体的に何があったのかまでは知らないのだが、彼女の言動を見る限り、親子や兄妹の情に近いものを抱いているようだ。

「どう思います?」

 知らん、聞け。己の身体に関心を持て。

 しかし何か気になることがあるせいで自分のことが考えられない、というのはよくある話だ。ここは耐えて、話を聞くことを選択する。

「……バレンタインチョコくらい、好きに渡していいと思いますよ」

「いやだからそうもいかないから悩んでるんじゃないですかもう」

 私の言葉に、佐々木透子はまるで「フッ、わかってないな」とでも言わんばかりのなんとも言えない顔をした。なんだその馬鹿にしたような素振りは。そういうお前は自分の症状が分かってないと小言を漏らしたくなるところではあるが、口の裏を噛んで耐えた。

「あ、机の中にこっそり入れておく?」

「それ、あなたからだと分かったら、かえって相手を傷つけません?」

 ……机の中に忍ばせてあった本命感あふれるバレンタインチョコが親っぽい人からの差し入れだったら、その前にちょっと期待した自分も含めて恥と落胆で普通凹むだろ。

 たしかにぃ、と誇張して首を振る姿は喜劇じみていて子供らしさは微塵も感じられない。

「直接渡せばいいじゃないですか」

「……それはそれで色々面倒なことが起きるので、可能ならサンタさんに頼みたい……あ、良い案かも」

「どーしてそうなるんです……事案とかにはならないと思いますよ?そっちから渡す分には」

「あー……、うん。まあ、そうですね。うん。その通りです」

 歯切れの悪い言い方に、追い討ちをかける。

「良いじゃないですか小学生からのチョコレート、微笑ましいし、高田さんの場合周囲に対する好感度も上がるでしょうし」

 彼女は難しい顔をして柔らかい子供のほっぺを片手で潰しながら腕を組んだ。これはもしや存外面倒なことなのだろうか。

「サンタクロースに問題はないと思います」

「……なぜ?」

「あの二人への誕生日プレゼントもサンタクロースが持ってきてるって設定でやってるんで」

 なんだその因果関係は。口に出しかけた言葉を飲み込んで、俺は常識的な答えを模索する。

「……時期、が誕生日に近いんですか?」

「いーえ、高田さんは10月5日、根崎さんは11月2日です」

「秋じゃないですか」

「でもこれで5年位は通しているので」

「嘘だろオイ」

 成人男性、5年っていうと大体17からずっとこんな調子ってことか?17からサンタさんて、いやいや。

「だからよかったねえ~誕生日だけじゃなくてバレンタインもサンタさんきたね~じゃダメですか」

「ダメだと思います」

「そうかなぁ」

「なにがあなたをそこまでさせるんですか」

 相手はもう大人でしょう、という言葉に、ピタリ、と彼女の動きが止まった。何か言い間違えたかと、即座に何か対応策を考えようとしたのだが、顔をあげた彼女の、佐々木透子の表情が、なぜか非常に歪で、まったくそこから感情も表情も読み取れなかったため、言葉を失ってしまった。

「……人を純粋に幸せにするのって、難しいことだと思いませんか」

「はあ」

「私は……、あの二人に幸せを感じてもらいたいと言う気持ちがあって、それだけは本当のことです」

 それはさもその言葉以外に含むことがあるような口ぶりだった。だがそれもわからなくはない、佐々木透子の生い立ちと今までの行動を加味すれば、彼女が一体どんな思いを抱えて彼らと接してきているのかはなんとなくわかる。だがそのやり方はあまりにおっかなびっくりで、不器用だった。

「でも私はあの二人の、親でも妹でもないんですよ……というかね、親みたいな顔も妹みたいな顔もできる立場じゃないんです。ほんとは」

 口調は成人男性のような素振りで、表情は泣きながら弁明する幼女のもので、大人と子供との間で引き合って今にも空中分解しそうな危うさが滲んでいた。

「だから私が何かするよりサンタさんだの妖精さんだのに任せた方がいいんです」

 そしてそのまま眉を下げながら笑った。

「……佐々木透子の思いはどうなるんですか」

 言うか迷いながら、俺は彼女にそう聞いた。真島貴一の一面が強い彼女ではあるが、彼女は小学生女子の佐々木透子であることもまた、事実である。だから彼女は自らの健やかな成長のために、時々意識して『佐々木透子』を優先することがあった。これはそこを突いた質問だった。だが。

「根崎さん、絶対私が渡したチョコ捨てるじゃん。高田さんも、美味しくなくても無理して食べるでしょ。だからいいや」

 子供の口調で答えた彼女の分析は、一見すると二人の性格を端的に表しているように思えたし、妥当にも聞こえた。根崎さんは人が想いを込めたものほど邪険に扱うところがあるし、高田さんも食べ物を無駄にはしない。でもそれは違うとどこか自分の直感が思っていた。根崎さんはいくつか口に入れてから捨てて、高田さんも中に溶けきれない砂糖があったらそれを指摘する、ささやかな本音を伝えるような気がしたのだ。だがそれは根拠のない直感でしかない。それを何の理由もなく伝える術を、俺は持っていなかった。

「……あー、チョコレート会社の商業戦略が元ではありますが、これは、誰かの想いを誰かに伝える行事ですから……妖精さんからもらっても意味ないでしょう」

「……たしかに」

 あ、話の方向をずらすつもりが、失敗した。直接渡した方がいい、という話に持っていくつもりだったのに。こういう時ばかり、彼女はいつも大人の顔をした。彼女の表情は渡すことそのものを諦めてしまったような顔だった。違う、そうじゃない。でも、俺はなんと返せば良いのかわからなかった。絶句したまま1秒、2秒と過ぎる。会話のリズムが途切れれば、子供騙しの効かない彼女は気を使って話を打ち切るだろう。だがそのままで良いわけがない。だって、この三人は……。

 ……ふと、頭の端に、三井の姿がチラついた。

「……でも気持ちも、お菓子も、無いよりはあった方がいい」

 三井からの受け売りを書き換えただけの安いはげましだった。あいつはこういう時に良い言葉を選ぶのがうまかったから。今の俺にはこの対応が本当に良いのかもわからない。だが。

「そうですね」

 当たり障りのない回答に対する建前の笑みか、別の意味が含まれるのかはわからないが、彼女はその時、俺に笑顔で返した。


当日


「わお、見て見て、根崎」

「高田善輝くんの机に物が入ってることがそんなに珍しいですか〜?自慢したけ……は?」

「……ほら、サンタクロースのカンカン。すごくない?どこで手に入れたんだろうねコレ」

「……ネットで手にはいんだろ」

「……わあ、チョコレートだ!根崎の机にもあるんじゃないの?」

「聞けよ」

「ほら!あった!!ふふ、サンタさんチョコもくれるようになったんだね。おいしいよ!」

「……お前、言ってることに違和感とか無いの?てかすぐ口に入れてんじゃねえよ」

「根崎も食べたら?」

「いらねえ」

「人の缶から摘んでおいてそれはないだろ」

「俺の勝っごぉ!」

「サンタさんからもらったものは大丈夫だよ」

「根拠、うご、う”ぇっほ、おぇ、けほ」

「ほら美味しいだろ?……指奥にいれすぎた?大丈夫?」

「……てめえ……!」

「あ〜!ごめん〜!!ぐ!わかったから絞めないで……キマ、ってる、から……!」

「キメてんだよ」

 この時、二人は決して話題にはしなかった。いつもより来る時間が遅い女の子のことも、既製品の割に歪な形をしていたチョコレートのことも、サンタクロースの正体も。

 季節外れのサンタクロースは、誰の想いを託されることなく、最も都合の良い物語を抱えて机の中で柔和な笑みを浮かべていた。

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