ゴー・トゥ・ザ・異世界
無月兄
異世界に行こう!
その夜宏一は、友人に呼び出され、家の近くにあるショッピングモールの駐車場へと来ていた。
友人と言っても、彼の通う高校の同級生ではない。近所に住む、発明家のおじさんだ。
初めて彼に会った時、毒薬のような液体を持っていたことから、宏一は彼のことをドクと呼んでいる。
親子以上に歳の離れた二人だが、ドクの作る発明はいつも面白おかしく、宏一は何度も彼のところに入り浸っていた。
ドクもそんな宏一をいつも温かく迎えてくれていたが、こんな時間、こんなところに呼び打されたのは初めてだ。
「凄い発明をしたから見に来てくれって言われたけど、いったいなんだろう?」
時間は既に深夜。駐車場には、宏一を除けばひとっこひとり、車一台ありはしない。
しかしほどなくして、遠くから車のエンジン音が聞こえてくる。
「あっ。あれはドクの車だ」
やって来たのは、ドク自慢の年代物のスポーツカー。もっとも、年期が入りすぎているのかかなりの部分がボロボロになっていて、宏一はボロリアン号と名付けた。
しかし、今目の前やって来たボロリアン号は、いつもとは何かが違う。ボロボロなのは変わらないが、よく見ると運転席より後ろには、なにやら見たこともない機械が積まれていた。と言うより、車部分と一体化しているようだ。
ボロリアン号のドアが開き、中からドクが姿を現す。
「宏一、来たな。見てくれ、一世一代の大発明だ!」
「ボロリアン号を改造したの? いったいどんな発明?」
「そう慌てるな。まずはこいつを見てくれ」
そう言ってドクが取り出したのは、宏一が普段愛読しているライトノベルだった。主人公が異世界に行ってチート能力で無双するという、いわゆる異世界系だ。
しかし、これがいったいどうしたというのだろう。困惑する宏一に、ドクは後部座席の機械を指差し、言う。
「これは、次元転移装置。簡単に言えば、異世界に行くための機械だ。この、お前に貸してもらったラノベのような異世界にな」
「なんだって!?」
得意気に語るドクを宏一は信じられないような目で見る。
「ちょっと待って、異世界って本当にあるの? 仮にあるとしても、行けるものなの?」
「驚くのも無理はない。私だって、そんなものただの創作だと思っていた。たがトイレで滑って転び頭を洗面台にぶつけ、意識が戻った時、ひらめいた。異世界が存在するという確かな理屈と、そこに行くための方法を! このボロリアン号が時速140キロを越えた時、異世界への扉が開くのだ!」
本当なのだろうか。だがドクは今まで何度も突飛なことを言っては、その全てを実現させてきた。だったら、異世界に行くことだって可能かもしれない。そう思うと、だんだんと胸の奥がドキドキしてくる。
「凄いやドク。ねえ、異世界ってどんなところなの?」
「それは、実際に行ってみて確かめればいいだろう」
「行ってみてって、僕を連れてってくれるの!」
「もちろんだとも。元々、お前がラノベを貸してくれなければ思いつかなかったかもしれんからな。それでは、早速出発といこうじゃないか」
「うん。そうだね」
逸る心を押さえながら、宏一は助手席に乗り込み、シートベルトをしめる。だが……
「おいおい、何を乗り込んでるんだ? お前は外に出るんだ」
「えっ? だって、異世界に連れていってくれるんでしょ。だったら乗り込まないと」
どうしてそんなことを言うのだろうと首を傾げるが、そこでドクはちっちと指を振る。
「何を言っとるんだ。ラノベで異世界に行くと言ったら、こういうものだろ」
そうしてドクは、持っていたラノベのページを開く。示されたのは、冒頭のシーン。まだ現実世界にいる主人公に、トラックが突っ込んでくるという場面だった。この後どういう理屈かはわからないが、主人公は事故のショックで異世界に行くはずだ。
「まさか、異世界に行く方法って……」
「ようやくわかったようだな。時速140キロで走るボロリアン号にぶつかれば、その対象はあっという間に異世界に行く。というわけで、さっそく降りてボロリアン号の前に立ってくれ」
宏一は、ボロリアン号から降りた。だが、その前に立とうとはしなかった。その前に、走って逃げた。
「待て、なぜ逃げる。異世界に行きたくないのか!」
ボロリアン号で追いかけてくるドク。それを見て、宏一はますます足を急がせる。
「だって怖いじゃないか! 時速140キロで突っ込んでくる車にぶつかれって、できるわけないだろ!」
「だから、ぶつかった瞬間お前は異世界に行くのだ。何の問題もない!」
「無理! 怖い! そもそも異世界に行くって言っても、それって転移なの? 転生なの?」
これは、けっこう重要な問題だ。転移なら、宏一の体はボロリアン号とぶつかった瞬間この世界から消えてなくなる。だが転生なら、異世界に行くのは宏一の魂だけ。この世界に、魂の抜けた死体だけが残る。
そうなったら、ドクは殺人犯だ。
「心配するな。ちゃんと理論上は転移のはずだ」
「なんだよ理論上って!」
「これが初めての実験だから、やってみんことには本当のところはわからんのだ!」
初めて!? 冗談じゃない!
全速力で走る宏一。だが相手は車。しかも、異世界に行くために必要な140キロへと加速しているのだから、とても逃げ切れるはずがない。
「いい加減観念せい。こいつを走らせるのには、特殊な燃料がいるんだ。このままじゃ、せっかく苦労して手に入れたプルト×××が尽きてしまうだろ!」
「×××ニウムって、どうやって手に入れたんだよ!?」
明らかにヤバいその名前を聞いたのが、この世界における宏一の最後の記憶となった。とうとうボロリアン号に追いつかれ、そして、思い切り衝突された。
その瞬間だった。
突如宏一の体が光に包まれ、そして、消えた。
「やったぞ、実験は成功だ! やはりワシの計算に狂いはなかった。宏一は異世界に転移したのだ!」
世紀の実験成功に、興奮しながら叫ぶドク。
きっと宏一は、今ごろ異世界に行っているのだろう。チート能力は手に入れただろうか。それを使ってハーレムでも作るのか、それともスローライフを送るのか。帰ってきたら、じっくり話を聞くことにしよう。
そこまで思ったところで、ドクはあることに気づく。
「そういえば、こっちに帰ってくる方法を考えとらんかった」
おしまい。
ゴー・トゥ・ザ・異世界 無月兄 @tukuyomimutuki
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