ゆりかごたらん

平野 航

第一話

 みなさん、こんにちは。かつしかの「ゆっくり話そう」、司会のかつしかです。最後まで聞いてくださいね。


 さっそく今日一緒にお話しするゲストの方をご紹介しましょう。今日はとてもビッグな方です。好感度№1、結婚したい異性№1、それでいて不倫したい異性№1のむさしのさんです。


 パチパチパチパチ。


 こんにちは、むさしのさん。今日はようこそお越しくださいました。


 こんにちは、かつしかさん。みなさん、こんにちは。むさしのといいます。


 お忙しいでしょう。むさしのさんの人気はすごいですよね。私、そのパワーは何、と思って、一晩真剣に考えました。一言で言うと、自然+知性!=都会的な包容力、これをさらっと発信していらっしゃる。上質なやすらぎのミストですね。むさしのさんは。


 誉めすぎでしょう。でもありがとうございます。かつしかさん、かつしかさんは自分とは実は地続きだよね。・・・なんていきなりタメ口ですけど、まぁ、武蔵国にも葛飾はあるから、おれたち実はかぶってるよね、山手線の東で台地を降りて、下町のその先のへん。


 そうそう。ホント、我々長い付き合いですよね。でも親からは昔、むさしのさんはかつしかとは位が違うんだ、気軽に口を聞いちゃいかん、なんて言われてました。むさしのさんはなんせ律令制度に基づく国の名前だから、かつしかは単に地形上の特徴だからね。今は幸いこういう時代だから、むさしのさんとも普通に話せるわけだけど。


 確かにそうだけどね。でも少なくとも今のおれたちには関係ない。そう言ったら、武蔵って相模と対になったネーミングらしいけど、かつしかとの方が、よほど一緒に遊んだし、思い出も多いよね。


 いやいや、むさしのさんの自然な優しさに、かつしかはTPOをわきまえず、ほっこりしてしまいました。ゆっくりですけど話を進めましょう。さて、人気が高まる一方のむさしのさんですが、このことを本人はどう思っているのでしょう。うれしい?


 正直、うれしいです。武蔵野に住む人が毎日笑顔でいたり、住んではない人を含めて、むさしの何とかという商品を買ったりして、たとえば、地鶏卵のむさしのプリンとかを買って心を満たしてくれるのは、すごくうれしい。そうそう、むさしのフロントっていう言葉もあるんですよ。ここはもう武蔵野の端っこ、ここから先はもう武蔵野じゃぁなくなる、武蔵野の果て、野末なんだけど、なんせ武蔵野の野末なんだからいいところだぜ、住みよい街だぜって思ってくれているらしい。そんなのもうれしい。


 そもそも野の一文字がキーですよね。里山っていうんですか、畑で食べ物が育ち、川には飲み水はじめ必要な水が流れ、身近に生きる栄養源となる小動物がいて、灯りや暖をとるエネルギーも供給される。自ずと人が住み、営みが根付く。奪い合わない、競い合わなくてもある水準は満たされる、この里山が予感させるやすらぎを武蔵野の野の一文字は表現している。これが大きいんだと思います。現代人の心を捉えている。


 うんうん。あと台かな。台地の台ね。台地の上ならば洪水の心配もないし、生きるのに必要な水は台地には湧き水として豊富だからね。安心感がある。


 そうですね。武蔵野では本当にいろんな所で湧き水に出会いますよね。玉川上水とか野火止用水とかじゃなくても、ふと透き通った小さな水の流れがあると大抵湧き水ですよね。そう、そう言えば、ひところ郊外で宅地造成やマンションの建設が急速に広がった頃、何々野とか何々台という新しく作った名前が増えましたけど、中にはえっていう何々野や何々台もありましたからね。あれっ?むさしのさん?どうしました?


 何?かつしか。おれの顔見ながら何ニヤニヤして話してるの?


 むさしのさん、あれって、そう新しい何々野や何々台ブームの元凶って、もしかしたらむさしのさんだったんじゃないすか?


 う~ん。そうかもしれないけど、う~ん。まぁ、武蔵野の野や台は全部本物だし、それがいい感じだねと思ってくれるなら、それでかまわない。さっきも言ったように、自分の名前で幸福感を感じる人がいるとしたらね。だから、それに応える自分自身の実力作りには、とことん努力しなければいけない。地名のブランド力でいうと、何と言ってもやっぱり京都が金メダル。京都のすごさは、商品を京何々と呼ぶことでたいていほうっと思わせてしまう力。何でもいいんで、思いつくものの頭に京をつけて呟いてみて。・・・ねっ、どれも違和感よりなんとなくいいかなっていう感じだよね。極端な話、便器でやってみて。


 えっ?ベンキ?便器ね。京便器・・・。なるほど。京便器は華やかでいて繊細、アンティークな焼き物の感じがしますね。そんなもんないだろうという感じはほぼない。あぁ、でも、むさしの便器はちょっと無理ですね。残念ながら、肥溜めの香りがしちゃいますね。


 ウヮッハッハッハーッ。


 むさしのさん、まだまだ修行が足りませんねぇ。


 そうだね。ねっ、だから、武蔵野に集う人々がもっともっと幸せになるために、おれはもっともっと頑張らなくちゃね。


 さて、むさしのさん。実はリスナーの方から質問が来ています。かなり大きなテーマなんですけど、ここから「もっとゆっくり話そう」にしますから、この機会にむさしのさんの考えを聞かせてください。質問を読みます。


 「こんにちは。むさしのさん、教えてください。私たち人間は落ち込んで、もう自分でも何をどうしたらいいのかわからなくなって、逃げ出してしまいたいと思うことがあります。そんな時、満月に照らされて銀色に輝いて泰然としている大地に溶け込めたら、その懐に抱かれたなら、安らいで再び立ち上がることができるのではないかと思います。大地のようにありたい。そんな言い方をすることもあります。大地のみなさんのこのパワーはどこから生まれるものですか?できれば、武蔵野は無理でもどこかの大地になりたいです。」


というお尋ねです。


 中々ストレートなお尋ねですね。大地にもいろいろいて、まぁそれぞれ考え方は違うんですが、今おれの頭に浮かんだことを話そうと思います。かつしかの考えともそう遠くないと思うから、共感できるところは助けてください。よろしくお願いします。


 ありがとうございます。むさしのさんが何を言い出すか楽しみです。少しひやひやしますけど。それでは、お願いします。


 ええっと、おれもかつしかも古は岩と石と砂ばかりで、取り付くしまもなかったよね。毎日、地平から音もなく陽が昇り、音もなく落ち、星は無言で廻った。風が吹いて雲は流れ、雨が降る。川は流れて大地を削り谷をなす。そして、山は崩れて谷を埋める。そんな時間が飽きるほど続いた。が、ある時、相変わらず何も動かず何も聞こえないように思える中、岩陰には植物が花を咲かせ、植物を食らう動物が砂の中から顔を出していた。そして、その動物を食らう鳥が空で待っていた。それを知ったときは本当にうれしかった。この世におれたち以外のメンバーが誕生したんだ。愛おしいという感情が生まれた。大地は後から生まれたものらのゆりかごたらん、そう思うようになったね。ここまでの変化は気が遠くなる位遅かったけど、時は本当は経過していた。驚いた。


 うん。そして、我々はゆりかごたらんと自覚して深い幸福感に浸ったけど、同時にすごく不安だった、よね、むさしのさん。


 うん。そうだね。愛おしいもののために何をしたらいいんだろうってね。


 集うものに迷惑をかけてしまったこともあったね。たくさんの試行錯誤のあと、ようやく集うものの幸福を願うこと、強く願い続けることを学んだんだったよね。


 そう、願うことは決して自分たちのうちに留まることじゃなかった。その力は相手に伝わることがわかったんだよね。そして、伝われば相手は喜びを返してくれることも。だから、大地はたとえば灼熱にならないことを、湿潤であることを熱望した。そうであれば命あるものが多く集う。草も木も虫も魚も獣も人も集う。声を発し、笑い、泣き、怒り、悲しみ、愛を語らい、花は咲き、実を結び、命をつなぐ。大地はそれを支えるんだ。


 でも、大地はもしかしたらより温暖になるかもしれないと、もしかしたら充分に雨が降るかもしれないと期待はしない。期待してもしなくても熱望が叶う可能性は変わらないから。それに、期待はさもしい。叶えばさも当然のように振舞い、叶わなければ他人を恨む。自己を偽り、代替品の獲得に心を縛る。期待をどれだけしてもしなくても熱望が叶う可能性は変わらないんだ。おれたちは途方もない時間を生きてきた結果それを知った。


 だから大地は熱望し、期待しない。期待する力を熱望を叶えるために向けた方がどれだけましか、それがわかったんだ。かつしか、おれはこんな風に考えるけどどうだろうか。


 むさしのさん。すごい。ひやひやするどころか、思わず泣きそうになってしまいました。いや、今の話は、自分にもすとんと落ちるものがあります。その通りだと思う。お尋ねの大地の持つパワーの源は?という点から言えば、つまりは、悠久の時間生きてきたこと、ということになるんですね。


 かな。


 了解です。むさしのさんの考え、お尋ねの方の心に届きましたか?むさしのさん、今日は本当にありがとうございました。


 こちらこそ。楽しかったです。


 でもね、むさしのさん、お尋ねでは、さらにできれば自分も大地になりたいって。この話を次回の「ゆっくり話そう」でぜひやりたいと思いますので、懲りずにまたお運びください。むさしのさん。


 えっ?・・・はい、わかりました。いやいやいやいや。


 よろしくお願いします。みなさん今日は最後までお聞きいただきありがとうございました。本日のゲストはむさしのさん、司会はかつしかでした。また、次回もお目にかかれることを楽しみに、熱望して期待しないで待ってまぁす。さようなら。

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