星に願いを

桜良ぱぴこ

星に願いを

 星を数えながら歩く夜は、ちょっとわくわくする。

 春の初め、寒の戻りがきて、わたしにはまだこれくらいの肌寒さがあったほうがいい。カーディガンを一枚羽織って、コンビニまでの道を行く。星をひとつずつぽっけに詰めていくように気持ちを膨らませながら、今日はご褒美にアイスも買おうか、などと軽快な足取りは次第にスキップになる。

 こんな中途半端な都会の灯りの下では本当に数えられそうなくらいしか見えない星も、もっとのびのびと輝ける場所があるならしあわせね。わたしは立ち止まって伸びをして、天を仰いで自分の視線と星の瞬きをあわせた。


「おはよう月つきちゃん」

「花菜はな、また昨日いいことあった?」

「あれーなんでわかっちゃうのかなあ」

 朝。いつもの教室で友人への挨拶。月ちゃんはいつもわたしが星を見た次の日には言い当ててくるほど、わたしのことをよく知っている。

「昨日はね、ちょっとだけだけど、流れ星見れたんだ」

「お願いごとはできた?」

 月ちゃんはふふふ、と不敵な笑みを浮かべて言う。

「それがねえ、一瞬すぎてほんとうにあっという間だったの。あああーっておもってるうちに流れ終わっちゃった」

「残念ねえ」

 さして残念ではなさそうなふうに、でも感情は汲み取ってくれながら、月ちゃんはわたしを見ていた。

「花菜はロマンチストだね」

「そうかなあ」

「そうよ。少なくとも私よりはね」

 一瞬の間。月ちゃんにはときどきこんなことがある。どこか遠くを見つめているような、上の空のような、愁いを帯びた表情が垣間見える。

「さ、朝礼に備えないと」

 言いながら、またね、と付け足して月ちゃんは自席に戻っていった。


 月ちゃんがそうしてくれているように、わたしは月ちゃんのことをわかってあげられているのだろうか。

 彼女は多くを語らないけれど、複雑な家庭に育っているとだけ前に教えてくれた。母親が再婚した相手は随分年の離れたおじさんらしかった。でもなにがどう複雑なのかはわたしには教えてくれなかった。「花菜はお父さんとも仲よさそうでしあわせ者だね」と言われたことがあったから、新しい父親とはうまくいってないのかもしれない。

 そういえば、体育の前に着替えているとき、何度か日によって変わるからだのあざのようなものを見たことがある。絆創膏を貼っているけれど少し見え隠れする程度の大きさで、ぶつけたんだよ、と月ちゃんは言っていたが、そんなにあちこちぶつけることなんてあるのだろうか。

 ――背筋がぞわりとするのが自分でもわかった。いや、でもまさか。

 月ちゃん。ねえ月ちゃん。わたしじゃ頼りないのかな。自分の考えを打ち消そうとしても脳裏によぎるそれは、吐き気を催すほど目眩がした。わたしでは力不足だろうか。誰にも相談できず悩んでいるのならどうすればいいのだろう。

 そしてそれは、今日もまた胸元にあった。

「月ちゃん」

「うん?」

「……ううん、なんでもない」

 きっとまたぶつけたんだと言われるに決まっている。そう決めつけて深く踏み込めない自分に辟易する。


 その日の夜は満月だった。煌々と輝くそれと反比例して、星はいつも以上に見えない。

 もしいま、いま流れ星が降ってきてくれれば。

 都合のいいときだけ神頼みするわたしは卑怯だろうか。だけど今日ほど星に祈りたいとおもったこともない。

 部屋の窓からどれだけ眺め続けても、結局星が流れることはなかった。

 こんなに月は輝いているのに。こんなにも、きれいなのに。

 わたしは月ちゃんの笑顔を思い出そうとして、静かに泣いた。

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