第21話 ここは縁結び神社のようだ
◇
「どうやら二人、うまくいったみたいだな」
翌日、田中くんと神社へ向かうと、すでに神様は姿を現していた。
「香織はあれだけ否定しておったのに。なあ?」
私を冷やかすように同じ目線へと降りて来た神様が腕を組みながらニヤリと笑われるから、ほっといてよ、恥ずかしくなって顔を逸らす。
確かにそうだ。私、あれだけ好きにならないなんて豪語していたのに、まさか田中くんとそんな関係になる日が来るなんて。
こうなることを神様は予測していたのかと思うと、居心地が悪いくらい羞恥心が私を襲った。
「英治もようやく成就できてよかったなあ」
ポンッと田中くんの肩を叩く神様。
「僕だけの力では感情の答えに気づくこともできなかったし、ほんとにありがとう。神様のおかげだ」
「おお、そうだろう。もっと私を敬うのだ」
田中くんの言葉に調子に乗り始める神様は、どうやら気分がいいようだ。
私には、彼のような真似はできない。
そりゃあ神様に助けられたこともあったけど、だからといって上から目線でこられたらなんか妙に腹が立つ。──なんてね。
「まあ、よかったな。これで私が嘘をついた甲斐があるというものだ」
突然、そんなことを言うから言葉に引っかかった私は、え、と声を漏らすと、私の顔を見て何かを思い出したように、ああ、と声をあげた神様は、
「そういえばまだおまえには言ってなかったなぁ。初めに出会った頃に私が言ったあの言葉、──きみの運命の人は、同じクラスの隣の席の田中というやつだ──は真っ赤な嘘だ」
「……嘘?」
「そうだ。そう言えばおまえが嫌でも英治を意識するようになると踏んでいたからだ」
なにそれ。空いた口が塞がらないとはまさしくこのことだ。
「……じゃあ私の運命の人はほんとは田中くんではなかったってこと?」
「さぁ、それはどうだかな」
逃げるように空中に浮いた神様。
「ちょっとはぐらかさないでよ!」
私は、神様に言われたその言葉のせいで田中くんを気にするはめになったって言うのに。
自分は悪くないと、まるで責任転嫁をして逃げる。
「蓮見さん、そんなこと言われてたの?」
田中くんは驚いたように尋ねてくるから、不貞腐れたように小さく頷いた。
「まあ、そう怒るでない」
仲裁に入るけれど、この状況を作り上げたのは他でもない神様が原因であって。
「だって神様が平気で嘘つくから」
「それは英治のためを思ってだな」
「だからって私の気持ちは関係ないの?」
売り言葉に買い言葉で言い返すと、嘘をついたことに関しては謝ろう、と神様が先に白旗を上げた。
「だが、これだけは信じてくれ」
空中から私のそばへふわりと降りて来る。
「確かに英治のことを意識するように嘘をついた。だがそれはおまえ…香織の気持ちを無視したわけではない。決して悪意があったわけでもない。二人に幸せになってほしいと心から願ったからだ」
そんなこと言われてしまえば反論できなくなる。それを予測した上で言っているのなら、神様はしたたかな人だけれど。
「……分かった、信じる」
運命の人を嘘ついたことは許せなかった。だが、今さらだ。
あの日、私がここで嘆いてしまったから神様は私に手助けをしようとしてくれただけ。いや、実際には田中くんの……だ。
神様が人にここまで親身になるなんて思ってはいなかったし信じてもいなかったけれど。
この神様は、少しだけ信じてみていいかもしれない。そう思ったんだ。
「ここからは私個人としての意見を言ってもよいか?」
神様がふいにそんなことを言うから、困惑して隣にいる田中くんとお互い顔を見合わせた。
けれど、二人で頷き合ったあと、「いいよ」彼が言った。
「おまえたち二人は元々運命の人ではなかったが七年前のあの日、ここで二人が出会ってから運命が変わったのだと。そして、ずっとおまえたちの糸は互いを求めていた。けど、おまえたちがそのことに気づいていないから今まで関わることもなかった。──私は、そう思うんだ」
七年前のあの日、私と田中くんはこの神社で初めて出会った。
あの頃、私もひとりぼっちで寂しくて悲しくて、同じ境遇の人を初めて見て心底ホッとした。それと同時に同情した。
優しさなんてものは、きっとなかったと思う。
でも、田中くんはそれを優しさだと言った。
同じ小学校じゃなかったから、会ったのはその一度きりで。
私は、それから自分のことを守るようにして過ごしてきた。しかり、それは田中くんも同じだ。
それにここで会った男の子のことを思い出すことだってなかった。
「うん、確かに。それなら僕も納得できるかもしれない」
私の顔を見て嬉しそうにそう呟く。
田中くんの笑った顔は意外と可愛くて、なんだか私まで嬉しくなる。
そう思ったら怒っているのがバカらしく思えて、怒りを鎮めた。
「神様の予測通りになったのが癪だけどね」
そして私は、一言だけ文句をついたのだ。
そしたら神様は、
「香織、おまえはどうやら最後まで素直にはなれぬようだな」
鼻で笑われるから、フンっ! とそっぽを向いたんだ。もちろんそれは照れ隠し。きっと、神様にだってバレている。
勝手に人の心を読むんだもん。だから今だってきっと──
「香織、英治」
ふいに、神様が私たち二人の名前を呼ぶ。
恥ずかしかったけれど、ちら、と視線だけを目の前へ向けた。
「おまえたちは今までつらいことや苦しいことを経験してきた。それは隠したい過去かもしれん。だが、おまえたちは何一つ悪いことはしていない。堂々とこれからを生きるのだ。そうして誰よりも幸せになれ。もちろん二人でな」
そう言った神様は、笑った。
何の柵もないような穏やかな表情で。
初めは、インチキな神様だと思った。いや、そもそも神様なんか信じなかった。見えるはずがないと思ったからだ。
今まで散々なことを言われてきた。ムカつくことだってたくさんあった。
でも、それは私のことを思ってくれた言葉であって。今思い出すと、そのどれもが温かい言葉に思えた。
この出会いは、現実なのか、はたまた夢なのか。
信じられそうになかったけれど、神様がここにいる。ちゃんと存在も感じられるし、触れることだってできる。
何より、神様に助けられたことは間違いなかった。
だから私は、この出会いを信じるよ。
誰がなんと言おうと信じるから。
「にゃーお」
意表を突くように鳴き声が聞こえて、視線を向ければおはぎちゃんがいた。
私たちの方へとたとたと歩いて来る。
二人してしゃがむと、交互に私たちの足に擦り寄るおはぎちゃん。
「神様の使い魔だったよね? 名前は忘れたけど」
「え、そうなの?」
「田中くん知らなかったの?」
「いやだってどう見てもただの猫だし…」
私もそう思ったし、今でもただの三毛猫だと思っているけれど。神様の存在を認めてしまったら使い魔だって認めざるを得ない。
それに、もしかしたら。
「おはぎちゃんは神様に言われて私たちのことを見守ってくれていたのかな」
ねー、と笑いながら小さな頭を撫でてあげる。
──すると。
「なんだ、そんなことほんとうに信じておったのか」
少し上の方から聞こえる声に、え、と困惑した声を漏らしながら恐る恐る顔をあげると、
「その猫が私の使い魔なわけなかろう。どこからどう見てもただの三毛猫だ。力なんて持ってはおらぬ」
と、言って私を見てクスッと笑った神様。
「え、うそだ……」
「今まで私がその猫と会話したことあったか? なかっただろ。ただ、にゃーと鳴くばかりだ」
「じゃあ、神様を見ていたのは……」
「猫は動物だ。気配を感じ取るくらいはできるだろ」
淡々と言い返されて、一気に脱力する。
ほんとに私はおはぎちゃんを使い魔だと信じてきていたのにそれがまさか全部嘘だったなんて……。
「なんでそんな嘘つくの?」
段々と腹が立ってきて不満をあらわにする。
「そう言った方がおまえが私のことを神様だと信用するかと思ったのだ」
まさかそんな魂胆があったなんて。しかもそれを信じてる私、バカみたい。
あーもう、ここまできたらあったまきた。一言言ってやりたい!
立ち上がって拳を振り上げた私。
けれど、神様は浮いていて届くはずもなく、クックックッと笑ったあと、
「その元気があればもう私がいなくても大丈夫みたいだなぁ」
身につけている高価なものが太陽の光に反射して、キラリと光る。
眩しくて目を細めながら、
「ちょ、逃げるな……!」
声を上げると、最後に一つだけ、そう言葉を落としたあとこう綴った。
「何があっても自分を助けてくれる存在がいる。大事な人が隣にいる。一番強い味方がそばにいる。それを決して忘れるな。香織、英治。おまえたちはもう一人じゃない。だから何も恐るな。これからおまえたちは幸せになれる。──必ず、な」
声高らかに笑ったあと、じゃあな、と言ってあっという間に姿が見えなくなった。
どうせまたすぐに現れるんじゃないの、心の中で思いながら空をキョロキョロ見渡すけれどそれから現れることはなかった。
あっけない別れに、少しだけ寂しさが募る。
それから二人で空を見上げた。
夕焼けのオレンジ色はとても濃くて綺麗で、夜を運んで来る深い青色と、ぶつかり合うちょうど境い目のそこは、互いに互いを尊重し合うようにいつまでも、どこまでも続いていた。
対照的なオレンジと深い青色は、まるで私と田中くんのようで。
「私、幸せになれるかな」
思わず、口をついた。
そうしたら、
「幸せになろう、必ず。──ううん、僕がきっと蓮見さんを幸せにしてみせる」
そう言って私に向かって手を伸ばす。その手は、わずかに緊張しているようで震えていた。
きっとまだ慣れてない。この関係に。だけど変化した関係は私たちの絆をもっと強くする。
だから私は自然とその手に自分のそれを載せた。
恋って不思議だ。
一度その人のことを好きになってしまうと、どんどん好きになって「好き」に終わりはないらしくて。私はそのことを初めて知った。
いつか誰かが言っていた。
恋は、盲目だと。
確かに、その通りかもしれないと思った。
神様と出会って、運命の人を知って、それが田中くんだと告げられた。
そんな出会いから私たちの関係は始まった。
結局それは嘘だと知ることになったけれど、今はどうでもよかった。
──むしろ、こう思うんだ。
七年前のあの日、ここで田中くんと出会ったのは、赤い糸が引き寄せられたからかもしれない。
そして、私たちはあの日、運命の赤い糸を結んだのかもしれない。
──自分たちの、意識の中で。
「幸せになろうね、二人で」
私の口からは、そんな言葉が溢れたのだ。
それを聞いた田中くんが、私の手を握りしめた。優しく、大事に、壊れ物を扱うように。
私も緊張してる、でもなんだか幸せで。心が満たされていて。
手を繋いだ彼が、田中くんがすごく愛おしく思えたんだ──。
不幸体質な私は、神様に赤い糸結ばされました。 水月つゆ @mizusawa00
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