常世の彼方 番外編
ひろせこ
第1話 リョウ
男が1人、退屈そうに街を歩いていた。
年のころは20代前半から半ばだろうか。
腰に2本の短剣を差しているその男は、身長は180センチ弱で、褐色の肌に少し白みがかった金髪、切れ長の瞳は夏の空のような明るい青をしていた。
十分に美形と言われる範疇の顔立ちをしているが、髪と瞳の明るい色とは反対にどこか暗く酷薄な印象を見る人に与えた。
男は数日前にこの辺境の街―第16都市へとやってきた。
特にこの街に用があったわけではない。
忌まわしい自分の生まれ故郷から離れられればどこでもよかった。
「つまんねえ。」
つまらないと言ったものの、何をすれば楽しいと思えるのか分からない。
何も楽しいことなどない。
絶望と憎しみに染まったあの日から。
この街の西の果てにあるという、死の森と呼ばれる場所に行ってみるのもいいかもしれない。
きっと死ぬだろうが、それもまあ悪くない。
そう男が思った時、視線を感じた男がそちらに目をやった。
道を挟んだ向こうに、女が1人こちらを見て立っていた。
20代前半だろうか。
もう少し若くも見えるが、男と同じ年頃のようにも思える。
女は長身で、170センチ弱はありそうだった。
長い手足に、豊かに盛り上がった胸とくびれた腰から曲線を描く丸い尻。
意志の強そうな眉に少し吊り上がったアーモンド形の瞳。
全体的に気の強そうな顔立ちをしており、好みが分かれるところだが美人といっていいだろう。
そして、肩に付くぐらいに伸ばされた、真っ直ぐな漆黒の髪。
女は色無しだった。
女は男と目が合うと、すぐに目を逸らして歩き始めた。
気付かないうちに歓楽街に入っていただろうかと思った男が辺りを見渡すも、やはりそこは歓楽街ではなく商業地区。
歓楽街以外で色無しの娼婦を見かけるのは珍しいなと思いながら、歩き去る女の背中を再び見やった男の目が細くなる。
娼婦じゃない。
女は飾り気のない白いTシャツに、デニムのショートパンツと黒のレギンス、そしてコンバットブーツを履いていた。
娼婦のする恰好ではない。
しかしそれ以前に、ピンと伸びた背筋、Tシャツから伸びるほどよく筋肉のついた腕と、レギンスを履いていても分かる、腕同様に筋肉が付いている足。
そして何よりも、体幹がしっかりしている歩き方。
俄然、女に興味を持った男は女を追った。
「なあ。さっき俺のこと見てただろ?」
追いついた男が女に声をかけるも、女は見向きもせずそのまま歩みを進めた。
「無視すんなよ。」
言いながら、男が女の歩みを邪魔するように前に出ると、女が無表情のまま男の顔を見た。
その時、初めて男は気づいた。
女の瞳がアメジストのような紫をしていることに。
その紫の瞳に男が引き込まれ、思わず足を止める。
しかし、女はすぐに目を逸らすと男の体を避けてとっとと歩いて行ってしまった。
女が歩いていた道を外れて、薄暗い路地へと入っていく。
「あ、おい。ちょっと待てって。」
女が入って行った路地へと、慌てて男も入る。
「マジかよ…。」
塀で囲まれた細くて薄汚い路地には、ゴミ箱とその周りに散乱するゴミしかなく、女の姿はどこにもなかった。
走って逃げたのかと思い、男も走って路地の先まで行ってみたが、やはり女の姿はどこにもなかった。
安宿の固いベッドの上に寝転がり、染みだらけの天井を見上げて男は今日の女を思い出していた。
色無しなのに、娼婦じゃない女。
色無しなのに、瞳が紫の女。
あの紫の瞳で凛と前を向いて歩く女。
自分を完全に拒絶していたあの紫の瞳。
あの紫の瞳に、自分の姿を映したいと思っていることに気付いた男が愕然とする。
「…ばかばかしい。」
忌々しそうに呟いた男は硬く目を閉じ眠りに付こうとしたが、女の顔がちらつき、なかなか眠りは訪れなかった。
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